機動戦士ガンダム サナリィから盗んだ「小型化技術」で、禁断のサイコフレームを再起動させる負け犬たちの逆襲 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……はあ。この世で一番信用できないもの、知ってる? それは企業の『公式スペック』よ。カタログに載ってる綺麗な数字なんて、現場で流された血と脂と、そして多少の『悪巧み』を隠すための化粧板に過ぎないんだから」
アナハイム・エレクトロニクス(AE)第2事業部(2事)の地下ドック。時刻は午前2時を回っている。あたし、アイリス・オーランド(アイリス)は、手垢とオイルで汚れたタブレットを抱え、巨大な影を見上げていた。
RX-99……ネオガンダム1号機。
サナリィ(S.N.R.I.)に奪われた覇権を取り戻すべく、あたしたち「窓際」が心血を注いだ機体だ。でも、上層部のアルバート・エルマ(専務)が下した指示は冷酷だった。「1号機はデモンストレーション用の安全仕様(デチューン)で固定しろ」。政治の道具として使いやすいよう、牙を抜かれた状態で出荷しろってわけ。
「……やってらんないわよね。あたしの設計図を、あんなアゴ専務の保身のために書き換えさせられるなんて」
「アイリスさん、まだ起きてたんですか」
暗闇から声をかけてきたのは、カール・シュトレーム(カール)だった。その後ろには、普段ならとっくにフォン・ブラウンの酒場に繰り出しているはずの、2事のベテラン工員たちが勢揃いしていた。
「みんな……どうしたのよ、こんな時間に」
「アイリスさん。あんたの書いた『本来の』設計図、消去したふりしてバックアップ取ってあるんでしょ?」
工員たちのリーダー格である初老の男、ボブがニヤリと笑った。
「ええ、まあ。でも、本社の監査の目が光ってるわ。公式の記録を書き換えたら、あたしたち全員……」
「クビだろ? 上等だよ。サナリィに負けて、本社に疎まれて、それでも俺たちがこの2事にしがみついてるのは、給料のためじゃねえ。……『最高にカッコいいモビルスーツ(MS)』を作って、本社のエリート連中の鼻を明かしてやりたいからだ」
ボブが掲げたスパナが、月明かりを反射して鈍く光った。
「あんたの『理想』を見せてくれよ、お嬢ちゃん。俺たちが、今夜中にこのガンダムを『本物』に仕立て直してやる」
あたしの胸の奥で、何かが熱く弾けた。
「……いいわ。最高にエグい設計変更(アップデート)案があるの。ついてこれる?」
あたしは震える指で隠しフォルダを開いた。そこにあるのは、安全マージンを極限まで削り、パイロットの感応波をダイレクトに駆動系へ繋ぐ、狂気じみた「ネオ・サイコミュ」の完全版だ。
「よし、野郎ども! 作業開始だ! 本社の連中が朝のコーヒーを飲む前に、このガンダムに魂を吹き込むぞ!」
ボブの怒鳴り声と共に、ドックは静かな熱気に包まれた。
「アイリスさん、僕は電子系統を担当します。サイコフレームの反応速度、コンマ001秒まで詰めましょう。……パイロットのトキオ・ランドール(トキオ)君なら、これくらいの方が喜ぶはずです」
カールがキーボードを叩き始める。サイコフレームとは、金属粒子レベルでコンピュータチップを鋳込んだ装甲材で、ニュータイプの脳波を物理的エネルギーに変換する禁忌の技術だ。1号機には、あたしが独自の解釈で調整した「AFX(Advanced Formula eXperimental)」システムが搭載されている。
作業は苛烈を極めた。
あたしたちが作っているのは、単なる機械じゃない。AEという巨大な怪物に飲み込まれ、使い捨てられる技術者たちの「意地」そのものだ。
工員たちは、本社のエリートが「効率が悪い」と切り捨てた手作業の研磨で、関節のクリアランスをミリ単位で調整していく。それは、100%の理論値を、現場の職人芸で120%に引き上げる魔法の工程だった。
「見て、アイリスさん。ジェネレーターのバイパス回路、こっそり増設しときました。これでビーム・ライフルの出力、定格の15%増しです。……あ、バレたら僕、死刑かもしれませんけど」
カールが冗談めかして笑う。あたしも笑い返した。
「大丈夫よ、カール。死刑台にはあたしも一緒に登ってあげるから」
夜明けが近づくにつれ、1号機のシルエットが変化していく。
それは、専務が望んだ「大人しい展示品」ではない。獲物を屠るために研ぎ澄まされた、真の「ガンダム」の姿だ。
「……完成ね」
午前5時。始業のベルが鳴る直前。
あたしはコンソールの「確定」キーを押した。
1号機の内部メモリには、公式記録とは全く異なる、あたしたちの情熱が刻まれた。
「アイリス、準備はできたか」
いつの間にか現れたトキオが、完成した機体を見上げていた。
「ええ。あんたの脳が焼き切れるくらい、過保護(オーバープロテクト)な設定にしておいたわ。……文句はある?」
「……いや。最高だ。これが、お前の『理想』なんだな」
トキオの瞳に、不敵な笑みが宿る。
宇宙世紀0113年。
AE本社という巨大な組織に対する、現場のちっぽけな、けれど強烈な「逆襲」。
あたしたちがこの夜、深夜の闇で密かに行ったのは、単なる改造じゃない。
技術者が誇りを取り戻すための、魂の儀式だった。
「さあ、朝が来るわよ。……専務の驚く顔が目に浮かぶわね」
あたしは冷えたコーヒーを飲み干し、窓の外に広がるフォン・ブラウンの街並みを見つめた。
夜明けの光が、新しく生まれ変わった1号機の装甲を照らし出す。
漆黒の2号機に奪われた光を、あたしたちは自分たちの手で奪い返す。
戦いは、もう始まっている。
あたしはタブレットを閉じ、次の戦場……「最強の武装」の構築へと、思考を加速させた。