機動戦士ガンダム サナリィから盗んだ「小型化技術」で、禁断のサイコフレームを再起動させる負け犬たちの逆襲 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……はあ。この世で一番虚しい音、知ってる? それは、何万時間という技術者の人生を注ぎ込んだデータが、たった1回の『デリート』キーで消えていく時の、乾いたクリック音よ」
アナハイム・エレクトロニクス(AE)第2事業部(2事)の電算室。あたし、アイリス・オーランド(アイリス)は、赤く点滅する警告アラートの光に照らされながら、喉の奥から絞り出すように呟いた。
宇宙世紀0113年。月面ではRX-99……ネオガンダム1号機と2号機が血を流し合っている。けれど、あたしたちが直面している戦場は、もっと泥臭くて、救いようのない暗闇の中だった。
「アイリスさん! サーバー第4層がダウン! バックアップの暗号キーが、本社側から無効化されています!」
カール・シュトレーム(カール)が、悲鳴を上げながら端末を叩く。
「……あのアゴ、やりやがったわね」
アルバート・エルマ(専務)。
AE上層部の独断でバズ・ガレムソン(バズ)に最新鋭機を渡し、挙句の果てに「暴走事故」として処理しようとしているあの男が、ついにトドメを刺しに来た。証拠隠滅。あたしたちの存在ごと、ネオガンダムの記録をこの世から抹消するつもりだ。
「2事の全データが削除されてる。……プロジェクト『AFMS』も、シルエットガンダムの改良記録も、サナリィ(S.N.R.I.)とのコンペ記録も、全部よ」
「そんな……それじゃ、あたしたちがここで頑張ってきた証拠が……」
「泣いてる暇はないわよ、カール! 本社のセキュリティ・チームがこの部屋に突っ込んでくるまで、あと15分もないわ」
あたしは足元に置いてあった、旧世紀の遺物みたいな武骨な金属ケースを蹴飛ばした。
「デジタルが消されるなら、物理(アナログ)で持ち出すまでよ。……旧式の光磁気ディスクに、主要なOS(オペレーティング・システム)のソースコードと、バズが強奪に関与した通信ログをコピーしなさい!」
「光磁気ディスク!? 今時そんなの読み取れるドライブなんて……」
「あたしたちが作ったRX-F91……シルエットガンダムのコックピット・ブロックにあるわよ! あそこだけは、あたしが本社の遠隔操作が届かないように『独立(スタンドアロン)』で設計したんだから!」
あたしたちは、消えゆくデータの断片を必死に物理媒体へと書き込んでいく。
モニターの向こう側では、本社の監視プログラムが「抹消(ERASE)」の文字を冷酷に刻み続けている。あたしたちの誇り、下町の工場と交わした約束、トキオ・ランドール(トキオ)と積み上げてきたテストデータ……。すべてが0と1の塵になって消えていく。
「コピー完了! アイリスさん、急ぎましょう!」
カールがディスクをひっ掴んだ瞬間、電算室の重厚な扉が衝撃音と共に歪んだ。本社の特殊警備隊が、レーザーカッターで焼き切ろうとしている。
「出口は!?」
「非常用のダストシュートを使うわよ。……カール、そのディスクはあんたの命より大事に持ちなさい。それが、あたしたちがAEに『逆襲』するための、唯一の弾丸なんだから」
あたしたちは、煙が立ち込める廊下を駆け抜けた。
背後からは「止まれ!」という怒号と、ブーツの足音が響く。
宇宙世紀0113年。世界最大級の軍需産業AEの内部で、自社の社員が自社の警備隊に追われるという、最高に笑えない喜劇。
「はあ、はあ……っ、アイリスさん、あっちです! 工場の搬入口に、ボブさんたちがトラックを待機させてます!」
暗い工場内を抜けると、そこには第16話で共に徹夜をした工員たちが、油まみれの顔でこちらを睨んでいた。
「お嬢ちゃん、データは持ったか?」
ボブが、手にした大型のレンチを肩に担いでニヤリと笑う。
「ええ。本社の犬どもに噛みつくための『骨』は持ってきたわ。……でも、ボブさんたちは?」
「俺たちはここで『掃除』の手伝いだよ。専務の息がかかった連中が、この工場の設備を壊しに来るってんだから、返り討ちにしてやらなきゃな」
「……ありがとう」
あたしはカールの背中を押し、ボロボロの運搬車両に飛び乗った。
走り去る車窓から見えたのは、夕焼けに染まるフォン・ブラウンのAE工場。かつては憧れの場所だった。宇宙で一番のMSを造る、技術者の聖地。
けれど、今のそこは、真実を塗り潰そうとする巨大な墓場にしか見えない。
「……見てなさいよ、専務。データを消したくらいで、あたしたちが積み上げた時間が消えると思ったら大間違いよ」
あたしは胸元のポケットにある、1枚の古いディスクを握りしめた。
そこには、RX-99(ネオガンダム)に搭載されたネオ・サイコミュの、暴走を制御するための「最後の鍵」が隠されている。
月面で今も戦い続けているトキオに、これを届けなきゃいけない。
そして、連邦軍の高官たちが集まる最終評価会議の壇上に、この「真実」を叩きつけてやるんだ。
「……カール、泣くのはまだ早い。……勝ってから、最高のシャンパンでも開けて、あのアゴ専務の顔を見ながら思いっきり泣きわめいてやるんだから」
あたしたちの逃走劇は、月面の暗い荒野へと続いていく。