星の仮面   作:濡れた粟

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初投稿です。
不定期です。


過去の幻影

 既視感(デジャビュ)というものは、新しく見知った事柄から昔の経験の断片を脳が感じ取ることによって生まれるという説がある。

 普通の人間ならば、もし俺が普通の小学生ならば未だ短い生涯を遡り、既視感のきっかけとなった出来事を思い出せたかもしれない。

 しかし、()()()()()()()()()にとって当時その作業は少し難解なものだった。

 

「ほら、お兄ちゃん、ミヤコさん。こっちこっち!」

 

「急ぎすぎよ、ルビー。今行くからちょっと待って」

 

 アイの死から数年経った11月28日。

 ある程度事件を受け止め、ルビーが多少なりとも明るく振舞えるようになった頃のこと。

 

 その日、ルビーたちと冬服を買うため渋谷に訪れていた。

 苺プロから数駅の場所とはいえ、当時小学生だった俺達兄妹にとってあまりない自分の生活圏外への外出。

 医学生時代に何度か来たことがあった俺とは対称的に、ルビーは一応今生は東京生まれの東京育ちだというのにお上りさんのようにおおいにはしゃぎ俺達をあちらこちらへと連れ回していた。

 幼い子供だというのに一度視界に入れば思わず目で追ってしまうほどの顔面偏差値の双子はどこへ行っても可愛がられてしまう。

 思考はある程度肉体に引っ張られるとはいえ元々三十路に入るほど年を重ねていた俺にとってその扱いはさすがにキツいものがあったが、ルビーは構ってもらうたびに気を良くし行く先行く先でさらに可愛がってもらえるよう甘えまくる。

 

 調子に乗った思考と小学生特有の無尽蔵とも言える体力により渋谷中を爆走するルビーに振り回され俺とミヤコさんは目を回すほどヘトヘトになったが、確かに暖かい家族団欒の記憶として未だに覚えている。

 

 「いやー、今日は振り回しちゃったね。ゴメンゴメン」

 

 「本当にそう思うならそれらしい顔をするんだな。次は同行者の負担も考えろ」

 

 「反省してまーす」

 

 入り用なものをすべて揃え、ルビーの生きたがった場所にも大方行き尽くし家路につこうとしてスクランブル交差点を渡ろうとした瞬間、()()が始まった。

 

 突然街の巨大なスクリーンが突然切り替わり、直後街中に流れた音声に誰もが思わず足を止める。

 

 「ハイ、皆さんこんばんわ~」

 

 「我々は、皆さんに『怪盗団』の名で知られている者です」

 

 それは当時日本中を騒がせ、首領が逮捕されたと報道されていた「心の怪盗団」の復活宣言、および現職議員に対する告発。

 自らの罪を他者に被せ、この国を乗っ取ろうとした大罪人に対する彼らの()()()

 

 配信ジャックが終わった後も群衆のざわめきは収まるどころか増えていくばかり。

当然ミーハーの化身たる我が妹ルビーも多分に漏れず目を輝かせ、時代劇ではない現代の義賊の復活について帰宅してからも俺に話しかけ、俺はそれを右から左に聞き流す。

 生憎()()などという非科学的なものにいまいちノリ切れなかったというのもスルーした要因の一つだったが、それ以上に()()()()に意識を持っていかれていたことが主な原因であろう。

 

「我々がこの国を頂戴する!」

 

 最後の瞬間、スクリーンから高らかに犯行を予告したリーダー格の少年。

 仮面に包まれた彼の姿が俺の脳の奥を刺激し、はるか昔の思い出を引きずり出させた。

 それは()()だった時のこと。

 星野アクアマリンとして生を受ける前。

 雨宮五郎として生きていたころ。

 ()と、()()()と出会った時の記憶。

 

◇ ◇ ◇

 

 僕が彼と出会ったのはさりなちゃんが亡くなってから約一年後。

 初期研修医を終え、産婦人科専門医を取得するため後期研修医として学会に参加することになった時のこと。

 学会が静岡で行われることになったとき、ちょうど静岡に住んでいた僕の親戚のことを思い出した。

 僕が医者になる前の死んでしまった祖母。

 彼女の葬式の時に香典とともに弔電を送っていた雨宮家である。

 何を思って彼らの家に訪れたのかは当時まったく分からなかったが、会って話がしたいという旨のメールを送るとしばらくして快諾の返信が来た。

 今にして思えば、とんでもなく傍迷惑な真似だったと反省できるが、その時の精神状態は普通でなくただ訳の分からない衝動のままに動いていた。

 

 こうして人付き合いの得意でない僕は、面識のない親戚というほぼ他人にアポを取ってそのまま自宅に凸るイカれた人間になってしまったのだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 「一体全体何を考えているんだ、僕は......」

 

 アポをとったはいいもののインターホンを鳴らす踏ん切りがつかずに立ち尽くす。

 そもそも大学でも病院でもなかなか友人を作れなかった人間である。

 初対面の遠い親戚など気まずい雰囲気にしかならないのは自明の理だ。 

 そんなわかりきったことさえ考えられなかった自分に腹が立ち、その上でもう進むしかなくなったというのに目の前に来て今更躊躇っている自分が情けなくなってくる。

 いっそのこと多忙により体調を崩したことにしてドタキャンしようか、と社会人失格の葛藤さえし始めたところで背後から声をかけられた。

 

 「おじさん大丈夫?人の家でそんなに唸るなんて。もしかして変質者?」

 

 「おじさんと言われるほど年取ってないし唸ってもいないし変質者でもないよ!」

 

 頭を抱えていたところに辛辣な言葉を喰らい涙目で反論しながら振り返る。

 そこにいたのは背丈から小学生ぐらいと予測されるメガネをかけた一般的日本男児。

 しかし艶やかな鴉の如き黒髪の奥に潜む鋭い眼は思わず引き込まれてしまうほどの深い黒を宿していた。

 

 「それなら早くインターホン鳴らしなよ。俺もこんなとこで突っ立ってないで部屋に戻りたいし」

 

 「あぁ、うん。今押す......って、君この家の子?」

 

 「うん。正解だよ、会ったこともないのにいきなり家に押しかけてきた雨宮五郎さん」

 

 「抉らないでくれ、やっと自分を客観視できはじめたんだ。さらにつらくなる」

 

 「非常識だったのが分かるならさっさと上がって。この上遅刻なんてしたらもうどうしようもないよ」

 

 はるか年下の男の子に説教され、ただでさえ落ち込んでいた自分がより惨めに思えてきて、自尊心がカンファで激詰めされた時よりも自尊心がゴリゴリとすり減っているのを感じる。

 とはいえこのまま動かないままでは迷惑になるし、なによりもはるか年上の僕を叱ってくれた彼に不義理を働く気にはなれないため、観念してインターホンに人差し指を押しあてた。

 

◇ ◇ ◇

 

 気まずい初会合はやはり気まずいものだったが、その空気は意外と続かず思ったよりも楽しい夕食の時間を過ごせた。 

 雨宮家には医業と全く関わりのない家系だったらしく、医学生時代のことや病院での珍事件などを語ると興味深そうに、時に笑いながら話を聞いてくれ、いつの間にか打ち解け酒さえ勧められるまま飲み始める。

 自分が産婦人科医であることは雨宮家は知っていたようで、ご両親が蓮くんの今よりも小さな頃のことを意気揚々と語り、僕はそれを酒のつまみにうまい酒を飲み、彼は先ほどの小生意気な態度から打って変わって少し恥ずかしそうにしながら両親の口を塞ぐために彼らのグラスが空くたび酒を注ぎ、その必死で可愛らしい様を見て我々大人はさらに酒が進む。

 久しぶりに楽しい飲み会でけっこうな不様を晒してしまったが、それで彼《雨宮蓮》が溜飲を下げたのならそれはそれで良かったのかも知れない。

 

 いつの間にか食事会は終わり、僕は酔い潰してしまったご両親を寝室まで送り、帰宅しようとしたところで彼に呼び止められる。

 

 「五郎さん。帰るなら送るよ」

 

 「何言ってるのさ、もう外は暗いよ。子供は外にでちゃいけない」

 

 「家に来てくれたお客さんをみんなで見送れなかったら、父さんも母さんも今回の食事会の最後を後悔で締めくくることになってしまう。それは俺も同じ。けど、今の状態で二人を起こすわけにはいかない。だからせめて駅まで送らせて」

 

 当然詭弁である。

 普通に考えて客人を見送ることと男子小学生を一人で夜間に外出させないことでは、当然後者の方が優先度が高い。

 そのことに気づかないほど酔っていた僕は彼の言い分を認めてつい頷いてしまうのだった。

 

 ゆっくりと夜道を二人で歩く。

 ベッドタウンらしく人通りは少なく、落ち着いた雰囲気で酔いを覚ますのにちょうどいい具合の肌寒さ。

 同行を願った彼は饒舌なタイプではないらしく、心地よい沈黙を共有しながら駅へ向かう。

 そうこうすること10分ほど。

 最寄りの駅が見えてきたところで彼が僕に話しかけてきた。

 

 「それで、ホントのところなんでウチに来たの?」

 

 「......そりゃあ、祖母の葬式に弔電をもらったからね。一応お礼でもしないとなって」

 

 「わざわざ直接会いに来る必要あった?結果だけ見れば楽しい食事会だったけど、低くない確率で地獄みたいな雰囲気のままお開きになってたよ。それが分からないほどあなたは愚かじゃない」

 

 指摘され返す言葉が詰まる。

 

 「まあ、ね。正直僕もなんで連絡したか分からないんだ」

 

 気づいたら誘いのメールを送っていたのだ。

 動機など知るはずもない。

 

 「本当に?」

 

 本当に?

 僕は知っているんじゃないか?

 なぜ彼らに会いたいと思ったのか。

 

 「...何を」

 

 「ただ人に話したいだけならもっと違う人選があったはずだよ。五郎さん普通に社交的だから、友達だっているだろうし。なのに僕たちと会うことに決めた。いや、僕たちじゃなきゃならない理由があった。そうでしょ」

 

 そうだ。

 ただ話がしたいだけなら知り合いに連絡してバカ話をいつものようにすればいいだけだ。

 それなのにわざわざ見知らぬ人間と接触した理由は必ずある。

 それなのになぜ僕はそれが分からないのか。

 

 「五郎さん。なにかお祖母さんのことで言いたいことがあったんじゃないの?」

 

 それは僕自身がそれから目をそらしたいからだ。

 

 「いや、言いたいことなんてそんなの感謝以外にあるはずないさ」

 

 「それならお祖母さんの思い出話でもしようとするんじゃないかな。その人のことを知っているのはもうウチの両親ぐらいだろうから。弔電を送っただけの親戚のことをわざわざ覚えていたくらいなんだもの。でも今日、お祖母さんについての話題を五郎さんは挨拶の時ぐらいしか出さなかった」

 

 先ほどまでの静寂から一転。

 彼は名探偵のように僕の内心を我が物顔でまさぐる。

 

 「やめてくれ。ここまで送ってくれたのは感謝してる。だから、帰るんだ」

 

 「なんで男の身で産婦人科を専門にしているか聞かれたとき、五郎さんはちょっと詰まってたよね。あれはなんで?」

 

 「それは、産婦人科は女性が基本的になる科だから、変なこと言ったら邪推されちゃうかなって」

 

 「ホントに?」

 

 「っ君ねぇ......!」

 

 しつこい追い打ちについ声を荒げて振り返る。

 そして僕の怒りは急に勢いを失ってしまった。

 秘された真実を嬉々として明らかにしようとする卑しい探偵ではなく、患者の心の膿を取り出さんとする医師のように黒く鋭く、それでいて思いやりを含んだ瞳に僕は黙らせられてしまったのだ。

 

 「......心療内科の真似事?向いてるよ。もし医者になるなら考えておくといい。君と話したい患者さんがたくさん来る」

 

 「ありがとう。考えておく」

 

 「神妙に頷かないでよ、冗談だって、もう。まあいいや、じゃあしばらく付き合ってよ。僕の昔話にさ」

 

  僕、雨宮五郎は両親でなく祖父母、医学生になり卒業したのち祖母の意向に沿って外科医でなく産婦人科を専攻することにした。

 生みの母を死なせてまで生まれてきたことに対するサバイバーズ・ギルトも、孫とはいえ自分の娘を殺した僕を愛情持って育ててくれた祖母の期待を裏切ることへの恐怖もあったのだろう。

 僕自身は憧れていたキャラクターのように外科医として人々を救いたかったが、その夢を押し通すほどの覚悟は持てなかった。

 

 もし、僕が外科医に、その中でも脳外科医になろうと決めていたのなら。

 もし、祖母の期待を裏切ってでもなろうという執着があったのなら。

 研修医だった僕がどうこうしても結果は変わらなかったかもしれないが、さりなちゃんを、アイドルになりたいと願うあの誰よりも輝いていたあの少女が夢に向かって努力する手助けぐらいはできたんじゃないか。

 

 もちろん産婦人科だって人を救っている。

 現在出産の成功率は若い人ならば非常に高いが、それでも100回やって100回成功するというものではない。

 どうしても流産になってしまう人も、最悪の場合母子ともに亡くなってしまうこともある。

 それをできる限り防ぎ、かつ母子ともに健康な状態で赤ちゃんがこの世に生を受けられるようにするのが産婦人科医というものだ。

 研修医の身ではあるが、患者さんに『あなたがいると安心する』と言ってもらったこともある。

 勿論その言葉はとても嬉しいし、赤ちゃんが無事に生まれ産声を上げる瞬間を見届けることの感動はたとえこの先どんな世界の絶景を見たところで勝てるものではないだろう。

 

 それでも、結局のところ僕が助けたかったのは、力になりたかったのは、もっとそばにいたかったのは誰でもない()()なのだ。

 

 生き残ってほしかったという願望は外科医になればよかったという覆しようの無い後悔を生み、積もり切った後悔は産婦人科医になるように背中を押した祖母への憎しみという形で膿を心に作り始める。

 

 もちろん僕は祖母にとてつもなく感謝している。

 それだけに芽生えた黒い気持ちを否定したかった。

 そうでなければ僕は僕の人生を肯定できないから。

 新しい命を育むお手伝いに関われるほど綺麗な手じゃ無いように感じてしまうから。

 だから今日、僕は彼らを訪れたんだ。

 僕の、祖母への気持ちがまだ温かいものであることを自らに証明するために。

 

 でも結局ダメだった。

 祖母への思いを確認しようとするたびに()()の顔が目に浮かぶ。

 その度に度し難い感情が胸を満たす。

 だから、今日は祖母について触れず、ただ楽しい話をするだけで、故人を偲ぶことはしなかった。

 恨み言を本当にしてしまえば、後戻りができなくなってしまう気がしたから。

 

そんな事をつらつらと語っているうちに胸のどこかにつかえていた形容しがたい感情は流れていき、清々しい空気を吸い込めるようになっていた。

 

 「満足かい、小さな名探偵」

 

 「うん、満足。ありがとう、雨宮さん。俺の好奇心を満たしてくれて」

 

 聡く、そして優しい子だ。

 目的は僕のカウンセリングだろうに、あたかも自分の知的興味のためだったかのように振る舞っている。

 きっと成長しても世の汚れを知ったとしても人に寄り添える子になるだろう。

 そんなことをまさしく親戚のおじさんとして考えていると帰りの電車が来た。

 名残惜しくも別れを告げ電車に乗り込んだ時、彼から話しかけられる。

 

「それじゃあさ、俺も五郎さんみたいに人を助けるよ」

 

「嬉しい言葉だね。だけど僕は君に見習われるほど立派な人間じゃない」

「それを決めるのは俺だ」

 

無機質な音声とともにドアが閉まる。

 

「そっか、ならダメだなんて言えないね」

 

「そうだ。だから俺が見習うべきあなたらしく生きてくれ」

 

本当にこの子は小学生か?

どうにも手厳しい言葉に苦笑いする。

でも、その苦味は飲み込むのを我慢するにはあまりに甘美だった。

 

「じゃあ頑張らないといけないな」

 

「ああ。五郎さんならきっとできる」

 

ドアは完全に締まり、閉じた時の風が少し頬を撫でる。

電車が線路を動き出す音は扉越しの彼の声をかき消すのに十分だったが、それでも彼が何を言っているか僕には分かっていた。

 

またな、五郎。

 

「うん、またね。蓮」

 

それから宮崎に帰った僕は産婦人科医としての働き方を以前よりももっと肯定できるようになった。

当直にも沢山出て、妊婦の救急搬送だってなるべく対応した。

おかげで近隣では人気のある産婦人科医になれたし、推しである星野アイの担当医にもなれた。

彼はたった一晩で僕の人生を少しでも変えて見せたのだ。

 

それだけに彼に再会できずに死んでしまったことが口惜しい。

一体彼は今何をしているのだろうか。

彼は今の()を見て何を言うのだろうか。

 

そんな事を思いながら俺はルビーを寝かしつけ、それに倣って意識を闇に投じた。




P5Rや推しの子の設定に関して、私自身考察勢でないのでネットからの情報を引用したりそれを自分なりにかみ砕いているため、設定の齟齬があるかもしれません。
納得のいかないところがございましたら感想でご指摘のほどよろしくお願いいたします。
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