原作者である鮫島アビ子と脚本家であるGOAの合作により、演技に比重を置いた脚本。
演者たちはなんとかそれに順応しつつ自らの演技の質を高めていく。
俺も今までやってこなかった感情演技に苦戦しつつ何とか実戦レベルまで仕上げた。
そうしているうちに公演当日、本番1時間前になっていた。
仲間たちから離れ、控え室にて鏡を見る。
鏡の中にいるのは黒々と燃え盛る男。
俺、いや、彼はいつも歪んだ笑みを浮かべて揺らめいている。
感情演技を練習するたびにその曖昧な輪郭が形を成し、そして炎はより勢いを増す。
一度監督に鏡の中に何を見るか聞いたが、俺の姿しか見えないと言っていた。
彼は普通の人間には見えないらしい。
本格的に医者にかかることを勧められたのは、情報の対価としては悪くないはずだが、余計に心配させてしまったのが心苦しかった。
それ以上に、俺の炎が他の人間さえ燃やし尽くさないかが気がかりだった。
「安心して。基本ペルソナ能力を現実世界で使うことは不可能だ。認知世界が侵食してきたりしない限りはね」
誰もいないはずの部屋で、背後から聞き慣れた声がする。
振り向くと、そこにはツクヨミがいた。
普段との違いは、彼女が一般成人女性の服を着ていることだ。
「お前、なんでここに」
「伝えたいことがあってね」
「その格好は」
「女児が舞台裏にいる訳にはいかないだろう?だから用意したのさ」
ツクヨミはロボットダンスのようにカタカタ動く。
まるで可動域が固定されているようで、そこで俺は彼女の末端が全て手袋や靴下などで覆われていることに気がついた。
「竹馬にでも乗っているのか」
「あと腕の長さを誤魔化すための棒も握っている。大道芸人ってのはすごいね。まともに動けないよ」
ツクヨミの代わりに椅子を引いて彼女を座らせる。
感謝を述べつつ息を整える彼女の白い肌は紅潮し、汗も出ているようだった。
「本題に入ろう。君の力は基本現実世界では使えない。しかし、劇場という空間は例外だ」
「劇場は認知世界そのもの、だからか?」
「そう。加えて多くの役者が演技という仮面をつけるのも要因の一つと言えるね」
ツクヨミは俺がキャップを外したペットボトルをダボダボの袖で掴み、お茶を流し込む。
「君がしなければならない演技はペルソナを活性化させる。それは君も感じているだろう?」
「だからやめろと?」
「そうは言っていない。一度自らの手で具現化したペルソナが現実世界に影響をもたらすことはほとんど無い。だから、安心して全力を尽くしてくれ」
彼女の流す汗をタオルで拭いてやりながら俺は問いかける。
「そろそろお前の目的を話してくれないか。正体不明の人物にいつまでも従うことは出来ない」
しばらくの静寂の後、ツクヨミは口を開き、言葉を発そうとする。
その瞬間、扉がコンコンとノックされた。
「アクア君。もうすぐ本番だよ。そろそろ行かないと」
扉から黒川あかねの声が聞こえる。
手に持ったスマホを見れば、もう本番5分前になっていた。
顔を上げるとさっきまで目の前に座っていたツクヨミはいない。
見れば、部屋の片隅で小さくなっている。
口元で人差し指を立てる、静かに、のジェスチャーからは、彼女が存在を知られたくないことが伺えた。
あかねに今すぐ出る旨を伝え、ドアノブに手をかけてもう一度ツクヨミを見る。
手を振る彼女に、俺も一瞬手を振り返してから部屋を出た。
◇ ◇ ◇
アクアから、お兄ちゃんから貰ったチケットをポケットに入れ、MEMちょやミヤコさんと一緒に「東京ブレイド」を観に劇場へ向かう。
道中、MEMちょがやたら話しかけてきたのはきっと彼女らしい気遣いの表れなのだろう。
ミヤコさんもここ最近は私の好物ばかり夕食に作ってくれる。
みんなの暖かさに溺れそうになり、そんな私に嫌気がさす。
それなのに目的のための初めの一歩さえどう踏み出せばいいか分からずに、ただ惰性でアイドルとして活動して、ただ付き合いで演劇を観にきている。
「ルビーちゃん、おはよう!」
私を呼ぶ声に振り向く。
両手をこちらにブンブン振るのは高巻さんだ。
その周りには蓮さんや竜司さんに真さん。
それ以外にも知らない人が数人居る。
「杏さん。おはようございます!皆さんもこれからお芝居を?」
「そう。お仕事関係で二人が呼ばれててね?アクア君も出るなら私も行きたいってなって、そしたら行ける人は全員行こうって流れになったんだ」
しなやかなイケメンと眼鏡っ娘、令嬢風の女性がお辞儀をしてくれ、私もお辞儀し返す。
「この舞台のキービジュアルを担当させてもらった喜多川だ。お兄さんには世話になった。よろしく頼む」
「今回の舞台に協賛させて頂いた『オクムラフーズ』の奥村春です。よろしくお願いします」
二人とも私も知っている有名人だ。
喜多川さんは売れっ子イケメン画家として、そして奇想天外な散財人としても名を馳せている。
オクムラフーズも昔から有名な会社だ。
ミヤコさんやアクアと一緒に系列店でバーガーを食べたこともある。
「でも、そうしたらお二人だけ私たちと観るんですか?」
「それが厚意で全員分の席を用意して貰っちゃったんだ。だから一緒に見ようね」
満面の笑みを浮かべる杏さん。
断る理由もない。
予定よりも数倍の大所帯で劇場に入る。
ビッグネームにビクビクするミヤコさんや、竜司さんや杏さんに話しかけられて目を白黒するMEMちょはちょっと面白かった。
歓談もそこそこに、暗くなった劇場にて幕が上がる。
「東京ブレイド」、初公演だ。
素晴らしい舞台であることは間違いない。
この場にいる誰もが目を輝かせ、お芝居に夢中になっている。
けれど、私はどうしても遠い位置から俯瞰してしまう。
ただ見ているのは兄であるアクアのみ。
アクアはどうして芸能の表舞台に立つことにしたんだろうか。
今までは五反田監督のもとで裏方修行ばかりしていたのに、何で今更。
かなちゃんに頼まれたから?
そんな訳ない。
これまでの付き合いがあるならともかく、「今日あま」に出た時点で私たちの彼女に対する印象は良いものとは言えない。
何か目的があること、そしてそれがあまり愉快なものではないことは確かだ。
では、だからと言って「前世でお世話になった人の仇を討ちたいから協力しろ」なんて言えやしない。
それは例の大学生を使って2人を殺した黒幕と同じだ。
けれど私ではそいつを見つける方法なんて分からない。
頭がぐちゃぐちゃになりながら舞台を視界に入れ続ける。
場面はクライマックス直前。
そこで私は思わず口を開いてしまった。
「ママ......?」
◇ ◇ ◇
場面はクライマックス直前。
斬撃を受け、黒川あかねが、鞘姫が倒れる。
「ぅぅぉおおおああああ!!」
獣の如く
刀を弾かれれば爪を立てて切りかかる。
蹴りをいなされれば噛みついてでも戦い続ける。
熱を持った体が燃えるようで、目の前もおぼつかないほどの激情をそのままぶつける。
いっそこのまま灰になるまで戦おうか。
そんな思いもブレイドの一閃により打ち砕かれ、俺は地面に倒れ伏す。
ブレイドの呼びかけにより戦いは終わった。
その様は俺がいつも夢見ていた景色のようで。
あの日、アイが刺されようとも生き返ってくれたらという願いそのもののようで。
「あ、ぁあああ」
俺は
いつだって思っていた。
もしも
アイだって、もしかしたらさりなちゃんだって救えたんじゃないかと。
『そうだ。僕は彼女たちを救えなかった』
背後から聞きなれた、しかし今まで聞いたことのない声がする。
見なくても分かる。
あれは
大切な人を一人だって救えやしなかった僕だ。
『だから諦めるのか?』
まさか。
もう誰も
ルビーも、ミヤコさんも、監督も、有馬も、黒川も、MEMも、皆
そのために父親を探すのだ。
『ならば契約だ。我は汝、汝は我。今度こそありとあらゆるものを救ってみせよう』
いいだろう、俺が全ての害悪を取り除いてやる。
だから、今だけは幻想に浸らせてくれ。
傷一つない
『ここに契約は結ばれた。我が名はアスクレピオス。貴様の願い、聞き届けたり』
風が吹き荒れる。
暴風の中、己の内に還るもう1人の自分を感じながら、俺は幕が下りるまで泣き喚いていた。
「おいスタッフ。あの風はなんだ。プランにないぞ」
「すみません。送風機間違って持ってきちゃいました」
「にしちゃ強すぎた気がするが......。じゃなくて、舞台の上に持ってくる奴があるか!ま、過ぎたことは仕方ない。次は気を付けてくれよ」
「申し訳ありませんでした。改善に努めます」
「......これでどうにかこっちのミスにできたかな。やはり覚醒の余波は出るものだね」