「作戦会議だ」
舞台鑑賞後、俺たち怪盗団は久しぶりにルブランにて集まった。
議題は勿論目前で見た光景についてだ。
「あれは演出だったりしねえのか?ほら、あそこは見せ場なんだし風を起こすぐらいするかもだろ」
「あの場面は役者が感情を爆発させる場面だ。ノイズはいらない。鮫島さんが脚本に関わった以上、そういった演出は省かれるはずだ」
竜司の疑問に祐介が応える。
顔色はパッと見でも悪い。
「そうだな。それに、あの風を起こせるのはよっぽどの機材だ。天井に持っていける装備じゃ無理無理」
双葉が祐介の発言に補足を入れる。
特撮・サブカル好きの双葉。
舞台をみたこと、それも2.5次元の舞台も何度か見たことがあったのだろう。
「あれは間違いなくペルソナの覚醒だった。彼に、星野アクアに還っていく男の姿を俺たちは確かに見たんだ」
祐介の言葉に皆思案顔だ。
「祐介も杏も、星野さんとは面識があるんでしょう?その頃になにか感じたことはあった?」
真が問う。
怪盗団の頭脳は再起が早い。
「色々ありそうな子だなとは思ったかな。けど、ペルソナ使いだからって感じるものは特にないじゃん?明智の時もそうだった」
「そうだな。俺もなにか特別な感覚があったわけではない。裸の付き合いさえした仲だというのに、まったく自分が情けない」
二人とも心当たりはないらしい。
明智がペルソナ使いであると発覚したのは聞こえるはずもないモナの声が聞こえていたことによるもの。
しかし星野アクアとモナは会ったことがないため、以前から彼がペルソナ使いだったかどうかは分からない。
「なにはともあれ、彼のことを調べるべきじゃない?いずれにせよ異常事態に変わりないのだから、今は少しでも情報が欲しいもの」
全員が頷く。
行動に移るため一時解散しようとしたところで、俺も口を開く。
「俺たちはもう汚い大人に反逆する子供たちじゃない。彼のような子供を守る立場の大人だ。子供を思いのままにするのは我々の流儀に反する」
少し浮かれ気味だった皆の顔が引き締まる。
そう、怪盗団の再稼働。
まるで学生に戻ったような気分に酔いしれたくなるのは痛いほど分かる。
だからこそ、本分を見失ってはならない。
「彼について知っていこう。一人の未来ある人間として接して、そして彼が迷っているなら大人として道を示すんだ」
皆の帰り際。
真だけはルブランの軒先から動かなかった。
「どうしたんだ、真。早速気になる点が?」
「あなたにも分かっているはずよ、蓮。私たちは彼にまつわる異常を知っている」
「ルビーさんのことだな」
「ええ」
空は少し雨模様。
これから強くなっていくのだろう。
「あの日の彼女の言動は普通じゃなかった。あの子の年齢で被害者と面識なんてあるはずがない。なにかの異常がなくては死に動揺するほどの仲になんてなれやしない」
あの日、真と善吉がルブランに訪れ、俺が見つけた雨宮吾郎の遺体について話し合っていたとき。
彼女の絶望は俺たちの身さえ切るほどのものだった。
あれは狂言でできるものではない。
「ルビーさんと16年前の殺人事件はどこかで繋がっているはずよ。そしてその糸はアクアさんにも絡みつくものっていう可能性もある」
冷静に考えればなんの繋がりもない事柄。
しかしどちらも異常ということが共通している。
ならば、異常を武器に戦ってきた集団としてそれらの繋がりを探すのは道理と言える。
「分かった。真は殺人事件を追ってくれ。俺はアクアさんと会ってみる」
「双葉にも協力してもらうことになりそうね。ところで、あなたのほうが事件を追いたがっているように思ってたのだけれど、それはいいの?」
「構わない」
そうだ。
構やしない。
俺は彼に用があるのだから。
彼の宿したペルソナ。
ゴローさんを幻視させた
さあ、作戦開始だ
◇ ◇ ◇
お兄ちゃん、アクアに還っていく人影を見た『東京ブレイド』公演初日から数日。
私はいつも帰るなり泥のように眠る彼に、なぜペルソナに覚醒したのか問いただす気がどうしても起きなかった。
せんせを幻視させた
どうしても聞きたい。
けれどそのためにアクアの体調を無視なんてできない。
手詰まりの中、B小町で新MVでも作製しようかと話し合っていたところでミヤコさんがとある案件を持ってきた。
なんでも「オクムラフーズ」新店舗オープンを祝したミニライブをB小町に依頼したいのだそう。
おまけに杏さんのオリジナルブランドも協賛し、衣装づくりに携わるとのこと。
B小町としては願ってもないチャンスが降って湧いてきた形であり、ミヤコさんやかなちゃん、MEMちょは知名度向上のため乗り気である。
私個人としてはJIFに続きまたしてもコネを使うようでちょっとモヤモヤしてしまう。
しかしそれ以上にこの提案は魅力的だった。
『東京ブレイド』公演初日、アクアの姿を見て驚いたのは私だけではなかった。
息を吞む声が確かに聞こえたのだ。
暗闇だったし客席で周囲を見渡すのは憚られたため誰が息を漏らしたのかまでは分からなかったが、杏さんたちのなかの誰かであることは確かだった。
誰が
それを知ることが今の私にできる唯一のことだった。
「どうも、先日ぶりですね。今回はよろしくお願いします。社長の奥村春です」
「こちらこそ素晴らしいお話をありがとうございます。斉藤ミヤコと申します。よろしくお願いします」
とはいえ社長さんが直接話し合いに来るのは想定外。
一応知り合いとはいえ、それはプライベートでの話。
仕事の場であれば、相対するのはおっとりした淑女ではなく、日本有数の大企業を切り盛りする超敏腕の顔が見える。
「今日は私がお願いしてこの場を作らせてもらいました。本当にありがとうございます」
杏さんも一緒に、経営者同士で名刺が交換される。
いつかは私も名刺を出す側になるのだろうか、なんてちょっと考えてしまう。
「それで今回の企画についてなのですが、B小町のライブ衣装を私たちが作りたいという旨はお伝えしましたよね」
杏さんが私たちにアイコンタクトを取り、頷きで返す。
「ステージで激しく踊る皆さんに最適な衣装を提案するために、私にも振付を教えてくれないでしょうか」
突然の提案。
しかしよく考えてみればこれは織り込み済みだったのだろう。
今回呼び出されたのは「オクムラフーズ」系列店。
それも2階部分にイベントスペースがあるものだ。
「勿論です。一緒に練習しましょう!なんなら杏さんも当日踊るってどうですか!」
ニコニコ笑いながら、杏さんの手を取る。
彼らのうち誰が同類なのかを見極めるには、やはり長い時間を共にするのが一番だろう。
「素敵、考えておきます。でもまずはお手本を見せてほしいです」
みんなで2階に向かう。
その途中、階段でかなちゃんが小さな声で話しかけてきた。
「アンタ最近体調よくないでしょ。張り切りすぎは良くないわ。ここは私に任せなさい」
「ダメ。私がやる」
せっかくのチャンス。
逃せるわけない。
「ルビー」
真剣な声に思わず足が止まる。
鋭い視線を放つ紅い瞳。
その奥にある気遣いの色がどうにもむずがゆい。
「何かあるなら話して。仲間、でしょ」
少し赤らんだ彼女の姿に笑みがこぼれてしまう。
私の緩んだ表情に腹を立てていそうなのがより可愛い。
「いつかはちゃんと話すよ。だから信じて。仲間でしょ?」
私の返答に、かなちゃんはため息をついて顔を背ける。
「二人とも大丈夫?」
動きを止めてしまった私たちを呼ぶ声が階上から聞こえる。
今行きます、と言ったとき手に暖かな感触がした。
そっぽ向いたまま私の手を引くかなちゃんに身をゆだね、私たちは階段を上っていった。
2階のイベントスペースは次に向けた準備のためにいろいろなものが置いてある。
ただ小さなステージだけが綺麗に整理されていた。
「片付いていなくて申し訳ございません。情報伝達が遅れていたようです」
「気にしないでください。むしろ綺麗すぎたら緊張して踊れなかったかもなので、逆に良かったです!」
杏さんと一緒に舞台に上がる。
当日のセットリストは、私たちがJIFで踊った「STAR☆T☆RAIN」や「サインはB」を中心に組まれる。
とりあえずは旧B小町のメジャーソングである「サインはB」の振付を杏さんに教えることになった。
「では、始めます」
スゥッと息を吸い、目を閉じる。
イメージするのは初めてステージに立ったあの日のこと。
表現するのはテンプレコッテコテ、王道過ぎて逆に珍しいアイドルの姿。
来てくれたファンに最大限の感謝を体の隅々まで行き渡らせる。
「杏さんも一緒に!」
「オッケー!」
私の動きを真似て、杏さんも踊る。
歌わず、ただパフォーマンスにのみ集中。
二人の呼吸が合ってくる。
次第に杏さんの動きに無駄が無くなっていく。
杏さんらしい、炎のように情熱的で、それでいて蠱惑的な体捌き。
動き一つとっても華があり、目が吸い込まれそう。
彼女の指先から火花が舞っているようにさえ見えてしまう。
「......え?」
見えるかのよう、ではない。
フローリングの床には反射していないが、確かに杏さんの指先から迸る炎をこの目で見たのだ。
私にはその形も、その熱さも感じ取れる。
私たちの動きが勢いづくほどに熱気は増していく。
燃えるように美しく舞う杏さんの姿に、私は確かに
「ルビーちゃん、教えてくれてありがとう!とっても参考になったよ」
「それならよかったです」
ダンスを終え、全員で再びテーブルに座る。
杏さんが渡してくれたフカフカのタオルで滲む汗を拭きながら、彼女の呼びかけに応える。
けれどどうにも生返事にしかならない。
「私も思わず見入ってしまいました。熱いくらいの迫力でした」
「私も同感。まあここ冷房効いてるから逆に寒かったけど」
かなちゃんが茶々を入れつつ、奥村さんが拍手しながら褒めてくれる。
柔和なその笑みは、むしろ私にとっては恐ろしいものだった。
彼女はパフォーマンスの最中、ずっと私を、特に顔を見ていた。
本来見るべきは杏さんがどれだけダンスを理解できたかであり、私に集中する意味はあまりない。
ダンスのクオリティを審査するためのものでなく、私が杏さんの炎にどう反応するかを見ていたのだろう。
「よろしければ今度またお茶でもいかがですか?もちろんプライベートで」
そして彼女らが同類であることを私が察知したことにも気づいているはず。
なのに何事もなかったかのように振る舞うのが怖い。
だが、これはチャンスだ。
二人からこの不思議な力について教えてもらわなければ、事件の黒幕を探す手がかりをつかむことさえできない。
「はい!是非ともご一緒させてください。杏さんも、竜司さんや蓮さんたちともまたお話したいです!」
いつも通りにこやかに返事をする。
体の震えは体が冷えたからだと思ってくれただろうか。
見知った人間が急に得体の知れなくなるのは、思った以上に不快な感触だった。