突然意識を失ったアクア君を屋根裏部屋に運び寝かせる。
代理を務めるにあたりちゃんとしたベッドを設置しておいてよかった。
あそこまで調子の悪い人間をビール箱土台のものに寝かせるわけにはいかない。
「蓮、アクア君はどう」
「気を失っているだけだ。命に別状はない」
ルビーさんとの会合から帰った杏と春。
捜査から帰った真や双葉もいる。
「情報を整理しようぜ」
モナの提案から、俺たちはそれぞれが得た情報を共有する。
分かったのは兄妹揃ってペルソナに目覚めていることと、アクア君が父親の殺害を目的としていることだった。
「確かに、アイが彼らの母親ってことは分かったけど父親までは判明していなかったよね」
「問題はなんでそいつを殺すって発想になってるかだ。ミヤコさんが女手一つで育ててきたのはよく聞いてる。けど碌に世話されてないからって復讐するような奴じゃねーだろ」
春の確認に竜司が補足を入れる。
竜司は一緒に食事するたび、いつも拾ってくれた恩を社長に返したいと言っていた。
そんな人の息子が殺人を企てていると知ってもなお冷静さを保つよう努めているのが、何度も冷水を飲み干す姿から察される。
「星野アクアさんは「まだ父は死んでいない」、そう言ったのよね」
真の問いにルブランに居た俺たちが頷き返す。
彼女はため息をつき、両手で後頭部を支えながら足を組み直す。
「殺意は父親が誰だったかではなく、父親であることそれ自体から来ている。母子家庭である以上怨恨もあり得るけど」
「父親への恨みと渇望から来るものだと?それで強迫観念じみた殺意を得るに至るとは考えずらい」
祐介の反論に意を唱えるものはいない。
今日知り合ったばかりだが、それでも彼が他者を慮れる人間であることは察された、
そんな彼が殺人による周囲への影響を考えないことがあるだろうか。
「動機について、心当たりがある」
テーブル上でPCを叩いていた双葉が口を開き、こちらに画面を見せる。
表示されているのは見慣れたアイ刺殺事件の犯人の画像と、双葉が調べた彼の経歴だ。
「はっきり言ってこの人にアイの入院先と転居先を突き止める能力はない。ただの一般的な大学生だ」
促され書類をザッと読む。
特に特徴のない、ただの普通に進学してきた大学生像そのものだ。
アイドル趣味があることぐらいが彼の特徴と言える。
「芸能事務所に張り込んで動向を探るとか、入院先を突き止めるとかは無理だ。どっかから情報が流れていたとしか思えない」
「......それで父親か」
黒幕は彼らの父親である。
真実そうであるかは置いておいて、彼はそう思っている。
更に、アクア君は知らないだろうが彼を取り上げる筈だったゴローさんまで殺されている。
被害者二人の特異的な共通点は星野兄妹の出自を知るものということ。
黒幕が誰かはさておき、そんな相手に当事者であるアクア君を不用意に近づければ最悪彼自身の命まで危うい。
「何にせよアクア君を止めないと。不干渉はおしまい」
「そうね。私も知り合いのお兄さんを殺人で捕まえたくはないもの」
杏と真の言葉に皆頷いたところで、店奥から木材の軋む音が聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
目が覚める。
背中から伝わる柔らかい感触に違和感を覚えて周囲を見渡す。
奥にある階段から察するにここはルブランの屋根裏部屋なのだろう。
壁紙などは貼り付けられておらず、天井も剥き出しの室内。
雑な内観とは対照的に、逞しく育っている観葉植物や棚に飾られた小物類、アンティークに片足突っ込んだブラウン管テレビなどの様々な装飾品により、室内からは思ったよりも殺伐としていない雰囲気を感じた。
「気を失ってたか」
少しざらついたベッドに腰掛け直し、自分が何をしでかしたかを思い返す。
気が緩んでいた、予期せぬ再会があったからでは済まない失態だ。
わざわざ名義上の父である斉藤一護ではなく本当の父親である上原清十郎、厳密にはそう思っていた人物のことに言及し、あまつさえその殺害をほのめかすなどどうかしていたとしか思えない。
両手を顔に押し当てうなだれつつ、今後の方針を考え始める。
まず父親について、元社長には悪いがミヤコさんを捨てて駆け落ちし、その後痴情のもつれでしんだことにさせてもらおう。
殺害予告に関しては、ルビーが片親であることによるいじめを受けていたというエピソードで乗り切る。
あまりにもアイツの像とかけ離れているが、今の明るい雰囲気は過去を忘れるための振る舞いなのだと言えば大丈夫だろう。
彼女の強がり自体は噓ではないのだから。
ここまで考えたところで階下から微かに聞こえる話し声に意識を向ける。
内容は聞こえないが、気絶する前より多くの人間がいることは分かった。
軽く息を吐き、ベッドから起き上がる。
会話を盗み聞こうとすり足で立ち上がったが、工夫の甲斐なく体重がかかったことにより床のきしむ音が屋根裏部屋に鳴り響く。
思わず足を止めたとき、聞えてくる話し声も止んだ。
余程俺に興味があるとみえる。
先ほどよりも大きくため息をつき、今度は足音をさせながら歩く。
ギシリギシリと鳴る階段を下り終わると、こちらを見つめる7人と一匹の猫が思い思いの形で着席していた。
「どうやら多大なご心配をおかけしたようで。錯乱していましたがもう大丈夫で「芝居はやめだ。本音で話そう」
ペラを回そうとする俺に割り込んで、卓上にて両手を組んだ喜多川さんが口を開く。
「率直に、我々は君の本当の母君についておおよその見当が付いている」
どこかで予期していたような言葉が耳を通り過ぎる。
店内の空気はとても冗談を吐くようなものではなかった。
作った笑みを消して、空いている席に座る。
弾力のある座り心地のよいソファーがどうにも固い。
「君たち兄妹の実の母は14年前に殺されたアイ。君は彼女の仇を取るために動いている。違うか」
およそ筒抜けなのだろう。
カマ掛けにしては当たりすぎている。
首肯し、こちらも口を開く。
「もしそうだとして、どうするつもりなんです。復讐は何も生まないなんてありふれたことを仰るつもりですか」
「復讐に、殺す以外の方法があるとしたら?」
高巻さんの発言に少し苛立つ。
アイは夢の途中でその芽を摘まれ、命まで失ったのだ。
おまけにもしかしたらルビーたちが次の標的になるかもしれない。
子供まで作った間柄の女性を殺した異常者に、排除以外の道などあってたまるか。
「数年前に話題になった怪盗団、知ってっか。悪行重ねたクソ野郎共がどういう訳か改心したあの騒動だ」
坂本さんによる突然の話題転換。
もちろん覚えている。
渋谷で見たあの鮮烈な予告を忘れるはずがない。
ましてリーダー格の少年から感じた既視感は、まさに目の前にいる蓮を想起させたのだから。
ふと、あの日スクリーンに映った人影の数が店内にいる人間の数と合致することに気づく。
「実行したのは我々『心の怪盗団』だ。俺は君に改心という方法を提示したい」
眼鏡を外した蓮が淹れたてのコーヒー入りカップを持ち手を俺に向けたまま差し出す。
「......俺はアイの仇を討ちたい。改心なんて温いやり方で満足できると思うか」
蓮は答えない。
陶器越しに伝わる熱で手指が赤くなり痛みで震え始めようとも、彼はジッと待ち続ける。
「......いいでしょう。提案を受け入れます。だからそれを渡してください」
コーヒーカップの持ち手に指を通して彼から奪う。
滑らかでほのかに暖かい感触は、しかし直ぐにでも手放したくなるものだった。
「取引だ。俺たちは君の父親探しに協力する。だから君は解決策を一つに決め込まないでくれ」
互いにカップを打ち合わせ、少しだけ傾けて喉に流す。
ほぼ残っている中身をそのままに、俺はすぐさま杯をカウンターに置いた。
投稿間隔が空いたのでお詫びに明日も投稿します。