「『ツクヨミ』か。やはり我々の知らないベルベットルームの住人だ」
蓮たち怪盗団との協力関係を約束したのち、俺は彼らからペルソナについての情報交換を行なっていた。
知ったことは数多く、知っていてもきちんとした説明を受けたのは初めてだった。
ペルソナとは「反逆の意志」が形になった「もう一人の自分」であること。
異世界における変身もペルソナと同じように「歪み」に対抗するための姿であること。
俺が黒川を助けるために戦った場所である「メメントス」は大衆の歪んだ意志による世界であり、個人が持つそれを「パレス」と呼ぶこと。
彼らは「パレス」の核であり、歪みの原因である「オタカラ」を盗むことで改心を行なってきたことなど。
俺が与えられた情報はそれまでと比べあまりに多く、曖昧で少ない情報しか与えてこなかったツクヨミに今すぐ文句を言いたいくらいだった。
そのことを少し漏らしたところ、蓮から反応があったのだ。
「ラヴェンツァというのは?」
「ベルベットルームの主人を補佐する、部屋の住人だ。彼の使い魔らしいが詳しくは知らない。重要なのはそのツクヨミだ。彼女から鍵は受け取ったか」
そう言えば初めて会った時、起きたらポケットの中に不思議な鍵があった。
捨てずに持ち歩いていたそれをキーリングから取り出し彼らに見せる。
同じように、彼も所持してした奇妙な鍵を取り出す。
比べてみると、違いは歴然だ。
デザインからして大違いだが、もっとも目につくのは形状の差だろう。
彼のものと違い、俺のものは二つに分かたれた鍵の片割れのように見える。
「こうして比較すると対となる鍵がもう一つあると考えるのが自然ね。心当たりは?」
新島さんの質問に、少し悩む。
この鍵はペルソナに目覚めた
だがアスクレピオスが覚醒しても二つ目の鍵は手元にない。
ツクヨミが渡してていないだけかもしれないが、推論としてはあまりに弱い。
僕以外で俺にとって片割れと言える存在は一つしかない。
同じ転生者であり、双子の兄妹でもルビーだ。
「もしかしたらルビーちゃんが持ってるのかも。あの子も覚醒してるんだし」
「............なる、ほど」
硬直した俺の様子に慌てて口を手で塞ぐ高巻さんと彼女を白い目で見る坂本さんたち。
謝罪しようとする彼らを抑え、情報を隠さないでくれたことを高巻さんに感謝する。
予想だにしない一言に固まってしまったが、おかしいことではない。
あいつが最近変だったのも、異常に触れてしまったことによる後遺症と考えれば納得できる。
「帰宅したらあいつに聞いてみます。本題に戻りましょう。俺たちの父親を改心させる、オタカラを盗み出すためには奴のパレスに入る必要があり、入るためのナビゲーションアプリに「名前・認知が書き換わっている場所・書き換わった認知」を入力必要があるのですね」
いつの間にかスマートフォンに入っていた、赤背景に黒い目のロゴ。
彼らが言うには、これは「イセカイナビ」と言うらしい。
鍵のようにツクヨミが入れたのだろうか。
タップしても反応はなく、空のログが出るだけでただコツコツと液晶を指腹が叩く音しか聞こえない。
「その通り。君が知っている例ならば「斑目一流斎・自宅・美術館」といったふうに音声入力すれば対象のパレスへと侵入できるようになる」
「その第一歩として俺の本当の父親を一緒に探してくれるということですね」
そう、名前が分かればい。
父は芸能界の人間のはず。
芸名で活動していようがなんだろうが、今の時代で本名と繋げられないことはない。
名前さえ分かればそいつがどこにいるか分かる。
やっとアイから未来を、ルビーから母を奪った男に復讐ができるのだ。
改心なんて優しいやり方は奴には過ぎたものだ。
俺が直接殺してやらねばならない。
正体が分かり次第、彼らが行動に移す前にやらなければ。
「ああ。できる限り協力するが、我々ももう手に職をつけた人間だ。どうしても外せない用事もある。しばらくはたまたま時間ができた春と双葉と一緒に捜査を続けてくれ」
二人に会釈したところでルブランの扉をノックする音が聞こえてくる。
音に釣られて視線を移すと、扉のガラス越しから黄色の髪の毛が見え隠れしていた。
「流石に倒れた人間をそのまま返すわけにはいかない。本当は保護者の方に連絡すべきなんだろうが、ルビーさんのこともあるからそれはできなかった。君の交際相手である黒川あかねさんも連絡先を知る人間がここにいないから呼べなかった。だから春と杏が仕事の関係で繋がっている、大人の人間を呼ばせてもらった」
スマホを見ると心配と迎車の旨を伝えるメッセージがMEMから送られてきていた。
「一応年齢について彼女は公表していないはずなんですが」
「見る人が見れば分かる。ともかく今日は疲れたろう。ゆっくり休んでくれ。また連絡する」
◇ ◇ ◇
「体調悪そうだから迎えにきてくれ、心配かけたくないと言ってるからルビーには秘密にしてくれなんて奥村社長から連絡きた時はビックリしたよ」
「手間かけた。すまん」
気にすんなと言わんばかりに、MEMは手を振る。
黒いバケットハットにオレンジのサングラスのお忍び衣装。
まるで猫のようだが、彼女によく似合っていた。
「初めて来たけど、雰囲気いいね。アクたんはよく来るの?」
「俺も初めてだ。でも、時間がゆっくり流れているような感じは嫌いじゃない」
「同感」
四軒茶屋を並んで歩く。
住宅が立ち並び、その隙間をスーパーやバッティングセンターなどが埋めている。
休日だからだろうか、ルブランの前方で見かけた銭湯から薬湯の香りが漂う。
「温泉、いいなあ。このところレッスン漬けだし、今度のライブが終わったらみんなで一緒に行くとかどう?」
「お前らだけで行ってろ。アイドルグループの湯けむり道中に男が入り込めるか」
先ほどまでの会話と温泉という単語から、僕が産婦人科医として高千穂にて働いていた時期のことを思い出す。
あの辺は由布院や別府の近場であるため、無事に出産を終えた母親が行きたがることが多かった。
まあ、上行性感染のリスクから一か月健診後でなければ認められないのだが。
そういう時はたいてい隣町の日之影温泉にある足湯を勧めていたものだ。
「ほらアクたん。乗って」
大通りの脇に停まっているMEMの車に乗り込む。
車内に足を入れると、そこにはB小町のもう一人のメンバーである有馬かなが窓から外を見ながら座っていた。
「ダーメ。わざわざ迎えに来たんだから、その恩返しと思って。ね?」
車外に出ようとする俺はMEMにより背中から押し込まれ、無理矢理座らされる。
扉を開けた時にはエンジンがかかっていたため閉めなおすしかなかった。
「アクたんがちゃんとアイドルとして活動している私たちに遠慮してるのも、彼女を心配させたくないのも分かるけど、コミュニケーションをとることもしないってのはダメなんじゃない」
......キッチリ全部言いやがって。
軽くため息をつき、未だそっぽ向いたままの有馬に話しかける。
「過剰に避けすぎた。悪かったな」
「......反省なさい」
無言の時間が続く。
音楽もかけていないため、聞えてくるのはそれぞれの呼吸音とエンジン音ぐらいだ。
こうなるのが予想できるのだからMEMには今からでも何かをかけてもらいたいが思いは通じはしなかった。
暫くして信号待ちになって漸く有馬が口を開く。
「ルビーのことだけど」
「ルビーがどうかしたか」
「前、それとなく調べてくれって頼んだの覚えてないの」
言われて東京ブレイドの稽古中にそんなことを言っていたのを思い出す。
あからさまに思い出そうとしていた俺の姿に肩を竦め、彼女はこちらに向き直る。
「まあ詳しくは分からないんだけど。でも何かあるのは間違いないわ」
「溜めた割にフワッとしてんな」
「溜めさせたのはあんたでしょ。とにかく、ちょっと変よ」
再び車が動き出す。
MEMの運転はゴールドらしく滑らかで、有馬との会話に集中できるのが有り難い。
「あの子、私が頑張りすぎるなって言ったら『信じて。仲間でしょ』って返したの。それも晴れやかな笑顔で」
「問題が?」
「あんな歪な笑顔も、釘を刺すような言葉もいつものルビーはしないわ」
有馬の言葉を受け、俺は天井を見つめてルビーが噓をついてまで頑張る理由について考える。
母の、アイのようなアイドルになる。
それがメインなのは確実だ。
しかし、それはこれまでも同じことだであり変化の理由にはならない。
となるとやはりペルソナ覚醒のトリガーが関係していると考えるのが自然だ。
ツクヨミが何か知っていればいいが、これまでの接触はすべて向こうからのものであるためこちらから能動的に知ることはできない。
本当に理由が知りたいなら、ルビーから直接聞きだすのが確実だろう。
問題は俺にその理由を話してくれるかどうかだが。
そこまで考えたところでフッと力を抜く。
あまりにも今日は色々ありすぎた。
生前の恩人との再会と、彼のカミングアウトに有馬との引き合わせ。
加えてルビーとの話し合いとこれから怪盗団と協力しつつ、その上で彼らを出し抜いて本当の父親を殺すというタスクが待っている。
何も考えずいるため、車のポケットに入っていたB小町のCDを勝手に取り出しデッキにぶち込んだ。
「ありゃ殺しを狙い続けるって顔だ。鴨志田やった時の俺らと同じかそれ以上に尖った感じがしやがる」
「だが被害者は彼の家族だ。その対処について改心という私刑を続けてきた俺たちが決める権利はない」
「なんにせよ情報を集めましょう。アクアくんのは父親だけでなく、彼ら兄弟やアイについても。浅慮で動くには私たちは大人になりすぎたもの」
「決めるのは彼だ。だが、その選択に後悔が残らないようにするのが吾輩たちの責務だろう」