「彼女の、恐らく最大の秘密を捜査のために暴露する気はない。彼女が家族以外で落ち着ける場所を、俺たち自身の手で消し去ってはいけない」
「......そうね、ちょっと急ぎすぎてたみたい。殺す側の父親というものが、どうにも腹に据えかねるのかも。頭冷やしてくる」
前世の恩人である雨宮蓮と再会し、さらに彼が怪盗団のリーダーであることを知ったあの日から数日。
俺は未だルビーに鍵のことを聞けずにいた。
別に話すのが恐ろしいとかではない。
それとなく事情を伺うことぐらい、俺ならできる。
問題は俺だけではなくルビー側、そしてB小町側にもあった。
先日決定したオクムラフーズおよび高巻さんのアパレルブランドとのコラボに向け、衣装合わせや写真撮影、レッスンや打ち合わせ、試食会に取材協力など普通のライブとはまるで違う準備に皆疲弊していった。
ルビーも例外でなく、帰宅するや否やベッドに転がり込むのは日常茶飯事。
休日も友達と遊びに行くと言って、すぐさま家を後にする。
理屈としては筋が通っているため何も言えないが、帰宅後の反応から察するに噓であり一人でどこかに行っていると推測される。
ルビーは友達と遊びに行ったとき、帰宅後に俺やミヤコさんにその日のことを目を輝かせて延々と話すのだ。
死んだような目つきで、言葉少なく帰るなんて有り得ない。
「仕事の延長線上としてなら私もルビーさんと話せると思うんです。だから、もし聞きづらいなら私が代わりに」
「いえ、大丈夫です。自分の仕事ですから。それより一刻も早く父親についての情報が欲しい」
放課後の捜査の道すがら、同行している奥村さんたちとルビーについて話し合う。
B小町のライブに向けた準備は他幹部が行い、社長である彼女は俺に付き添うとのことだ。
なら本質的には暇ではないのではと聞いてみたものの『任せるのも上司の仕事』という返答に押し黙るほかなかった。
「ルビーに関しては、情報が得られないことよりも情報を与えてしまうことのほうがマズイ。だから今のペースで行きたいんです」
アイツはアホだがバカじゃない。
アイが殺されたという情報だけでは黒幕の存在には気づかないだろう。
しかし俺からペルソナについて聞けば必然ルビーも俺がなぜペルソナを発現させたのか理解する。
そうなればアイツの胸中にさえ復讐心が宿ってしまう。
それだけは避けたい。
「まあ君がそうすべきと思うなら、わたしたちはそれに従うさ。それで、今日はアイが父親とどこで出会ったかを探り直すので良かったか?」
佐倉さんの問いかけに首肯する。
今、我々は劇団ララライの代表兼演出家の金田一さんと会うため、劇団の練習場に向かっていた。
姫川大輝と俺が異母兄弟であることは証明済みであり、アイと姫川愛梨と繋がりのあった人間が居るはず。
アイが俺たちを孕んだ頃、彼女は劇団ララライのワークショップに参加していて、姫川愛梨は元劇団ララライのメンバー。
父親を探すためのピースが劇団ララライにあるのは確実と思われた。
「しっかし、父親か。わたしも正直実の父親ってやつを知らないんだよな」
「......」
「お揃っちだな、アクア!」
笑ってやればいいのか?
歩く中でサラッと告げられた佐倉さんの家庭事情と気まずいジョークに反応できずにいると、奥村さんのクスクスと控えめな笑い声が聞こえてくる。
「ック、双葉、そういう、反応しづらいジョークは、フフ、やめた方が」
「笑いまくってんじゃねーか」
笑いが止まらない奥村さんのため、喫茶店に入りストレートでアイスティーを頼む。
私が払う、と手渡さんとするクレジットカードを拒むやり取りのせいで、他の客の視線を集めたのは少々居心地が悪かった。
奇異の視線を避け、カフェのテラス席にて少し休む。
咳き込む彼女の背中を佐倉さんがさすり、俺が持ってきたアイスティーを飲ませてやる。
「ん、っぷは。時間がないのにごめんなさい」
「いえ、むしろ稽古場への差し入れも買えたので良かったです。落ち着くまで休みましょう」
平日夕方、カフェのテラス席にて見目麗しい女性二人と同席している俺に対する往来を通る同性からの嫉妬混じりの一瞥には辟易してしまう。
これがなんのしがらみもない間柄だったならまだ鼻高々でいられるが、実際のところお目付役二人が横に居座っているだけである。
そして片方は所属する事務所の取引先、片方は蓮の妹のような存在。
とてもじゃないが気が休まらない。
そんなことをウダウダ考えている内に、呼吸を整えた奥村さんが呟く。
「けど、父親か。懐かしいな」
彼女の独り言から、オクムラフーズ前社長奥村邦和について想起する。
彼もまた改心した、つまりは怪盗団の標的となった人物のはずだ。
公にされた他の標的との違いは彼が死んでしまったことである。
「なにか、オタカラを盗むときに不手際でも?」
「あ......。ええ、そうなんです。実は、パレスの主のシャドウの死は現実での死も意味しています。お父様を改心させた後、怪盗団じゃない人間によってシャドウが殺されてしまったんです」
成る程、奥村さんが少し言い淀んだのも分かる。
これで俺には現実での殺害だけでなく、認知世界における殺害も手札に加わった。
改心での解決を狙う場合予告状を送る必要があり、そのためには多少の人員が必要。
監視の目が緩むその時なら、俺が父親を下すことも可能なはずだ。
「とは言っても、アイツがそれを出来たのはパレスに精通していたのと、自身を偽る能力があったからだ。相手が素人ならなんの問題もないさ。知らなかったのか......?ナビからは逃げられない......!!!」
「
佐倉さんはウィンクしておどける。
しかし彼女の据わった視線には俺に対する忠告が多分に含まれ、俺も適当な笑みで返した。
どうやら俺の企みは感づかれているようだが、奥村さんが逡巡しつつも殺害のメカニズムを教えたことが重要だ。
警戒されてはいるが、彼らは情報共有に関して非協力的ではないらしい。
折角だ。
その実行犯についても聞いておこう。
「その人は一体どうしてそんな能力を手に入れたんでしょう。元々の素質なのか、それとも能力を得てからの変容なのか」
「恐らく前者。ペルソナを得た後に特異的な能力を獲得したことは、少なくともわたしたちの間にはない」
彼女もまた、奥村さんと同じように誰かを亡くしているのだろうか。
「その人は今どうしているんです」
「さあな。けど、前は死んでしまったと思ってたのにひょっこり現れたんだ。また姿を現さないとも言い切れない」
死んだと思っていた、また姿を現すかもしれないという言葉。
それは彼らがその殺人犯を殺していないことを示している。
それも、複数回チャンスがあったのにも関わらずだ。
「......その人はあなたたちの大切な人を少なくとも一人奪っているんだろう。そんなヤツが生きることをどうして許容できた」
「アイツは加害者だったが被害者でもある。自身を偽ることでしか生きられなかったんだろう。同情はできる。許しはしないけどな」
彼女のストローを吸い上げる音に空気が混ざる。
ほぼ無くなった琥珀色の紅茶と溶けた氷水が混ざり、もはやプラカップ内の液体に色は見られない。
「彼もまた私たちと同じように無力な存在で、たまたま異常な力を手に入れたからそれを自分のために利用した。その点は私たちも同じ。私たちの差は自身の行いを正してくれる仲間がいたかどうか。もし彼がちゃんとした家庭に育ったなら、もし彼を助けてくれる人がいたなら、今もただの友人として接していたかもしれない」
奥村さんが空を仰ぐ。
夕暮れ空にいくつか途切れ途切れの雲が浮かんでいる。
雲はバラバラに千切れ、そしていつしか一つになっていく。
「私と彼は似てると思ってるの。私は父を裏切った。けど、全てを強要されるのが嫌だっただけで、本当は私を認めてくれる父が欲しかった。それは彼も同じだったはず」
「自分との共通点が生かす理由足り得るのか?ハッ、お優しいことだ。それとも忌々しい父親を代わりに排除してくれたから殺しづらいのか」
「死んでしまっては恨み言を言うことさえできない。私は父と話し合いたかったけどその機会は彼に奪われた。だからもう機会を失いたくない。例え決裂するとしても、対話することに意味があるから」
......静まり返ったテラス席に、大通りを通る自動車の排気音が響く。
どうやら気づかないうちに声が大きくなっていたらしい。
集まる衆目の中、正体に勘づかれないよう奥村さんは帽子を目深にかぶり直し俺と佐倉さんもサングラスをかけ、そそくさと机を片付けてから店を後にする。
想定以上に時間を過ごしてしまった。
金田一さんが帰宅する前に会うことができればいいのだが。
◇ ◇ ◇
結果として、金田一さんが帰る直前に彼と接触することができた。
同行している女性陣を見て、彼女らも一緒に飲みに行こうと誘う金田一さんをいさめること数分。
金田一さんが落ち着いてから17年前にアイが会っていた人物について聞いたところ、彼は一瞬目を見開き、ある男の名前を教えるとそのままどこかに失せてしまった。
「なるほど、そっくりだ。あの座長さんが関係を直ぐに察したのも納得だな」
「ええと、それは良かったの?」
「問題ありません。遅かれ早かれ彼は分かったでしょう」
伝えられた名前を検索にかける。
画像で出てきたヤツの顔は、頭に来るほど俺に似ていた。
「
スマホを握る手に力が入る。
画面に罅が入ろうと、ガラスが皮膚を貫こうと、込もる力は強まるばかり。
こんな痛み、アイが受けた苦しみに比べれば無いに等しいものだ。
液晶の中に佇む姿でさえ壊してやりたい。
一刺しするたび、アイの痛みをその身に刻んでやりたい。
そうしなければ、アイの無念を晴らせない!
「よーし落ち着けアクア。いいか、ゆっくり手を放せ。それ以上傷ついたらこれから面倒だぞ?」
佐倉さんが固まる俺の指をスマホから一つずつ取り外す。
末節骨、中節骨、基節骨の順に摘み上げ、全ての指を離してから俺のスマホを取り上げる。
縦に割れ目の入ったそれはもう使えまい。
もったいないことをしてしまった。
「わたしはこの子の世話してから帰る。春は皆に情報を共有してくれ」
「分かった。アクア君、また会いましょう」
綺麗なハンカチを俺の右手に押し付けてから、奥村さんは足早に立ち去った。
残されたのは俺と佐倉さんのみ。
「あの、ご迷惑をおかけしましたが消毒くらい自分で「わたし、この後病院に行く予定だったんだ。どうせならそこで処置してもらおう」
血の滲む右手をグッと握り、佐倉さんは俺の路線とは違う駅に歩き出す。
血が付いてしまっているだろうに気にする様子もない。
「いや、これくらい何とかなりますから。だから離し、イッテ!」
口答えするとさらに手を強く握られた上でグイグイ引っ張られる。
俺を犬かなにかと勘違いしているのか?
「もし君が犬なら首にリードつけてるよ」
「お前の次のセリフは「「こいつ直接脳内に・・・!」」という!......馬鹿やってないで行くぞ」
「分かった、分かりました。大人しく付いていきますから、せめてどこ行くか教えてください」
佐倉さんは手をつないだまま振り返る。
「東新宿の大学病院。蓮の行きつけの医者が紹介してくれた泌尿器科の先生が居る。今、そこでルブランのマスター、つまりわたしの養父が入院してるんだ」
『なあ輝。お前、あの子のこと知ってたのか』
『星野愛久愛海のことですか?まったく、彼女らしい名付けです』
『やっぱり、そうだったのか。じゃあ何で彼らと一緒に暮らさないんだ。子供だろう』
『それなら大輝君とも暮らさなければなりませんね』
『......お前からか』
『ご想像にお任せします』
『......今日、星野が来たんだ。それで思い出した。アイさんが殺された時、斉藤社長が言ってたんだ。誰かが彼女の住所を漏らしたって。なあ、輝。どうなんだ』
『ご想像にお任せします』
「......クソが。110って打つだけだってのに。畜生、畜生!!」