「ミヤエモーーン!早く私をアイドルにしてよー!!」
不知火フリルに気を遣われてショックを受けたルビーがミヤコさんに駄々をこね、その一言から始まった有馬かなの苺プロ加入と新生B小町チャンネルの始動。
さらにグループの世間への露出を増やすため、プロデューサーたる斉藤ミヤコは彼女たちを苺プロ所属のYouTuberとコラボさせることに決めた。
「というわけで、今回皆さんとコラボさせてもらいます。ウィリアム海賊団、船長のスカルこと
そう言って雑ながらしっかり角度をつけたお辞儀をする坂本竜司。
なぜ自社トップの知名度を誇るぴえヨンではなく、彼をコラボ相手としてあてがったのか。
時は数日前に遡る。
「ルビーたちを伸ばすならやっぱりコラボ。でも、今ぴえヨンさんはボディビル大会出場のために海外にいるのよね。帰国を待つのもアリではあるけど......」
結論から言えば時期が悪かった。
妻子持ちで人間性も優れている彼にぜひ依頼したかったのだが、仕方がない。
大会に出たということ、それ自体で見始める視聴者はいるだろうし、そういう人間ほどガチでやっているインフルエンサーを継続して応援したくなる。
小中学生に人気な彼だがこれを機に年齢高めのコアなファンを獲得できるかもしれず、そのためにはまず大会で結果を出さなければならない。
いわばキャリアの転換期。
どんなにわが子(正確には実子ではないが)のためと言えども邪魔するわけにはいかない。
うんうんとミヤコが悩んでいると、たまたま会社に来ていたYouTuberが見かねて声をかける。
「どしたんスか、社長。俺に手伝えることならなんかしますよ」
「あら、お疲れ様、
苺プロ所属、坂本竜司。
高校卒業後、大学で駅伝に参加し大活躍。
その勢いのまま日本選手権や代表選考で自己ベストを次々達成し、オリンピック出場も期待されていたところ怪我を理由に引退。
現在は視聴者に怪我をさせないことを目標にしたランニング系YouTuberとして活動中。
リスナーファーストを何より優先し、企業案件も受けたのは彼自身が薦めたいと思った数度だけ。
利益にはつながりにくいが、彼の親しみやすい人柄と誠実な態度も相まって人気の伸び具合は凄まじく、これからの伸びが期待できる将来有望なインフルエンサーだ。
「当たり前っスよ。引退して落ち込んでた俺を社長が拾ってくれたんじゃないですか。俺だって恩返ししたいんです!」
「相変わらず大袈裟ね。気にしなくていいのに。でも、そうね。ならお願いしちゃおうかしら」
ミヤコは申し出を受け概要を説明する。
話を聞くうちに竜司はさらに目を輝かせる。
「マジっスか!ルビーちゃんのお手伝いできるんですか!」
「......もしかして狙ってた?やめてよね、規約違反で訴えるわよ」
「どんな規約違反ですか、てか普段どんな印象俺に持ってんですか。違いますよ、社長のお子さんですよね?なら力になりたいって思うのは当然っスよ!」
ああ、眩しい。
20代半ば、選手として、インフルエンサーとして酸いも甘いも噛み分けてきただろうに強烈な光のオーラを発する目の前の青年にミヤコは思わず目を逸らしたくなる。
「じゃあ、改めて依頼するわ。坂本竜司くん、B小町とコラボして」
「りょーかいっス!大船に乗ったつもりでドーンと任せてください!」
大言壮語し胸をたたく竜司に苦笑いしながら、彼なら大丈夫だろうと安心するミヤコ。
そして場面は初顔合わせまで巻き戻る。
ルビーは少し安心していた。
片方は業界人とはいえどちらもYouTuberに関してはズブの素人。
どんな色物が来るのかヒヤヒヤしていたが、目の前に現れたのは金髪とはいえ普通の青年。
むしろ無名のアイドルグループ相手に自ら元気よく挨拶しているのだから、やる気が感じられて逆にイイ!
「あ、坂本選手ですよね。昔駅伝出てた」
「おっ、知ってる?嬉しいな。言ってみればあれがデビュー作だからさ。覚えててくれるとやっぱ気分いいな」
明るいルビーと根明の竜司の相性はよく、ファーストコンタクトは順調。
「よろしくお願いします。有馬かなです」
話は変わるが、坂本竜司現役時代のエピソードに共通して含まれるのは「デリカシーのなさ」である。
彼の人柄が心底いいことはファンならば誰しもが知っているためなんとか大やけどには至らなかったが、陸上で名を馳せ地方のテレビ局でバラエティ番組に出演した際の発言で軽い炎上を何度か繰り返し謝罪文をSNSに投稿していた。
さて、そんな彼が現役を引退し丸くなったとはいえ、生来の気質を変えられるだろうか。
「おお、あの
答えは否である。
思わず有馬かなの営業スマイルが固まる。
(こんのパツキンモンキー、一息に二つも地雷踏み抜きやがって!メッタンメッタンにしてやらないと気が済まないわ!!)
そう思っても声に出さないのがプロらしさ。
子役を卒業してからも芸能界にしがみついた人間としての矜持で笑顔を保つ。
「どうも、
それでも彼女の怒りは抑えきれるものではなかった。
普段は歯に衣着せぬ物言いをする彼女が、初対面とはいえ敬語をちゃんと使っている。
だがそれは仕事を円滑にするための行動ではなく、怒りに蓋をするための、理性を抑えるための手段に過ぎない。
取り繕おうとしてはいるものの、口元はピクピクと痙攣し額に青筋が立っている。
初対面の竜司でさえ分かるほどのキレ具合。
焦った彼は機嫌をとろうと丁寧に、言葉遣いを選んで持ち込んだ企画について言及した。
「エト、ソノ......今回の企画ナンデスケド、説明シテモイイッスカ......?」
「どうぞ」
「はい」
促され粛々と説明を始める。
ざっくり言えば、単発のコラボではなく、中・長期的なコラボ。
ある種スタートアップとエンジェル投資家のような関係だ。
「ぴえヨンさんみたいな大人気YouTuberなら話は別だけど、俺はそこまでファンが多いわけじゃない。どっちかっていうと選手時代のファンがそのまんま流れてきてる感じなわけだ。つまり今回の案件は俺にとっても成長のチャンスでもあるんだ。だから、B小町さん。君たちと一緒に頑張らせてくれ!」
とは言え、どれだけノンデリでもファンからの「人柄はいいから」という擁護でなんとかなってきた男。
あくまでも対等であるという立場を自ら示し、そのうえ頭を下げる。
無遠慮に逆鱗に触れられた有馬かなといえど、年上の真摯な態度を目の前に毒気を抜かれてしまう。
「......いいですよ、許してあげます。私も臍曲げてすみませんでした。これからよろしくお願いします」
やはり先輩は泣き落としに弱い。
再度確信したルビーだった。
◇ ◇ ◇
少し揉め事があったもののスムーズに進んだ顔合わせを反映するように、その後の撮影は概ねうまく行った。
最初は軽いジョギングとトークでアイドルっぽさを重視した絵を意識して撮り、彼女らのアイドルとしての可愛らしくも爽やかなイメージを作る。
次第に負荷をかけていき、顔を歪めてでも目標に向かって努力する、アイドルっぽくない泥臭さでギャップを演出。
最後はマラソン大会に出場し、順位は低いものの無事ゴールで幕を閉じ、視聴者が彼女らの成長を感じられる構成だ。
ポイントは素直で一直線な星野ルビーと小生意気で跳ねっ返りだが真面目な有馬かなの食い合わせだ。
まずはジョギングでも全力のルビーと余裕そうで全力を出しているようには見えない有馬の対立した構図を作る。
視聴者は健気なルビーを応援し、逆にすまし顔の有馬に不満を感じ、いつ表情を崩すのかを楽しみにする。
元々は子役として鳴らしていた彼女がアイドルになっているのだから、視聴者の「わからせ」欲が高いのは明らかだ。
次に陸上選手が行うようなメニューに移る。
当然競技者でない二人が耐え切れるはずもなく、疲労から地面に倒れ伏す。
有馬かなの無様な姿を期待していた視聴者はカタルシスを得て、さらに動画を見たくなる。
そこでルビーが、最初ですら息を切らしそうだったのにこんなにハードな練習に耐え切れるだろうか、と前向きながらも少し弱音を吐いてしまう。
心配する視聴者の心情を代弁するように坂本が、辛いならもう少し抑えるか?と尋ねるも有馬かながこれを拒否。
私たちは「ガチ」だ。
試練を与えても救いの手は差し伸べるな、と。
意外な熱血に視聴者は好感度をV字回復。
いわゆる、雨の中で猫に傘を差し出したヤンキーが急に評価される、あのパターンだ。
有馬の宣言に心を奮い立たせたルビーは再度立ち上がり、二人で目標をクリア。
ここまでで視聴者は彼女らの頑張る姿に魅了されている。
仕上げは、師匠への挑戦。
成長した彼女らは『B小町』として『ウィリアム海賊団』に長距離での勝負を挑む。
元々坂本は短距離の選手であり、長距離は土俵ではない。
だが、ちょうどいいハンデだ、と不敵に笑う。
ここまで良い師匠であった
そして行われた決戦。
ハーフマラソンを走り切り、先にゴールしたチームが勝つ戦いだ。
中継地点でB小町側はバトンタッチするのに対し坂本側は交代なしだが、そうでなければ勝負にならないし、そもそもこの戦いは『B小町』と『ウィリアム海賊団』のバトル、チーム対チームのバトルである。
おかしなことは何もない、真剣勝負だ。
戦いが始まり、走る彼らをバックにそれぞれの語りが差し込まれる。
子役でキャリアが
ただただ世話をしてくれた師匠の背をこえることで恩を返したいルビー。
彼らの秘めた想いに胸を打たれた視聴者の誰もが勝負の行方を見届けんと画面に張り付く。
結果は僅差で「ウィリアム海賊団」の勝利。
元プロとしての意地を、師としてまだ遠い背中を彼女らに、そして視聴者に魅せつけた。
悔し涙を流す星野ルビーと顔を逸らす有馬かなに彼は手を差し伸べ、再戦をいつでも受け入れることを誓い、彼女らもリベンジを誓う。
夕焼けをバックにした握手で一連のコラボ動画は幕を閉じた。
◇ ◇ ◇
「いやー、マジキツかったけど、いいもん撮れたよな。俺ら」
「うん!とっても楽しかったし、もっと続けたいって今本気で思ってる!」
「どこまでもスポ根ね、あんたら」
撮影終了後、一緒に汗を流し競ったことでただのビジネスパートナーを超えて友情を育んだ彼らは敬語を外してフランクに会話しつつ、3人で打ち上げに竜司お勧めの
一人っ子である有馬にとっても、兄はいるものの(少なくとも今生を基準に考えれば)同い年であるルビーにとっても身近にいない「年上の兄貴分」という存在の新鮮さに二人ともついはしゃぎ話も弾む。
気づけば目的地に到着。
住宅街の中にひっそりと佇むレトロな喫茶店だ。
「別に文句とかじゃないけど、打ち上げってもうちょっと、何というか......」
「もっとガッツリしたイメージだよね!」
「スマンスマン。けど、俺たちにとって打ち上げといえばココなの。これからも仲良くしていきたいしさ、勘弁してくれ。今度ちゃんと焼肉つれてくからさ」
「っやたー!ところで
発言を掘り下げられ、ゲッとでも言いたそうな顔をする竜司。
「言いたくなかったですか?だったらごめんなさい」
「いや、そんなことないよ。ただあんま大っぴらに言うのもアレだなって思っただけ」
彼は照れくさそうに頬を掻いて言葉を連ねる。
「要は俺の仲間。今はそれぞれの道を行ってるから昔みたいに即集合とはいかないんだけど、そいつらと一緒に色んな経験をしてさ。その中心がココなんだよな」
思い出をかみしめる様に瞼を閉じる。
彼の感慨深そうにする姿に、ルビーはこの店は坂本竜司という人物にとって鍵となるようなものなんだな、と思った。
「そんな大事なお店を教えてくれるなんて、嬉しいな」
「へへ、気にすんな。頑張る若者を応援したいっつーだけさ」
「それで、その若者が腹を空かせているのにまだ長話を続ける気か?竜司」
いつの間にか3人の傍に黒髪の青年が立っていた。
彼は皮肉気に坂本竜司に話しかける。
「ジョ、じゃなくて
「聞き覚えのあるデカい声が店内まで響いてきたからな。気づいているのに出迎えもなしでは恰好がつかない。ともかく、準備はできてるから早く入ってくれ」
先ほどまでの年長者っぽさを出していた雰囲気から一変。
同世代とのコミュニケーションらしい、言ってしまえば男子高校生のような空気感からルビーとカナの二人は彼が坂本竜司のいう「仲間」の一人なのだろうと推測する。
「このお店のマスターさんですか?」
有馬の問いかけに首を横に振る青年。
「マスターは違う人だね。俺は代理。ここ