食べ盛りを交えた打ち上げとしては不適であるように思えた純喫茶での食事会だったが、ルビーたちの心配は杞憂であった。
ルブランの見習い店主、雨宮蓮は彼ら3人のために普段出さない料理を用意していたのだ。
過酷なマラソン企画を終わらせた3人を労うように、ゴロゴロと肉の入ったルブラン特製カレーが提供される。
いつもの牛肉を使ったカレーではなくチキンカレー。
PFCバランスを気にするアイドルにピッタリの品だ。
「ウマい!けど、なんか肉以外も変えてる感じ?」
「......気づかれたか。やはりニンニクとショウガは味見役がいないと舌が慣れていってしまうな。これではルブランのカレーとして提供できない......」
竜司から率直な意見をもらい、ブツブツと独り言を言いながら、改めて雨宮蓮は鍋の中のカレーを小皿にすくい舌で転がして出来を確かめる。
しかし刺激に慣れ切った舌がすぐに元通りとはいかないらしく、首をかしげて再び調合に戻る。
しばらく悪戦苦闘するものの、一人では限界が見えたのだろう。
諦めて3人に試作品をもう一度提供する。
「新メニューの低カロリーチキンカレーだ。よかったら改良に付き合ってくれ」
彼の頼みに応えて、3人は試作品を食べては感想を述べ、受け取った感想を参考に雨宮蓮はさらなる改良を施す。
場の雰囲気はある種の商品開発部のような様相を呈して、皆だんだん改善されていく味の変化に興奮してさらに盛り上がる。
完成版ができるころには全員の腹が満たされ、それ以上に心が充足感で満ちていた。
「みんなありがとう。お蔭でいいメニューに仕上がった」
運動の疲労と食事への満足感から強い眠気に襲われていたルビーたちに雨宮蓮はコーヒーを振舞う。
時計は短針が9時を指そうとするところだった。
「まだカフェインをとっても睡眠に悪影響はでない。ぜひ飲んでみてくれ」
促されルビーたちは出されたコーヒーを飲む。
チョコレートのような深みのあるコクと甘みが香辛料で刺激された口内を癒し、適度な酸味が心地よい食後のリラックスを提供する。
「......美味しい。どこの豆なの?今度ウチで飲んでみたい」
「グアテマラ産のアンティグアだ。火山灰が与えたミネラルでこの味わいが生み出される」
有馬かなに豆について問われ、雨宮蓮は得意げに語る。
いかにも喫茶店の店主らしいその姿に坂本竜司は少しおかしそうに笑う。
「もうすっかりマスター顔だな。さっさと惣治郎さんに楽隠居させてやりゃいいのに」
「まだまだ未熟だよ。俺自身が納得して引き受けられない」
若い店主代理のシリアス顔に、ルビーはもの憂げなイケメンって絵になるな、と思い、竜司は呆れるように、しかし確かな尊敬をこめて肩をすくめる。
「相変わらず真面目だね。深く考えすぎなんだよ、いっつもさ」
「浅い脳みそしかないよりはマシだと思うが?」
「こんにゃろ、馬鹿にしやがって。俺もいまではいっぱしのインフルエンサーだぜ!なめてっと痛い目見さすぞ!!...おかわり頂戴」
「かしこまりました、お客様」
にやけながらわざとらしく怒る竜司と、2杯目を執事のように給仕する蓮。
雨宮蓮と坂本竜司のじゃれ合いにルビーは顔をほころばせ、かなは呆れる。
「本当に仲がいいんですね!」
「俺とこいつは
カウンターに入っていき蓮の肩を抱く竜司に彼は非難の声をあげるが口元の笑みが隠しきれていない。
「いろいろ助けてもらってさ。今でも企画に詰まったら相談したりしてるんだぜ?」
「自慢げに言うことじゃないだろ」
いい加減離せと竜司を蓮はひっぺがす。
あまりにも男の子っぽい仕草を成人男性2人がやっているのは少し滑稽に見えてしまうが、自分もいくつになっても態度を変えずにいられる友人がほしいな、と。
そしてその友人が、隣にいる見栄っ張りながらも誰より努力家なかわいい先輩であってくれたら、とルビーは思った。
「ともかく」
咳払いをして雨宮蓮が状況を仕切りなおす。
「今日は俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。またの来店を心待ちにしている」
「こっちのセリフですよ。本当に楽しかったです!」
「カレーの味見役になるなんて思ってなかったけど、悪くなかったわ。また来させてもらうわね」
別れの言葉をかけあいながらルビーたちが財布を取りだそうとする手を雨宮蓮は止める。
「今日はリュージのおごりだ」
「え、そんな訳には「いいんだよ」
なおも食い下がるルビーに竜司は割って入る。
「年長者にいいカッコさせてくれ」
有無を言わせぬ彼の笑顔にルビーは返す言葉が思いつかず、バッグに入れようとしていた手をそのまま宙に垂らして厚意に甘えることに決めた。
もう遅いからと駅まで送られてB小町二人は帰路につく。
二人は改めて吞みなおすらしい。
大人の時間だそうだ。
二人でそろったら一気に子供っぽくなったくせに、なにがオトナの時間だよ、と子どもだからとハブにされたルビーはふくれっ面で文句を言う。
かなはそれをみてやっぱり子どもじゃん、と笑う。
その様はまさに先ほどまでルブランで雨宮蓮と坂本竜司がじゃれていた雰囲気と同じ。
いつの間にか彼女らはアクアによって繋がれただけのビジネスパートナーではなく、心の通じ合う友達になっていたのだった。
◇ ◇ ◇
楽しいお食事会を終え自宅に帰ってきてもルビーは楽しげに笑いながら、今日の出来事を同い年の兄に報告する。
風呂上がりの髪を乾かしてもらいながらの雑談会だ。
「それでね、竜司さんとの真剣勝負の後、とってもおいしいカレーを出してくれるカフェに連れてってもらったんだ!」
「そうか、随分と面倒見がいいんだな。リュージさんは」
「うん!」
Youtuberの打ち上げで男1女2の組み合わせに若干の不安を感じていたアクアだったが、ルビーも有馬もなにか隠し事をしている様子でなかったこと。
加えてコラボ相手の事前リサーチを通してインフルエンサーとしては珍しくただ自分の伝えたいという思いだけで活動していると感じ、今はただルビーの兄として彼女が嬉しそうに語る土産話に相槌を打ちながら優しく髪を整えてやる。
「でね、そのカフェがルブランっていうんだけど、そこのマスターがめちゃくちゃイケメンで!料理もコーヒーもすっごく良かった!」
「そうか、2人目は聞いてないぞ」
訂正。
やはり直接会って確かめるべきかもしれない。
スマホを取り出して、一瞬で店名をメモ帳に残す。
もちろんなにかあったわけではないのだろう。
ルビーはそういったことに俺より気を付けている。
しかし、自惚れではないが整った顔をしている俺を日常的に見ているルビーが『イケメン』とハッキリ言うのは珍しい。
もしかしたら心のどこかで惹かれるものがあるのかもしれない。
ルビーの恋愛について俺が口出しすることはない。
それは人として当然の権利だし、他人が気軽に干渉していいものではない。
だから、俺が行うのはテストだ。
そのイケメンとやらがルビーにふさわしいかどうかのな......!
そんなことを脳内で考えていることはおくびにも出さず、アクアはさらなる情報をルビーから聞き出す。
「それで、そのイケメンマスターはどんな人だった?」
「めちゃくちゃ優しかった!チキンカレー作ってくれたんだけど、後で調べたらあのルブランってカフェではコッテリ目のビーフカレーしか提供してないみたい。それって、私たちのために特別に用意してくれたカレーだったってことじゃん!おまけにそれについて一言も触れなかったし。紳士ってああいう感じを言うのかなぁ」
「よっぽど気に入ったんだな。その店」
「今度一緒に行こうね、アクア」
「そのうちな」
穏やかな兄妹の時間を二人で楽しむ。
髪を梳かし終え、アクアはまだ話したりなそうにルビーを寝室に押し込んだ。
「ところでその店のマスターの名前ってなんなんだ?」
就寝前の軽い雑談として、聞いていなかった2人目の名前を尋ねる。
「ふぁあ、眠.....。え、アクアなにか言った?」
「いや、大したことじゃない。それよりちゃんと寝ろよ?もうお前はアイドルなんだから」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「は~い。お休み、アクア」
「ん、お休み」
ちょうどカフェインが切れてきたルビーは思わずあくびをしてしまったためアクアの質問を聞き取れず、アクアももう遅い時間だからと会話を切り上げた。
寝る直前、ルビーは再び今日の出会いを思い出す。
(それにしても、
そもそもせんせは大学以外は宮崎にいたらしいし、親族の話を聞いたこともない。
大学時代に会ったことがあったとして、それなら研修医だったときに私との会話のネタぐらいには使うだろう。
それに、同姓同名の他人だってごまんといるのにただ同性だというだけで関連性を探すのはいくらなんでもおかしくなりすぎだ。
ともかく、今度ルブランに友達を連れていきたいな、と思いながらルビーは今度こそ眠りに落ちる。
一方、アクアも件のルブランの店主について考えていた。
妹が世話になった以上、礼ぐらいはしておきたいし、ルビーの評を聞く分には安心だが一応どんな人間か直接会って探るべきだろう。
シスコンまっしぐらな自分の思考回路に苦笑いしながら、彼もまた眠りに落ちる。
違いは、ルビーはただ眠るだけ。
アクアは
◇ ◇ ◇
何年も使っている自分のベッドとは違う、背中に感じる硬い感触にアクアは目が覚める。
目を覚ました視界に飛び込んできたのは時代にそぐわない石の天井。
異変に気付き跳ね起きようとするも自分を縛る手錠と足かせに気付く。
立ち上がることをあきらめ周囲を見渡すと、そこは眠りについた自宅の寝室ではなく不気味な牢獄の中だった。
「なにが起きて.....」
「やあ、目が覚めたかい?星野アクア。いや、ここはあえて、
いつの間にか、青い装束に身を包んだ白髪赤目の少女が隣のベッドに腰かけていた。
あからさまな異常事態とオカルトに縁のないアクアでさえ分かる彼女の人ならざる雰囲気に勝手に早まる心拍音とは対照的に、アクアの思考は冷静であり続ける。
常識からかけ離れすぎると人は正常に戻ろうとはせず異常に最適化されるのだ。
「お前は、なんだ?なぜ雨宮五郎を知っている」
「私はただの案内人。君が破滅的な運命をどう変えていくかを見届ける観測者にして、君が目的を果たす手助けをする者さ」
「質問に答えろ。人を拉致しておいて訳の分からないことばっかり言いやがって」
怒りに満ちたアクアの視線を飄々とかいくぐり、少女は薄く笑う。
「拉致じゃない。招いたのさ」
少女は立ち上がり、鉄格子に寄りかかる。
「ここはベルベットルーム。夢と現実、精神と物質の狭間。君の夢を介して招き入れた、君自身の心のかたち」
「……はぁ?」
「理解できなくてもいい。いずれいやでも分かる」
少女は鉄格子から離れ、アクアの眼前に立つ。
「君は『刑死者』であって
困惑するアクアの頭部を少女は抱え込む。
アクアはなぜか振りほどけなかった。
「でも、これだけは言える。私は君が幸せになることを心から望んでいる」
抱きしめたアクアの耳元で少女はささやく。
「これは理不尽なゲームの延長戦。君は戦わなければならない。だから覚えておいて。その時が来たら心をそのまま解放するんだ」
「
再びアクアの意識が闇に飲まれる。
眠りに落ちる寸前まで、彼女の柔らかい声が耳から離れなかった。
◇ ◇ ◇
目が覚める。
今度は見知った天井、慣れ親しんだベッドの感触。
手首にも足首にも不快な冷たさはない。
それでもあの夢はリアルすぎて、存在を疑うことさえできない。
「おはよう、アクア。寝坊なんて珍しいね。ミヤコさんがご飯できてるって言ってるよ」
「ん、ああ。今行く」
非現実的な現象を体験し、アクアは放心状態でルビーの呼びかけにさえ生返事しかできない。
立ち上がった瞬間、ポケットに重みを感じ、探ると中から真ん中で割られたような『鍵』を見つけ出す。
心当たりしかなく気味が悪かったためゴミ箱に捨てようとしたが、彼女の抱擁を思い出してしまいどうにも手放せなかった。
「そんで二人を帰してから蓮と飲みなおしたわけ」
「いいなー、なんで誘ってくれなかったワケ?てか、せっかくかなちゃん来てたのにあんたら二人とも『今日あま』見てなかったとか、ホントない!」
「しゃーねーだろ。そもそもなんも関係ねーお前を誘うほうがなくね」
「そりゃそうだけどさ。ともかく、今度会わせて。お芝居するときのこと聞きたいの。リュージ、お願い!」
「分かったってば。今度撮影あるとき聞いてみる」
「サンキュー!持つべきものは友よね」
「調子いいやつ...」