星の仮面   作:濡れた粟

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 「有馬さんに送る文面、これでいい?」

 「いいわけないでしょ、もっと業界人らしい文章で作り直す!」

 「俺ただのユーチューバーなのに......」


夜明け前

  私、有馬かなは悶々とした日々を送っていた。

 想い人、というのは気恥ずかしいが、ともかくそういう存在である星野アクアが恋愛リアリティーショーに出演していて、自分はそれを傍から見るしかないからだ。

 

 彼はそもそも役者である。

 それも、ともすれば私以上に才能を持っている根っからの役者。

 あいつ自身はそう思っていないらしいが、ずっと役者として業界にしがみついてきた私にはわかる。

 

 アクアがこれから役者としての仕事を続けるなら彼はきっと飛躍していくだろう。

 ()()()()()()()()をつくるお仕事ももらうはずだ。

 仮にもプロを名乗っているのだから思春期少女らしい感情は抜きにして考えるべきだとは分かってる。

 けれど、こんな気持ちになったのは生まれて初めてで、どうにも自分では制御できそうにない。

 

 だってしょうがないじゃないか。

 ずっと待ち続けていた仲間が私と同じようにこの世界にしがみついていて、おまけに魔法みたいに私を輝かせてくれたのだから。

 

 心の内からあふれ出るポエミーな台詞の数々も止められそうになく、私はそれらを噛みしめては勝手に恥ずかしくなるサイクルを繰り返していた。  

 気をそらすために何でもいいからとにかく動きたいが、ルビーと企画を立てようにもアイデアがない。

 

 嬉しいような、イライラするようなもどかしさは形容しがたく、友達も少ないので誰かと遊んで発散することも難しい。

 そんなこんなで相も変わらずエゴサしていると、LINEに通知が来る。

 

 「リュージさんじゃん。どうしたんだろ」

 

 いつものいろいろと長文で書き殴っていて解読に苦労する文章ではなく、整然と要件がまとめられた文面だ。

 内容はB小町との新たなコラボ動画企画の誘い。

 なぜか私宛に直接連絡してきたこともあり、興味が出てしっかりと目を通す。

 結果、私は既読をつけたことに若干後悔した。

 

 「なによ、モデル上がりが演技について聞きたいことがあるって。私だってそんなに暇じゃないんですケド......」

 

 もちろん嘘。

 誠に遺憾ながらど真ん中に暇である。

 内心見下しているキャリアの人間の誘いに乗るのは癪だったが、アイドルとしては駆け出しの私が何もしないわけにもいかない。

 とりあえず私だけで会ってみて、そこから正式に仕事として引き受けるか決めようじゃないか。

 こうして私はリュージさん紹介の()()()さんと会うことになったのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 「本日はお時間いただきありがとうございます。フリーでモデルやらせてもらってます、高巻杏です」

 

 「......違和感スゲー」

 

 「リュージ、うっさい!」

 

 「仲良いんですね」

 

 集合場所は四軒茶屋に店を構える純喫茶ルブラン。

 前回の打ち上げで使った、現在雨宮さんが店主代理を務めるお店だ。

 長年染みついたコーヒーの残り香とかすかにただようカレースパイスの香りが不思議と調和して、ここでしか味わえない空間を提供してくれる。

 

 「ま、まあね。とにかく、会えて嬉しいです。子役の頃から見てます。こないだの『今日あま』の、特に最終回。有馬さんの演技が輝いていて感激しちゃいました!」

 

 「そうでしょ!......じゃなくて、こちらこそ見てくださってありがとうございます」

 

 顔を見合わせて笑い合う。

 お互いに猫をかぶっていて、お互いに化けの皮が剥がれるのも早かった。

 同類には皆優しくなるものだ。

 

 (なによ、モデル上がりなんていうから警戒してたけどいい人じゃない)

 

 会心の出来だった最終回を面と向かって褒められ、私はつい心を許す。

 

 高巻杏。

 帰国子女のフリーランスモデル。

 クオーターであり、持ち前の英語力で海外においても活躍中。

 日本人離れした美貌とすらりとしたスタイルとそれらをひっくり返すほどの天然キャラが人気。

 度々バラエティー番組にも呼ばれている、まさに今が花開くときである芸能人だ。

 

 「それで、今回はどういった目的で私たちとコラボしようって思ったんですか?」

 

 緊張が解け、私は自然体で話しかけることができた。

 相手が事前情報収集という形でリスペクトを見せられたならば、こちらも相応の態度で、相応のリターンを作れることをアピールするのが業界人としての礼儀だ。

 

 「そう、そのことなんですけど、折角実力派女優がいるんだからショートドラマとか撮ってみたいなって思って!こんなの考えてきたんですけど、チェックしてもらえませんか?」

 

 そう言って高巻さんはバッグから脚本を取り出し、私に両手で手渡してくれる。

 熱意は伝わってきたがさて中身はどうだろう、とこちらも丁寧に受け取った。

 

 パラリパラリとめくって脚本の中身を精査する。

 その間にもこちらを突き刺す彼女の純粋な好意を含んだ視線に嬉しさと気まずさを感じてしまう。

 話題の芸能人が久しく身近に感じていなかったファンとして目の前にいて、おまけに企画まで持ってきてくれたのだ。 

 自己肯定感が形となって口許にでるのを必死に我慢しているぐらいだ。

 そして、彼女に言わなければならないことに気が重くなる。

 

 「どうですかね!」

 

 尻尾を振っているのが幻視できるほど期待のこもったキラキラとしたまなざしに思わず優しいことを言いたくなるが、彼女が私のファンだというのならばプロとして向き合うべきだと考えなおし、意を決して口を開く。

 

 「これ無理です」

 

 「ムリ......?」

 

 「無理」

 

 内容は、ざっくり言えばスパイアクションだ。

 それもちゃんと銃撃戦が含まれたやつ。

 とてもじゃないが駆け出しのアイドルグループが取り組めるものじゃない。

 

 キョトンとした高巻さんの顔を見て、私は彼女が普段関わっている案件の規模感を察し、自分が惨めになる。

 それはそれとしてB小町にこの脚本を扱うことはできないことを伝え、新たなものを考えようと二人で話し合う。

 

 結果として形になるものはなにもなかった。

 二人とも脚本など書いたことがないのだから当然だ。

 しかも高巻さんは心底私のファンらしく、私が演じるに値する役を作ろうとする。

 嬉しくなった私もそれに応えてアイデアを出す。

 このサイクルがどんどん回り、気づいたころにはハリウッド気取りかと突っ込みたくなるほどの長尺脚本ができあがる。

 

 頭を抱えた私が再び企画を考え、大きくするうちに歯止めが利かなくなり......。

 それを繰り返せば否応なく時は経つ。

 終わらない議論に途中まで見守ってくれていたリュージさんも帰宅し、雨宮さんも店じまいを始める。

 我々が珈琲の冷たさに気づいたころには、時計の針は無情にも22時を指していた。

 

 「......一旦持ち帰って、また話し合いましょう」

 

 「......ハイ」

 

◇ ◇ ◇

 

 「それで、結局なにも進展がないってことですか?先輩」

 

 「残念ながらね。ほら、後輩。あんたも他人事じゃないんだから、エゴサしてないで手伝いなさい」 

 

 翌日事務所で顔を突き合わせ今後の展開を考える私とルビー。

 彼女は私のことを若干ナメているので昨日のような脚本の巨大化は起きないが、経験がないためアドバイザーとしては役に立たない。

 うんうんと唸っているとルビーが突然顔をパッとあげ、私に向き直る。

 

 「先輩、私天才かも......!」

 

 「嫌な予感するわね」

 

 顔をしかめる私を尻目にルビーは自身のスマホを開く。

 

 「もしもしお兄ちゃん?今暇?」

 

 「なにやってんのよアンタはぁぁああああ!」

 

 衝動的に私はルビーからスマホを引ったくり通話を終了させる。

 

 「だってちょうどいいじゃん。お兄ちゃん監督さんのとこで修行してるみたいだし、プロに頼ればその分ちゃんとしたものはできるでしょ?」

 

 「それは、そうだけど......」

 

 もちろん五反田監督に相談することは一回考えた。

 彼はプロだ。

 クオリティは申し分ないものになるはず。

 それが高巻さんにとっても我々B小町にとってもベストに近いことはなんとなく分かる。

 会議の途中に一度はメッセージを送ろうかとも思いSNSを開くまではやった。

 

 だが、指がそれ以上動かなかった。

 彼に仕事の依頼をすれば弟子であるアクアも今回の企画を知るだろう。

 面倒見れなかった前回の企画について、私にどうだったかひそかに聞いてくるほどシスコンなあいつのことだ。

 恋愛リアリティーショー出演中だろうが今度こそ関与しようとするに違いない。

 

 そうしたら、私はアクアとショートドラマを撮りながら彼の恋愛模様を見る羽目になる。

 板挟みになった私がどうなるか、自分でも分からない。

 だから今回のこともアクアに知らせず、B小町だけでやろうと思ったのだ。

 

 気づけば手元のルビーのスマホが振動している。

 

 「気まずいのは私も同じ。それにいつも言ってるじゃないですか、『私はプロだ』って。」

 

 言ってくれる。

 すべきことは私が一番わかっている。

 そう主張したがる心を落ち着け、私は静かにスマホをルビーに返した。

 

 それからトントン拍子に話は進み、五反田監督主導でショートドラマの制作が決定した。

 売れないモデルが先輩役者とのつながりでドラマにでるお話。

 

 私は売れないモデル。

 ルビーはドラマの監督。

 高巻さんは先輩の役者。

 

 タイトルは「日の出前。四時五十分」




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