星の仮面   作:濡れた粟

6 / 6
 「ねえ、どうだった。ドラマ」

 「悪くない」

 「私が出てるのよ。そんなのは当たり前」

 「じゃあ何が不満なんだ」

 「......アンタも出てくれたら良かったのに


日の出

 「カーット!悪くない。お前ら、想定の斜め下ではなかったぜ」

 

 五反田監督がかちんこを鳴らす。 

 一週間に及ぶ『日の出前、四時五十分』の撮影はようやくクランクアップ。

 監督の助手として働いたのは久々だったので良い刺激になった。

 また、慣れない恋愛リアリティーショーよりは性に合っていたので気分転換にちょうど良かった。

 今度の『今ガチ』撮影の時に、このドラマのことをネタにしても良いかもしれない。

 

 「高巻さんも悪くはなかった。ちょいちょいボロ出てたけどな」

 

 五反田はお茶入りペットボトルを高巻に渡す。

 

 「ありがとうございます。めちゃくちゃ難しかったけど、やりがいありました!」

 

 先ほどまでのクールな表情(黒澤京香)は消え失せ、いつもどおりの快活な彼女(高巻杏)に戻っている。

 それでも疲れが隠しきれていない。

 

 「ま、頑張ってたのは認めます。リテイクしまくった分だけいい演技になりました」

 

 俺からタオルを引ったくり、有馬が高巻に話しかける。

 

 「かなちゃんも相談にたくさん乗ってくれてありがとう!お陰様でいいドラマにできたと思う!」

 

 「そ、そう?まあ、当然よね」

 

 一週間とはいえ共に撮影した仲間であり、後輩俳優である。

 面倒見も良くなるものだ。

 

 「先輩、完全にメロメロじゃん。お兄ちゃん、うかうかしてると盗られるよ」

 

 「黙ってろ」

 

 脇で妄言を吐いている愚妹を小突き、改めて二人を観察する。

 

 高巻さんの懐き具合は凄まじい。

 年上の成功している芸能人にそう接されて、なびかないほど有馬は気位が高くない。

 物知り顔で演技論を語り続けている。

 

 「さて、盛り上がってるとこで悪いけど本題に入らせてもらう」

 

 パチンと手を鳴らし仕切り直す。

 

 「えっと、アクアマリンさん。ドラマはちゃんと撮れたと思うけど、なにか追加シーンでもありましたか?」

 

 「アクアでいいです」

 

 「了解。じゃ、アクアさんね」

 

 俺は高巻さんに開いていたノートパソコンを見せる。

 そこには「日の出前。四時五十分」撮影シーンの抜粋ファイルが表示されていた。

 

 「ショートドラマの完成度はお世辞抜きに高かった。だが、そのまま出しただけじゃファンは増えづらい」

 

 B小町のチャンネルを開き、アナリティクスを皆で確認する。

 

 「お兄ちゃん、女の子のチャンネル勝手に開くなんてデリカシーなーい」

 

 「いつも編集してるの俺だろうが」

 

 確認する上での重要な項目がある。

 それは視聴者層だ。

 

 「現在B小町の登録者数は2000人。それも大半の視聴者は竜司さんから流れてきただけだ」

 

 「あんま伸びてないね」

 

 「無名グループの1企画投稿後にしては悪くない」

 

 さらに流入経路に着目して話を続ける。

 

 「問題は視聴者層が坂本さんのファンが大部分を占めていることだ」

 

 流入元の関連動画はほとんどが陸上関連。

 アイドル目当てでB小町を見つけたドルオタはほぼ居ないと言ってもいい。

 

 「まあ、それはしょうがないよね。けど、それでも視聴者さんが増えてるならいいんじゃないの?」

 

 「お前たちは毎回毎回このレベルの企画をするのか?」

 

 ルビーは押し黙る。

 

 「これから継続的なファンを増やすためには、B小町自体を応援する層が必要になる」

 

 「それこそが杏さんのファンってこと。そうよね、アクア」

 

 「そうだな」

 

 有馬はそっぽ向いたまま、俺に相槌を打つ。

 まあ、いい。

 話を続ける。

 

 「今、アイドルを応援する層は変化を迎えている。推し活の普及。SNSの発達。今やアイドルは中年男性ばかりが熱を上げるものじゃない」

 

 アイドルファンへのインタビュー記事を画面に映す。

 推しているアイドルは「りせちー」。

 活動休止から立ち直り、今も一線で活躍しているベテランアイドルだ。

 昔の「りせちー」っぽさは薄れてきたが、彼女本来のキャラが長年のファンを惹きつけている。

 

 「引退後、それまでの彼女からは考えられない深い話をするようになった。多少ミーハーなファンは離れたらしいが、その分コアなファンが今でも根強く残っている。これが戦略の転換を示している」

 

 とあるネット記事をクリックする。

 アイドルファンの構造調査をまとめたものだ。

 

 「現在、K-POP系ガールズグループは女性ファンの割合が高い。これはアイドルが推す対象から自己投影先になってきたトレンドの変化が大きい」

 

 高巻さんのファンサイトに入る。

 

 「アクアくん。もしかしてファンだった?なんかサインとか要る?」

 

 「情報収集のために入っただけです」

 

 「あ、はい」

 

 ファンクラブに様々な機能があるが、今回の目的はファン同士の交流掲示板だ。

 

 「見るからに女性ファンが多そうだね、お兄ちゃん」

 

 「確かに、私のことフォローしてくれてるファンって女の子が多いかも」

 

 高巻さんが自身のスマホでSNSを確認している。

 

「全部当たっている。現在女性芸能人、特にアイドルのビジネスモデルは少しずつ男性ファン中心の支出型でなく、K-POP型の拡散・憧れ型に移行しつつある」

 

 「なるほどなあ、だから高巻さんのファンを引っ張り込む必要があるわけだ」

 

 いつの間にか後ろから五反田監督が覗き込んでいた。

 

 「監督。セクハラですよ」

 

 「お前兄貴の時と態度違い過ぎねえか?」

 

 「ルビー、そう虐めてやるな。言い方は悪いが監督の言っていることは正しい」

 

 改めて高巻さんに向き直る。

 

 「あなたを踏み台にするつもりはない。互いに利のある形に必ず持っていく。だからこの企画、俺に任せてくれないか」

 

 頭を下げる。

 

 「いいよ。元からそのつもりだった。けど、手抜きは許さないからね」

 

 「分かってます」 

 

 B小町も例外でない。

 坂本竜司とのコラボは、K-POPの自立した女性像と地続きでつなげられる

 あとは適した視聴者層という水を与えれば、芽が出始めるはずだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それ以降、俺は平日の放課後をショートドラマの編集と新たな企画の撮影に費やした。

 ショートドラマ前半を高巻杏のチャンネルに、後半をB小町チャンネルに投稿。

 見せ場を分け、続きを見たくなる構造にし、ファンの流入を促す。

 

 「高巻姉さん、珍しく長尺出してる。見てみよ」

 「コラボ動画?相手知らないんだけど、萎え」

 「B小町知らないってマジ?」

 「知名度頼りのイナゴ定期。どうせ案件でしょ。ま、流すくらいならいいかな」

 

 「え、ドラマじゃん。youtubeこんなの作れるんだ」

 「主演高巻姉さんじゃないの?センスなーい」

 「解散」

 「え。ね待って、クオリティ高くない?」

 「たまにはこんなのもいいかも」

 「この続きは、このリンクかな」

 

 ドラマ撮影裏も、ドラマ本編の範囲に応じて投稿。

 演者自身に視聴者の興味を移す。

 ドラマ本編と違い、有馬に指導される高巻さんは視聴者にとって新鮮だろう。

 

 「高巻姉さんに指図するとか、ムカつく」

 「年下のアドバイス聞くストイックさ尊い」

 「てかこの子、どっかで見たことない?」

 「ああ、子役の!今はアイドルやってるんだ」

 「この監督役の子、可愛いとは思ったけどアイドルらしいよ」

 

 見どころをショート動画としてB小町チャンネルに投稿。

 新規視聴者を取り込む。

 

 「有馬ちゃん生意気可愛い」

 「レトロな感じ解釈一致過ぎる」

 「大人な高巻さんメロすぎて無理」

 「#日の出前」

 

 そして現在撮影中の高巻さんのチャンネルから投稿される新企画。

 現役モデルによる、新生アイドルグループの着せ替え企画だ。

 

 「煙の吐き方が雑。煙草はもっとエロティックに吸わないと」

 

 お着替えを通り越してコスプレの域ではあるが。

 

 ドラマ本編の衣装を着た有馬が、煙だけ出す偽タバコを咥えている。

 今日日タバコというものは規制されがちだが、手っ取り早く大人らしさを出すにはうってつけの小道具だ。

 当然吸ったことのない有馬は煙が肺に入り込み、しばしば咳き込む。

 

 「ルビーちゃんも、可愛いけど妖しさがない。もっと目の力を抜いて」

 

 ルビーも苦戦している。

 普段は自身のキャラをそのまま出せばいいが、今は違う。

 

 「まずは服を着てあげないと。着こなすのはその後」

 

 「高巻さん、意外とスパルタ......」

 

 ポーズから目線まで手取足取り。

 普段は抜けたイメージの高巻さんが、芝居の時かそれ以上に鋭く、ルビーの所作ひとつひとつに目を配らせている。

 

 彼女らが可憐に、美しく着飾る絵を背景に、俺はそれぞれの年代の解説を書き進める。

 その衣装がなにを起源としたものなのか。

 その衣装の形態になった理由はなんなのか。

 当時その衣装を着ていた女性はどのように生きていたのか。

 

 ただ煌びやかなだけじゃない。

 ただ文化をつまみ食いするだけじゃない。

 文化に寄り添うイメージをB小町に作る。

 それこそが、アイツらが多少平穏にアイドルをやれる道だと信じて。

 

◇ ◇ ◇

 

 時は過ぎ、「今ガチ」の撮影も終盤に入りかけの頃。

 ようやく撮影・編集が全て終わった。

 スタジオの片隅で朦朧としている俺に高巻さんが笑みを浮かべながら近づいてくる。

 

 「アクアくん、忙しい中ホントにありがとう!お陰でとっても楽しかった!」

 

 「やりたくてやったことです。気にしないでください」

 

 これは嘘じゃない。

 俺の父親を見つけるために使うため、B小町を大きくする必要がある。

 もしMEMちょが加入してくれればSNSもメンバーも担ってくれるため楽になるだろうが、ないものねだりはできない。

 彼女がプロデュースし甲斐のある、入りたいと思えるグループにするため、今回のコラボ企画は渡りに船。

 だから協力したに過ぎない。

 

 「『やりたくて』の割には、なんか疲れた顔してるよ」

 

 「ちょっと立て込んでて疲れてるだけです」

 

 これも嘘じゃない。

 実際スケジュールはパンパン。

 最近休んだ日を探すのが億劫なほどだ。

 

 「嘘。ただの疲れじゃそうはならない」

 

 「そんなこと、なんで言い切れるんですか」

 

 「それで友達を、親友をなくしかけたから」

 

 ガツンと衝撃が来て、目の前に星が見える。

 俺の頭を両手で掴み、額同士を叩きつけたらしい。

 

 「傷残りますよ」

 

 「私はアンタのこと話してんの。話を逸らさない」

 

 吐息が混じるほど近い距離。

 相手は成熟し始めた、美しい女性。

 それでも彼女からも、自分の内からも情欲は感じられなかった。

 

 「嫌なことをやらなきゃいけないことなんていつでもある。けど、それは逃げちゃダメな理由にはならないんだよ」

 

 「それじゃあ負けろと、諦めろと言いたいんですか」

 

 「したいことと、しなきゃいけないことを分けろって言ってるの。負けることより、自分の軸を見失うほうがよっぽど怖いことなの」

 

 高巻さんは、俺の頭から肩につかみ先を移し、無理矢理俺を立ち上がらせる。

 

 「さ、まずは皆でお腹を満たしましょう。今日は私が奢ったげる」

 

 スマホで店を探す彼女を手で制止し、自分のスマホを見せつける。

 画面にはすでに見つけてあった高級焼肉店が表示されている。

 カルビやホルモンが美味いと有名な店だ。

 

 「ここ行きたいです」

 

 「生意気なヤツ」

 

 人の金で食う飯はやはり美味かった。




 「なんで五反田監督までいるんですか」

 「俺も金欠でな」

 「良かった!みんなよく食べるからちょっとお財布厳しかったんですよ」

 「割り勘ありがとうございます」

 「......来るんじゃなかった」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。