星の仮面   作:濡れた粟

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曙光

 新B小町と高巻杏さんのコラボ動画はなかなかの盛り上がりを見せていた。

 手助けした身として誇らしい。

 

 順調だったショートドラマ撮影とは対照的に、恋愛リアリティーショーは波乱ばかりだった。

 

 鏑木監督からのアイの交友関係、つまりは俺たち兄妹の父親捜しのための情報提供の見返りに、(アクア)は恋愛リアリティーショー『今からガチ恋始めます』に出演した。

 

 少年少女のリアルな恋愛模様を脚色して伝えるこの番組は、本来秘されるものである美男美女の恋愛を覗き見る体験が若年層に人気であり、若手芸能人にとって成り上がるための道としてメジャーである。

 この番組で好意的に注目された演者は総じて同年代である視聴者からの根強く長い支持を得ることができ、まさに今のSNS時代を生き抜くために最適なのだ。

 

 しかし超高倍率のオーディションを突破し、恋愛リアリティーショーに出たからといって将来安泰ではない。

 アドリブ重視の企画であるため演者の地力やとっさの発想力が重要だ。

 

 そして何より重要なのはメンタルだ。

 この番組はありのままの自分を曝け出す機会が多くなる。

 悪役を演じた俳優の中には役への批判でさえ心を病んでしまう人間がいるほどだ。

 まして演じていない自分自身への誹謗中傷はもっと心に響く。

 この世から消えてしまいたいと思ってしまうほどに。

 

 俺の共演者の1人に「黒川あかね」という人物がいる。

 生真面目な性格で好感の持てる人間だが、それだけに事態の中心となることが期待される女性の演者としては不向きもいいところでありなかなか注目を集めることができていなかった。

 爪痕を残せていなかった彼女は自身が飛躍するための舞台を用意してくれたマネージャーに報いるため、真面目な人格を捻じ曲げてまで存在感を示そうとして失敗し逆に視聴者からの好感度を落とし、かえって批判を受けることになる。

 俺のような人間なら軽く流せるが、彼女にそういった不器用なマネはできず正面から受け止め続け、最終的に精神を病んでしまい自殺まで考えるようになり、路上橋の橋桁の上に立ってしまう。

 

 彼女が飛び降りる一歩手前で引き止めることができて本当によかった。

 これ以上()の目の前で救えたはずの人間の命を手の平から取りこぼすなんてあり得ない。

 

 ともかく彼女の命は救ったが炎上の勢いはおさまることを知らず、これを抑え、逆にメンバー間の結束を見せつけるために「今ガチ」メンバーと動画を作った。

 素材の取得やそのための製作陣との交渉、編集と動画のアップロードなど大いに苦労したが、結果的には世論をひっくり返すに十分な影響を与えることはできたと思う。

 総監督を請け負った俺は疲労のままに床に倒れ伏し眠りに落ちた。

 

◇ ◇ ◇

 

 「やあ、久しぶりと言っておこうか」

 

 「......またお前か」

 

 どうやら俺はまた()()()()らしい。

 前回と同様に、俺は監獄の中で手枷足枷をつけられ硬いベッドに横たわっていて、向かいのベッドにはやはり前回と同様にあの少女が座っていた。

 

 「今度はなんだ。また妄言を吐き散らすだけか?なら寝させてくれ。死ぬほど疲れてるんだ」

 

 「おやおや、随分と酷いことを言ってくれる。私は君の味方だと言っているのに」

 

 長時間の作業を終わらせた直後の安らかな睡眠を無粋にも邪魔したのだ。

 ぶっきらぼうになるのも当然だろう。

 

 「随分とあの女の子を助けるために頑張ったじゃないか。やっぱり君は優しいね」

 

 「今度は好感度稼ぎか?どうでもいい、用件があるならさっさと言え」

 

 「はいはい。全くせっかちだね。私は君との会話を楽しみにしていたというのに」

 

 聞かん坊の世話は大変だとでも言いたげに肩をすくめて彼女は立ち上がる。

 どう見てもお前のほうがガキだろうが、とその態度に少し苛立ちを覚えたが、彼女の言葉に少し胸が詰まる。

 そうだ、幼い子供が俺に話しかけているんだ。

 邪険にするのは、違う。

 

 「すまなかった。八つ当たりだったな。なあ、おま........」

 

 そういえば俺は彼女の名前を知らない。

 

 「私の名前はツクヨミ。これからそう呼んでくれれば、これまでの無礼は許してあげる」

 

 「分かった。よろしく、ツクヨミ」

 

 「うん。よろしく、アクア」

 

 改めて自己紹介を交わし、鎖につながれた手でぎこちなく握手する。

 

 「ところで、これを外してもらうことはできるか?どうにもやりづらい」

 

 「残念ながらそれは無理だ。だってそれは君自身が作り出したものなんだから」

 

 ほら見て、とツクヨミは手枷を指さす。

 よく観察してみるとあるはずの閉じるために使ったはずの金具すらない。

 生まれたときから拘束具をつけているでもない限りこんなことにはならないはずだ。

 

 「君は生まれながらに囚われの身。あの統制の神の被害者。さらに不運なことに君にはさらなる苦難が待ち受けている」

 

 「とりあえず知らないAについて説明するために知らないBとCを使うのをやめてくれないか。まずはその苦難とやらを教えてくれ」

 

 「注文の多いこと。でも、そうだね。これは教えるべきか」

 

 先ほどまで楽し気にしゃべっていたツクヨミの顔が翳る。

 

 「君が知るべきことはこのままじゃ黒川あかねを救うことはできないってこと。そして救うためには苦難を乗り越える必要があるってこと」

 

 「.....なにを言っている?」

 

 聞き捨てならないその一言から意識してやめていたはずの荒い口調に戻ってしまう。

 

 「本来、最高のタイミングで最高の内容で送り出された君の動画は黒川あかねへのバッシングを止めるに足るものになるはずだった。けれど、メメントスによってそれは妨げられている」

 

 「また知らない単語だ」

 

 「ごめんね。でもこれが本題。メメントスとは人々の集合的無意識が形成した空間。つまりはみんなの総意が形になる場所」

 

 ツクヨミはアクアに立ち上がるように合図する。

 足枷をつけられているんだが?と思いつつ指示に従うといつの間にかそれは足から消えていた。

 

 「今、黒川あかねに対するみんなの意見は半々といったところ。このままじゃ彼女を完璧に救えたとは言えない」

 

 「それの解決のために俺は招かれたわけか」

 

 「その通り」

 

 先導するツクヨミに付き従う。

 一面鉄格子だったはずの牢獄には気づかぬ間に扉ができており、俺たちはそれを開いて外に出る。

 左右を見渡すが、牢獄の通路に終わりは見えずただ闇が広がっているだけだ。

 

 「異常に凝り固まった偏見は崩れたけれど、一度できてしまったものをなくすのはなかなか難しいものだ」

 

 しばらく歩いているうちに、灰色に支配された牢獄にそぐわない赤黒い扉が目に入る。

 ツクヨミは躊躇なく扉をあけ、中から俺を手招きした。

 

 「私はただの傍観者。君がそれを消し去ってやるのさ」

 

 怪しさに怪しさが2乗されたこの状況。

 それでも俺に彼女の誘いを断る理由はなかった。

 ツクヨミの言う、黒川あかねを救うことができないという話の重大さもあるが、それ以上に前回感じた彼女の暖かさをなぜだか信じたくなってしまったのだ。

 

意を決して扉をくぐると、そこは地下鉄を思わせる異様な空間だった。

 

 「これが、メメントス.....か」

 

 「理解が早くて助かるよ。さあ、()()を殺しにいこうか」

 

 景色に圧倒される俺を尻目に、ツクヨミはどこからともなくママチャリを引いてくる。

 楽しげにチャリンチャリンと鈴を鳴らす彼女は年相応に可愛らしいが、俺の疑問を止めるには力不足だった。

 

 「これは?」

 

 「そりゃもちろん移動用の足さ。君、免許持ってないだろ?だからコレ」

 

 「昔は自動車免許ぐらい持ってたけど」

 

 「ダーメ。ちゃんと法律守らなきゃ、ね?」

 

 予告もなしに俺のことは拉致るくせに変なところで遵法精神高いな、コイツ。

 そういえば夢の中の拉致ってどうやれば誘拐罪で起訴できるんだ?

 などとくだらないことを考えつつも、ツクヨミの言う通りママチャリにまたがる。

 

 当然のように俺の後ろに陣取るツクヨミ。

 

 「2ケツはいいのか?」

 

 「いいかい、法律は人間に対して作られたものなんだよ。だから私は無視したって構わないのさ」

 

 しれっと人外発言しやがった。

 

 「さ、私がナビゲートしてあげるから頑張って漕いでおくれ」

 

 さも偉そうに発言するツクヨミを見て、俺は昔の、いや、今も大して変わらない兄に対する尊敬の念の欠片もないわが妹を思い出していた。

 

 「というか足枷は外れたのに手はそのままなのか?運転しにくいったらありゃしないんだが」

 

 「すぐに外れるようになるさ。難しいだろうが今はとにかくそのまま頑張って」

 

◇ ◇ ◇

 

 幼い人外を背中に乗せたツーリングは案外楽しいものだった。

 非日常に再び遭遇したせいだろうか、体の疲れはいつの間にか感じず、全力でママチャリを漕いでも平気なほどだ。

 おそらくアドレナリンが出まくっているだけなので明日はもっときつくなるだろう。

 

 嫌な未来から目をそらして、もっと嫌な目の前にある空想っぽい現実に向き合う。

 ここだよ、とツクヨミが示した場所には怪物がいた。

 俺の背丈の3倍はあろうかと思うほど巨大かつ醜悪なスライム。

 ド○クエのかわいらしいイメージとは正反対だ。

 それの持つ人間を飲み込めるほど大きな口は悪臭を放ち、唾のような粘液を飛ばしながら聞くに堪えない暴言をまき散らしている。

 スライムのくせに不揃いの歯を持っているのがなおのこと気色悪い。

 

 「なんなんだ、こいつは」

 

 「言っただろう?これが黒川あかねの救いを邪魔する敵。大衆の無意識の集合体。()()()()と呼ばれている存在さ。」

 

 これが、黒川を害そうとしているのか。

 よく観察してみると、ヤツの目玉では掲示板のスレッドが高速でスクロールされている。

 見ることも憚られるような罵詈雑言だと流し見でも分かってしまう。

 

 「これが、黒川を叩いている連中の総意。その具現化ってことか」

 

 「ご明察。そしてこいつは倒さなければ消えることはない」

 

 「だからこそ、当事者の俺が始末をつけろと言いたい訳だ」

 

 ツクヨミは頷いて俺の質問に肯定した。

 醜い怪物を睨みつける俺の胸部に彼女は触る(ふれる)

 

 「前に言ったこと、覚えているかい」

 

 「『心をそのままに解放しろ』だったか?」

 

 「そう。君の能動的意思こそが、集合的無意識を打ち破るための鍵となる」

 

 いつの間にか手枷は消えていた。

 俺は衝動のまま怪物のもとに突き進む。

 

 「さあ、君が心に宿したものを私に見せてくれ」

 

 眼前にはこちらに気づき、ギョロリとブルースクリーン仕立ての眼球を向けてくるバケモノ。

 ただ己の一時の快楽のために正義面でご高説を宣う蛆虫共の心の形(シャドウ)

 

 目の前が暗くなる。

 恐れではない。

 高まりすぎた血圧に眼が耐えきれなかっただけだ。

 体が芯から震える。

 心臓が激しく脈打つ。

 

 ああ、安心した。

 俺はコイツらに、アイの死を茶化した連中と同類のコイツらに、殺意と見紛うほどの怒りを覚えられたらしい。

 

 『それで、お前は心の中に憤怒を秘めて小賢しく戦い続けるつもりか?』

 

 頭の中から声が聞こえる。

 気づけば目の前には煌々と昏い炎を宿した幼い日の()がいた。

 

 『怨敵はいまだ現れず。それでもお前の中にはどうしようもなく持て余した怒りがくすぶっている。お前自身を燃やし尽くすほどに』

 

 「何が言いたい」

 

 『足りない、と言っている』

 

 いや、待て。

 こいつは誰だ。

 

 『自分を燃やし、害虫を焦がし、仇を灰に帰させる。それがお前の望みだ』

 

 「バカなことを」

 

 『バカはお前だ。自分自身に嘘をつくなど』

 

 本当にこいつは、俺なのか?

 

 『消し去りたいんだろう?眼前の敵を』

 

 「そうだな、それは間違いない」

 

 『「だから、契約だ」』

 

 いつのまにか俺は消えていた。

 

 目の前が暗くなる。

 いや、視界が狭いんだ。

 

 『我は汝、汝は我。お前の中で燃え盛る煉獄の炎を、俺に見せてみろ』

 

 いつのまにか俺は仮面を被っていた。

 手枷は灰と化している。

 両手でつかみ、外すため力を込める。

 皮膚が千切れる感覚が、俺に手を止めるよう忠告する。

 それでも、ここで手を止める選択肢などありはしなかった。

 

 「焼き尽くせ、エドモン・ダンテ───!!」

 

◇ ◇ ◇

 

 「やはりこうなるか」

 

 倒れ伏したアクアの頭を膝に乗せ、ツクヨミは呟く。

 目の前には灰燼ひとかけらがゆらりゆらりと空に揺れていた。

 

 「君は独りじゃない。だからこそ、それに気づかなければ『世界』に進むことはできない」

 

 さらり。

 艶のあるアクアの頭をツクヨミは撫で、目元に手をやる。

 眠る彼の顔半分には、夜空を映した仮面が残っていた。

  

 「いまはお眠りなさい。けれど、どうか思い出して。君は炎に魅入られた訳じゃなかったろう?」

 

 アクアを見つめる瞳は、どこまでも穏やかだった。

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