「勘弁してくれ、やっと事情聴取が終わったんだ。また警察と面談なんて御免蒙る」
「まあ酷い。じゃあ、あなたの参謀としてならどうかしら」
「大歓迎」
「よろしい」
「疲っかれた〜」
ファーストステージを終え、
アクアのスカウトによりMEMちょを加えた新生B小町は、取り計らいによりJIFというアイドルの登竜門というべきステージに参加することができた。
先日の杏さんの動画から歌ウマのバレた
当日もMEMちょ目当ての黄色だけでなく、私や先輩の赤と白のサイリウムも振られていた。
頑張りが報われ、また来てくれたファンの皆にも最高のステージを見せられた手応えに私は大いに満足していた。
「後はせんせが居てくれたら完璧なのにな、全く」
口を尖らせ、枕に顔を埋める。
瞼の裏に浮かぶのは、いつもそばに居てくれたせんせ。
いつも私より痛そうな顔をしていたせんせ。
「会いたいよ、せんせ」
憧れの、アイの、推しの子になって、ようやくアイドルになれた私を見て欲しい。
あなたの推してくれた私は、ちゃんと輝けるのだと伝えたい。
高鳴る胸の鼓動のままに、私はふとスマホで「雨宮吾郎」について調べた。
調べてしまった。
「なに、コレ」
ヒットしたのは地方のネット記事。
16年前の行方不明者が白骨化した他殺体として見つかったという記事。
見つかったのは「雨宮吾郎」。
「嫌だよ、せんせ。じゃあ、私何のために」
せんせは私を見てくれることは二度とない。
事実を認識した後、不思議と涙は出てこなかった。
ただ、声も出せずに横たわることしかできずに、気づけばカラスが鳴く頃になっていた。
むくりと起き上がり、霞んだ目で窓から外を見る。
薄く赤らむ街のなか、青いカラスが電柱の上からこちらをジッと見つめていた。
今日はオフ。
いつもなら友達と会ったりするし、元々はMEMちょや先輩と打ち上げでもやろうかなと考えていたが、ボウッとした頭はひたすらに足を動かす。
曖昧な朝の挨拶をアクアに返し、私を気遣う手を押しのけて、スニーカーを履き、アスファルトを蹴り、改札を通り、吊り革に捕まる。
勝手に動く体に抵抗する気もなく、いつの間にか私はルブランの目の前にいた。
「バカみたい」
すぐに分かった。
以前切り捨てた考えが、「雨宮」蓮と「雨宮」吾郎の間に何かしらの繋がりがあるのではないかという期待が、まだ頭の中に居座っている。
それに操られて私はここまで来たのだ。
蓮さんが外出中なのか最近は閉まっていたが、ちょうどよく再開したらしい。
撫で下ろした胸元に芳醇なコーヒー豆の薫りが流れてくる。
あちらの準備は十分というわけだ。
「おはようございます。モーニングってやってますか?」
とりあえずコーヒーでも飲ませてもらって、そしたらお暇しよう。
そう思って店内に入ると、ルブランで見たことのないショートカットの女性と、長髪の眼鏡をかけた中年の男性がいた。
「いらっしゃい、ルビーさん。モーニングはないけどお土産があるから、それと一緒にコーヒーでも飲んでカレーを待っててくれ」
席から立ち上がり、蓮さんは厨房に戻る。
残された二人がこちらを見て会釈する。
「真、お土産をルビーさんに渡してくれるか」
「いいわよ。丁度手持ち無沙汰になった所だしね」
彼女が私の座る席にお菓子の乗った皿を持ってきてくれる。
今度は感謝の会釈をし、私は固まってしまった。
「......蓮さん。これ、どこで買ってきたんですか」
「私用で九州に行っててね。そこで目についた」
九州?
まあそうだが、それでは足りない。
これは宮崎で、高千穂で売っているはずだ。
「美味しいわよね、このお饅頭」
私はそれを前世で、高千穂の病院で見たことがある。
差し入れとして病棟に持ち込まれた、せんせが自分の分まで私にくれたお饅頭。
名前は皇賀玉饅頭。
別名、岩戸開き。
高千穂の名物お土産だ。
「わざわざありがとうございます。初めまして、星野ルビーです」
「初めまして、新島真です。杏から聞いてます」
「杏さんのお友達なんですか!会えて嬉しいです」
眠気を捨てて、にっこりと笑いかける。
もう脳は緩慢な動きを止め、打って変わって活発に動いている。
あまりに荒唐無稽。
それでも今までの出来事と目の前の女性が、私の説を後押しする。
「新島さんって、この前テレビで表彰されてた方ですよね。期待の女性警察官僚だって、ニュースで見ました」
「若い女性というだけでメディアは騒ぐからね。でも、話のネタになるなら受けて良かったかも」
そう、目の前の女性は警察のエリートだ。
先ほどまでの様子から、蓮さんとは昔からの付き合いではあるのだろう。
しかし、高千穂で見つかったせんせの遺体と蓮さんが詳細を隠して買ってきた高千穂のお土産、そして警察の存在。
これらは私に一つの筋が通っているように感じさせた。
「ところで、座ってらっしゃる方も同僚の?」
「そうとも言えるし、そうで無いとも言えるというか」
「別部署だ。仕事での関わりはほとんど無い」
手持ち無沙汰でスマホをいじっていた長髪の男性も、話題を振られてこちらに来た。
二人とも向かいの席に座る。
「長谷川善吉だ。警察で働かせて貰っている」
三人が同じテーブルに着いたところで、蓮さんもカップと珈琲入りのポットを持ってきた。
最近はステージの準備で忙しく、久しぶりに味わうそれは私の脈打つ心臓をすこしだけ抑えてくれた。
「顔色が悪かったから、まろやかな豆にしてみた。辛かったら横になってもいい。この時間帯に来る常連さんはいない」
蓮さんに手渡されたひざ掛けを使わせてもらいつつ、寝っ転がるのは遠慮する。
さすがに失礼だし、今は体調よりも重要なことがある。
「いえ、大丈夫です。それより、警察の方がいらっしゃるなんて、蓮さん。何かあったんですか?」
「旧友との親交を深めていただけさ。君が心配することなんてなんにも無いとも」
さらっと流して蓮さんは給仕に戻る。
けれど、私には分かる。
彼が噓を吐いていることが分かる。
彼の目に「星」が宿っていることが、
思わず下を向く。
そうしなければ、私の顔が、ぼやけた目が見られてしまうから。
「あの、蓮さん」
俯いたまま話しかける。
口を開けば抑えきれない声の震えが出てしまっていた。
「蓮さんは、雨宮吾郎って人、知ってますよね」
三人が目の色を変えて、私を見る。
「ルビーさん、それは」
「蓮さんが見つけたんですよね」
顔を上げて、向かいに座る蓮さんと視線を合わせる。
黒曜のような瞳が細められ、私と同じように互いを見つめる。
「そうだ。俺がゴローさんを見つけた」
「ちょっと」
「いいんだ、真。善吉も。今は、いい」
私に顔を向けたまま、蓮さんは席を立ちかける二人を手で制する。
それに従い、新島さんも長谷川さんも座りなおす。
「俺はあの人と遠い親戚でね。昔に会ったことがあったんだ」
「たったそれだけのために、宮崎まで、高千穂まで行ったんですか?」
私の言葉に、彼は机上の饅頭、岩戸開きを一瞥する。
「俺にとって、雨宮吾郎にはそれだけの価値があったんだ」
「なんのために?せんせが行方不明になったのはずっと昔です。なのに、なんで今更」
蓮さんは私の隣に座り、持ってきたコーヒーを一口飲む。
口内のそれを味わいながら、彼は目を瞑って上を向く。
少しの沈黙の後に、彼は再び口を開いた。
「今の俺を見てほしかったから、かな」
息を吞んだ私をそのままに、彼は珍しく饒舌に話し続ける。
「俺はゴローと出会った時、彼のように人を助けることを誓い、彼も俺にそうすることを誓い合った。巡り巡って今に至るが、俺はこれまでの道のりに恥じることは何もない。それを俺に道を示したあの人に伝えたかったんだろうな」
初めて見る蓮さんの「熱」に、つい笑ってしまう。
だってそれは、私も同じだったのだから。
「似た者同士ですね、私たち」
「......そうだね」
涙を流す私の肩をさすりただ私の言葉に頷いてくれる彼の暖かさは、まるで昔感じたことがあるもののようで、いつの間にか私は眠っていた。
夢の中へ、潜るように、誘われるように。
◇ ◇ ◇
目を覚ます。
視界に映るのは木目調の天井。
背中からは柔らかな感触が伝わり、私がベッドに横たわっていることを教えてくれる。
蓮さんがどこかに寝かせてくれたのかと、上体を起こして周囲を見渡す。
目に入るものはいくつかの白いベッドに半開きのカーテン。
そして椅子に座る、看護師の姿をした少女だった。
蓮さんに子供はおろか、奥さんのことなんて聞いたこともなかったのに!
気が動転した私を見かねたように、彼女が話しかけてくる。
「私は雨宮蓮の子供じゃないよ。というか彼に配偶者は現在いない」
「昔は居たってこと?」
「年頃の子はやっぱりそういうの好きなんだね。まあ、それはどうでもいい」
少女は咳払いした後に椅子から立ち上がり、私に近づく。
「ようこそベルベットルームへ。これは君たちの無意識が具現化した世界。歓迎するよ、星野ルビー。いや、天童寺さりな」
その一言に思わずシーツを抱えようとして、しかし腕が動かない。
視線を動かせば、そこには点滴が施されたか細い腕があった。
「え、噓。なんで」
「ここの説明をしても君は分からないだろうから、一旦置いておく。それよりも先に君が知るべき情報を授けよう」
筋張った腕では刺さった点滴さえ抜くことができない。
もがこうにも脚さえろくに反応しない。
嫌な感覚だ。
ここ十数年味わってこなかった感覚。
洗面台に顔を浸されたような、死が私の肌を舐る感覚。
息を切らす私を放っておいて、少女は脇から書類を取り出す。
ちらりと見えたそれの一部に、
そして私の顔写真が張り付けてあった。
「君は雨宮蓮との接触を通じて、彼と雨宮吾郎の繋がりを知った。だがそれでは足りない」
私たちのカルテをベッドに置き、また新たに書類を取り出す。
記された名前は菅野良介。
忘れもしない、ママを殺した犯人だ。
「私お手製のこの調書を見たまえ。彼は星野アイ殺害の4年前、高千穂に居た。ちょうど君たちが生まれる頃だね」
少女が見せる書類に食い入るように見入る。
そこには彼が宮崎直行便を使用した航空券が添付されていた。
「じゃあ、コイツがせんせも、ママも殺したってこと」
「その通り。ただ、それだけじゃない」
少女はポケットから、電話ボックスに立つ菅野良介の姿を捉えた写真を取り出した。
彼の表情はどうしようもなく切迫しているように感じられた。
「当時の彼はただの大学生。隠されたアイドルの情報にアクセスできる力もルートも本来ありはしなかった。だが、それを繋げた人間がいた」
「そいつが仇ってこと」
「その通り」
気づけば私は一人で立っていた。
強引に抜いた点滴の跡からは血と生理食塩水が流れ出ている。
赤いそれは真っ白のシーツを汚し、部屋を染め、足底を濡らす。
顔を上げると、目の前には
「一つ教えて。私に今までの情報を教えて、あなたになんのメリットがあるの」
「それを教えては意味がない。まあ、究極的には私のためになるのさ」
「ああ、そう」
血塗られた手で涙を拭う。
なかなか消えないそれに苛立って、顔の皮が剝がれそうなほどかきむしる。
拭ききった右手には仮面が握られていた。
『契約をここに。我は汝、汝は我。あなたの宝物を壊して隠れる不届き者を引きずり出してあげましょう』
「うん、一緒に殺してやろうね。アメノウズメ」
ケタケタ笑う
その瞬間、
「目覚めたければそこの扉を開けるといい。そうすれば夢は覚める」
「ありがと。あー、ところで、あなたの名前は?」
木製のドアに手をかけたところで彼女の名前も知らないことに気付く。
振り向いて少女の名前を尋ねる。
「私はツクヨミ。君の旅路に幸運があらんことを」
返事もせずに、私はドアを開けた。
◇ ◇ ◇
「そう、私の名はツクヨミ。あなたたちを『世界』に至らせるためなら、私は......」
一人になったツクヨミはキュッと目をつむり、背もたれにもたれかかる。
しばらく座ったまま呆然とした後にその部屋の、医務室の扉を開ける。
暗い船内を抜け、甲板に出て空を見上げる。
明かりは灯っていないというのに、真っ黒の夜空には星の一つも見えやしない。
「あの子は一体......」
「喋る猫だっているんだ。世の中おかしなことに満ち溢れている」
「そもそもお前ら、いや俺たちの存在自体が不可思議の塊だろう」
「そうそう、ワガハイたちの言えたことでは、って」
「猫じゃねーわ、だろ?」
「分かってるなら言うなよ」