ギャル使い魔(推定100歳)はどこまでも。~デカ妹とタンポポ使いの俺~   作:秘密の豚園

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ギャルモノだよ~。


第1話 ギャル!妹!BBQ!そして熊と敵!!

 実家から離れ、数時間。

 

 俺こと【ストゥライ・ササヤマ】はキャンプサイト内のコテージでくつろいでいた。湿った木目は、俺に何も語りかけないし、無理な会話が続かない。

 

 ここには安っぽい地元信仰も、同調圧力もなかった。

 周囲の人間関係を軸に、会話が広がらない。

 噂話だけを消費する停滞も無い。

 

「良いィ…。」

俺は空になったコーラ缶の縁を、口で咥えながら呟く。

 

 林の中に急くように沈んでいく夕陽と、まばらに拡がるテント。蚊取り線香を焚いたベランダ、手元には炭火で焼いた安いレバー。そして喉に残るコーラの甘みが…。

 

「浸ってるところ悪いけどお兄ちゃん。そういうのイタイからやめなよ。後々、雰囲気に酔ってた自分に恥ずかしくなるのは、目に見えてんだからさ。」

俺の独りを蝕む、諭すような声が眼下から飛んでくる。

 

「あ゛!?っせぇ!てか俺の飯食ってんじゃねぇ!テメェ()早くけぇれ!」

俺はベランダから身を乗り出して、声の主に怒号を飛ばした。

 

 俺を冷笑したその女は、アウトドアチェアに沈み込みながら俺を流し目で見上げていた。

 

 ヨヨ・ササヤマ。喰った飯の栄養は全部タッパに向かう187㎝の15歳で俺の妹。そしてティーンエイジャーにしてメタ視点に手を出しちまった冷笑ジャンキーだ。

 

 それからヨヨのベリーショートの隙間から覗く視線は、すぐに俺から外れてバーベキューコンロの上で音を立てる肉に向かう。ヨヨが食材に向ける眼は、どこか蕩けていて、意中の恋人を眺めるような慈愛と恋慕に満ちていた。

 

「えへへ…。レバーちゃん…ハツちゃん…待っててね。白飯の上にバウンドして、かき込んであげるからね……。んふ…もっとメイラードな反応を見せてェ…。」

ヨヨが、網の上でソーセージを転がしながら、頬に手を添える。

 

「飯にだけ感情的になりやがって…。てか全部、俺ンだからもう喰うな!」

 

「…うるさいなァ…。共有物でしょ、家族間のこういうのは。」

ヨヨが串に刺さったレバーを取り外して、紙皿に載せると塩胡椒を振りかけた。

 

 ヨヨの傍らのテーブルには、加熱前、後に関わらず所狭しと肉が並び、その隙間を縫うように、白米の入った飯盒が置かれている。

 

「あ、これ全部、私のね。皆にはあげないから。」

化物か?コイツ。

 

 灰色の倫理と、極彩色の食欲が、同時にそこに漂っていた。

 

「てかさァ…」

 

「んだよ。」

 

「最近、ここのキャンプサイト、熊出るとか、なんだか食中毒になりやすいとか言うじゃない。なァんでこんな所で一泊するのさァ?」

 

「あぁ…。」

俺は少し考えて口を開いた。

「安いんだよ、まずはソコ。それに食中毒なんて各々の客の問題だし、それに熊なんて俺らでも殺せるだろ?」

 

「そりゃそうだけどさァ…、でも一番の問題はお肉だよッ!レバーに、鶏皮に、砂肝に、ハツ…切り落とし…。やっすい部位ばっかりなんだけどォ?塊肉の一つもないわけ!?」

 

「んだよ、文句あっか。」

 

「文句しかないよ!もっと食べたいのにさ!?………あ、でも君たちに罪はないよ、ごめんね、お肉ちゃん達。値段が高くて、部位が希少な事がステータスじゃないからね?うん、ちァゃんと愛してるよ。」

俺への言葉も程ほどに、ヨヨはコンロの上の肉たちに目を細めて、頬を赤らめる。そんなヨヨの様子に、肉も拒絶するように小さく音を立てて、脂を爆ぜさせた。

 

「早く私のお口の中で、粒ぞろいで粒立ちの良い白米達と結婚式あげようね……!えへへへへ…。味蕾!咀嚼!嚥下!喉を通る食材!早く私の飢餓感を癒してぇ!考えただけで脳汁と涎が噴き出ちゃうよぉ…!!」

 

「キモすぎ腹ペコ思想犯じゃん…。やっぱオメェ。家から出ねぇ方良いんじゃねぇかな…。」

 

「…今、肝寿司(キモずし)って言った?え?あん肝あるなら言ってよぉ…。もぉ…。」

両頬に手を添えながらクネクネと体を揺らすヨヨに、俺はため息を吐き捨てる。

 

「救えねぇな…。」

 

「でもやっぱり塊肉欲しいよ~!ハグッ…んぎゅッ…んッ…がふっ…おぐっ…んむッ。」

ヨヨが白飯に焼肉のタレを掛けたものを掻きこみ、頬を上下させ、喉を鳴らす。

 

「おお、塊肉ならココにあるな。ほら、コンロの上に上がれよ。」

俺に指を指されたヨヨは、自身の事だと露ほども思っていない様子で、喜々とした表情で周りをキョロキョロと見渡し始める。オメェだよ、デカ女。

 

「え!?どこどこ!早く食べさせてよ!!」

 

「…もう…気の済むまでお食べ…。」

もう俺は諦めました。こいついつか口を動かすことだけ考えて、呼吸とか忘れちまうんじゃないかな。ホヤみてぇに自分の脳みそも喰いかねんぞ。

 

「しゃあッ!食べるぞッ!兄貴と凛頼(りんら)の分まで!…ってか凛頼(りんら)遅くない?」

ヨヨが口の際から、ソーセージを覗かせながら首を傾げた。

 

「…ババ長引いてんだろ。あのバ…。」

 

「あぁッ!(だい)の方のことババって言っちゃったから、いつもの呼び方のババアができなくなっちゃったねェ!お兄ちゃんッ!!駄洒落を恐れた結果、言葉を紡げなくなっちゃったねェッ!!??コミュニケーションの停滞だねェッ!!??終わりだねぇッ!!」

 

 このガキッ…。そろそろ泣かせるぞッ…!

 

 俺は手元のレバーを口に放り込むと、ヨヨの最も嫌う咀嚼音を始めた。

「もっ!もっ!!もっ!!!もっ!!!!」

 

 うん、軽い血抜きだったせいか野性味の溢れる味が口の中に拡がるが、不快感はない。外というシチュエーションが、シンプルな塩味とホロホロと崩れる肉の旨さにさらに拍車を掛ける。やっぱり、外で焼いた肉ってのはたまんないな。

 

 加えて、調子に乗っていた妹の顔が崩れるのが、これまた、たまらない。

 

「そ、その咀嚼音はやめてェッ!!私ッ…汚い咀嚼音の方が好きなのォッ!!」

涙目になったヨヨが震えながら訴える。

 

「可愛いだろうがよォ!!」

 

「いやだァ~ッ!!!」

ヨヨは足をバタバタとさせながら、後方にさらに体重を預けた。

 

「おろろ…。」

アウトドアチェアの前足が浮き、ヨヨの体が椅子ごと倒れ込もうとする。

 

「あぶねぇっ…!」

俺はベランダのフェンスを飛び越え、地面を踏んだ。肉のにおいに土埃が混じる。食事に対してのちょっとした諦念がよぎったが、今は足を進める他ない。

 

「お兄ちゃんッ!私を心配してッ…!」

地面に頭が当たる刹那、ヨヨの顔が綻ぶ。

 

「椅子がッ…!」

 

「だろうねッ!」

親の仇を見るような顔が俺を捉えたまま、土の中に沈み込むその瞬間だった。

 

「よい…しょっ…とォ…。」

ヨヨの頭に、細く白い指が添えられた。その精巧な指に重なりそうになる右手を、俺はそそくさと引っ込める。

 

 その手にはマニキュアやネイルの類は無いにも関わらず、いつも、【()()()()()】が感じられる。滑らかで整えられた爪は清潔感と【()()()()()】を発していた。

 

「気を付けなよォ?ヨヨォ。」

声と腕の元を辿ると、見慣れた顔が俺達に微笑んでいた。

 

 目を際立たせる二重に、細く線のような鼻に小さく上がった口角。

 黒いワンショルダートップスと、淡い色のフレアデニムが小さく風になびく。

 ウェーブしたバニラ色のロングヘアがさらに風になびく。

 

「凛頼ありがとォ…。お礼にご飯食べる権利あげる!」

ヨヨが振り返ると、花が咲いたような顔を凛頼に見せていた。

 

「既得権じゃねェのォ?今やっとウチはスタートラインに立てたってコトォ?」

 

 

 凛頼(りんら)は俺達の高祖父…つまり()()()()()()()()()()の使い魔だ。

 日本から来た転生者、ササヤマ家のルーツであるひいひいじいちゃん。

 そんなジジイが設計した使い魔が、現在までこの現世に残り続けた結果、ササヤマ家のマスコットみたいなポジションに収まってる。そんな具合だ。

 

 

「ま、喰べよぉ!」

しかもギャルだ。そう設計されてる。ウチのひいひいおじいちゃんは、こっちに来る前は言わば【()()()】ってヤツだったらしく、『こっちの世界でもどうせ恋愛はできない。』と自分好みの奥さんとして凛頼を造ったのが経緯らしい。

 

 まぁ、かつての師匠だったひいひいおばあちゃんに言い寄られて、デキ婚したってのははウチじゃ有名な話。だから、凛頼は【()】としても、【()】としても、その役割と機能を果たせないまま、ササヤマ家の謎のギャルに落ち着いたってわけ。

 

 そんな凛頼が、背もたれをゆっくりと押して、ヨヨを所定の位置に戻した。

俺もベランダに戻り、自身の椅子に腰を下ろす。

 

「てか、凛頼、大丈夫?だいぶトイレに時間かかってたけど。」

ヨヨは比較的綺麗に焼けた肉を紙皿に載せて、それを凛頼に渡した

 

「いやぁ…上手く先っぽに、かけられなくてサァ。」

凛頼は受け取った紙皿を、膝の上に載せると艶めかしい目線を俺に向けた。

 

 俺達に血の繋がりはない。それでもその熱っぽい目には少し抵抗を覚える。

 

「かけ…る?何の話?」

困惑するヨヨ。

 

「あぁ…。」

察した俺の口から漏れるのは、溜息にも似た相槌。

 

 100年の情念は、主から四親等離れた親族にも及ぶ。凛頼の最近の生暖かい目も、懐かしむような息遣いも、その感情の源流の正体を捉えるのは容易だった。

 

「妊娠検さ……。」

見慣れない注射器のようなフォルムの器具がポケットから覗くのと同時に

「きょええええええええええええ!!!!!」

俺は空に向かって吠えて、周囲の声をかき消した。

 

 

 そもそも使い魔は()()は人間の子供を宿せないし、俺は()()()()()()なんだ。

 

 何だってコイツは、そんな意味の分からんことを。

 何をしたいんだ凛頼。いや、クソババア。

 アピールなのか?いつか、俺の子を宿すという決意表明なのか…?

 

 

「ちょ…。やめなよ!お兄ちゃん!迷惑だよッ!外で大声は出しちゃいけないんだよ!!キャンプサイトで叫ぶなんて恥ずかしいことなんだよッ!」

「ウチのダン………スーちゃんがなんか叫んでるんだけどォ。」

 

 

 そもそもが狂ってるッ…!

 なんだよ、お前よぉッ!人間って愛を糧にする生き物だろッ!それを…!

 妊娠って言う暖かくて素晴らしいイベントをよぉッ!なんでッ…!

 

【『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』】っていうSNSにUPされているミームみたいに消費しようとするんだッ!いや…俺はッ…オタクの好みそうなコンテンツ構造にモノを申してるわけじゃないし、この世の創作物は全部尊重するけどさぁッ!!

 

 こういうシチュエーションで…。

 現実にそう言うの持ちこんじゃ…その…ダメでしょって言いたいのッ!

 

 アニメや漫画のキャラの喋り方や仕草を現実に持ってくるのはまだ許すよッ!でももしかしたら…命が…命が宿ってるかもしれないってのに…!二次元的なミームを絡めるって…良くないと思うのッ…!

 

 いや…そもそもシてないけど…!シてないけどもォッ…!!

 

 

「きょえええええええええええ!!!!!!!」

胸の内を吐露するように、俺は夜の闇に咆哮を満たす。

 

 怖いよッ!俺はどうなっちゃうのッ!!

 クソジジイが、オタクの好きそうな女を出力したせいか!?

 ピグマリオンとガラテアの構図なんだよッ!

 てか、どっかのギルドにもいたよなぁ。

 ()()()()()とかいう、女型の使い魔を5体ぐらい侍らせてるヤベェやつ。

 

 でも俺は人間と健全に恋したいんだッ!強い女と付き合いたいんだッ!

 

 でも困惑しながら、ピンク色の器具をポケットにしまい込んでいるのが見える。

よし!その調子だ!クソババア!二度とふざけた事、抜かすんじゃねぇぞ!

 

 周囲の喧騒が少しずつ収まり、こちらへの興味に移っていく中、暗闇からいきなり声がかかる。

「やめましょう?お兄さん?」

凛頼でもヨヨのモノでもない鈴を転がすような女の声が響いた。

 

 彼女が一歩踏み出すごとに全体像が露になる。過ごしやすそうなジャージに、短く整えられた紫の髪、そしてチェーンのついた眼鏡。何より、眼を引くのは、その体表面を凪いでいる魔力だった。

 

 ()()使()()か。

 

「すみませェん…虫がどうにも…。あの…スタッフの方ですか?」

俺の口から出まかせがスッと出て行くと、ヨヨと凛頼が訝し気に目を細めた。

 

「キチゲの発散を虫のせいにしたよ…アイツ…。」

「今日のスーちゃん…ヤバ…。」

二人の囁き合う声が聞こえる。テメェらも十分ヤベぇよ

 

「いえ…。ただの利用客です。虫が苦手………あぁ、それは大変…。もし…虫が苦手なようでしたら、どうぞ。虫よけスプレーです。」

困惑を社会性で覆い隠した紫髪の女性は、懐から取り出した市販の小型虫除けスプレーを俺に渡してくれた。穏やかに口角を上げるその顔には、自然体を隠すという繕い以外にも、様々な意味が隠されていることに俺は気付いた。

 

「え…あぁ…どうも…。すみません、いただいちゃって。」

 

「いえいえ、キャンプは助け合いですから。」

互いに頭を軽く下げると、女が口を開く。

 

「それと、虫以外にもメアリーに気を付けてくださいね…?」

 

「メアリー?」

「メアリーって?」

「メアリィ?人のコト?」

俺含めた三人のオウム返しに、女は口を開く。

 

「【腸チフスのメアリー】から取ったんですって。ご存じです?近辺で起こっている食中毒事件。その首謀者だとか。」

ニュースや噂話のコピーペーストではなかった。自身の矜持を開示するように、女は言葉を続けていた。

 

「…へぇ。…でも、それぞれの客の加熱不足が原因じゃないんですか?メアリーなんて都市伝説じゃないんで?」

 

「………………。いえ、メアリーはいます。でも許せませんよね……。せっかくの楽しいキャンプを、非日常を……台無しにするなんて…。」

言い淀みと軽い否定、存在の肯定。演技性に張りぼての倫理観。

 

「そうですねぇ。」

俺は納得したような声を出すと、会話を切り上げるように、彼女に平謝りをした。

 

「先ほどはすみませんでした。あんな声を出してしまって…。」

 

「いえいえ、ビックリしましたけど、分かってくだされば…ハイ!」

彼女は何度が会釈をすると、振り返りながら自分のテントに戻っていった。

 

 俺はその背中を、【メアリー】の歪んだ背面を睨みつけると、茂みに虫よけスプレーを放り投げた。

 

「…ちょ…!何やってんの!人から貰ったモンだよ!」

と立ち上がろうとするヨヨを、凛頼は腕を伸ばして制した。

 

「ね、スーちゃん、クロっしょ?アレ。」

伸びをしながら凛頼が呟いた。

 

「クロ…って?」

俺達はヨヨの困惑を正解に導くことはなかった。

 

「だろうなぁ。」

俺は立ち上がると、木目の板の上で小さく体を動かした。腰を捻って、腕を回して、首を曲げて、アキレス腱をキッチリ伸ばす。

 

「ウチら、マーキングされちゃったネ、スーちゃん。」

 

「オメェが最近、俺にしてるやつだな。クソババア。」

俺達は、瞬きを4つほど共有してから見つめ合うと、その目線を睨みへと変えた。

 

 

「は?どういう事?何が言いたいの?言ってみなよ、ねぇ!」

先に仕掛けたのは、凛頼(りんら)だった。

 

「言葉通りの意味だよ、クソババア。四親等離れてるからセーフってか?いつまでも()()()()()()()を重ねてんじゃねぇよ、耄碌ババア。」

 

「ス、ストゥライ!お前ッ!この…!」

胸ぐらを掴んで、俺の体を手繰り寄せようとする凛頼。その目は湿りながらも、光を反射することなく俺を刺していた。

 

 演技だって互いに分かってるのは、良いんだけどコイツ…。

 胸ぐら掴んで、俺を自分の方に引き寄せようとした時、ナチュラルにキス狙いやがった。

 

 この野郎…!油断も隙もねぇ…!

 

「ふっ…ふっ…。」

息を荒げ、胸を上下させた凛頼が俺を突き飛ばす前に、肘を曲げ俺の顔を自身の顔の横に引き付けて囁く。

 

「メアリーってのは九分九厘、あの女だね。…でもやっぱり戦るの?」

 

「おん。強い女を抱いて、デカい車に乗って、広い家に住むなら、まずは箔だろ。」

 

「何それェ…。てか、それってウチの事も抱いてくれんのォ?」

 

「やなこって…。ま、そんなに俺が欲しいなら、惚れさせてみな。」

 

「チッ…。この玄孫が…。でもホント可愛い顔…。いつか絶対添い遂げてやるから…。…あ、ヨヨは任せてね。気を付けてね、スーちゃん。なんかあったらすぐ行くから。」

 

「あいよ。」

俺の相槌と共に、凛頼が俺を突き飛ばす。

 

 不和っていう()()は、敵が最も漬け込みやすい。疑似()はいくらでもあれば良い。アイコンタクトで共有した真意は、ヨヨすら気づかない。俺は二人に背を向けて、外れの林へと向かった。目星はある。魔力の残滓がまばらに見える。

 

「このッ…イカレ女がッ!」

俺は捨て台詞を吐くと、眼を袖で拭いて、森の中に駆けて行く。

 

 それから、後方から営みの光が消えた辺りで、俺は体表面に魔力が凪ぐように、体の芯から魔力を流した。

 

 そして、誰に教えるわけでもないのに能力名を呟く。

 

「【乱雑で粗末な花畑(チープ・パレード)】。」

俺は体を纏う魔力を、足に移動させ、地面に流した。すると、いつも通り慣れ親しんだセイヨウタンポポが地面の雑草どもを食い荒らすように拡がっていく、蝕み、増えて、また増える。

 

 節操の無い遺伝子が、あらゆる土地で繁殖を繰り返していく。俺は、足元で仮初の命が増えていく感覚を感じながら、真っすぐ前を睨みつけた。

 

 恨みも僻みも、義憤も無いけど、ヤツが犯罪者なら問題ない。

 

 そして俺は自分の浅さを再確認した。立っている場所も、矜持も、中身も俺はどこまでも浅く、すぐそこが見える。

 

 自分の浅さを自覚していても、それでも俺は()()なんてものはしないし、()()なんてのもしない。

 

 依然、強い美人は抱きたいし、誰よりも良い生活はしたいし、金はどこまでも欲しい。俺はそんな薄っぺらさと、生理的な欲求を愛している。

 

 それに深いからって、偉いわけでも無いだろ。

 

 そんな俺の大成のために足掛けにしてやるよ、メアリー。

「ウ゛ゥ゛ゥ゛イ………。」

それから保護色が解かれたように、背景から飛び出してくるのは獣の臭いと、浅い生理的欲求だった。

 

「熊ねぇ…。ヨヨの土産にしてやろうか。」

 

「オ゛オ゛ォ゛ウ゛………。」

唸りと爪は、敵意と共に並行して、俺を襲ってくる。

 

 振りかぶった体と、目前に拡がる危険域。

 

 しかし、そんな攻撃性の中にも、安全圏は必ずある。殺意と殺傷性の中にある安息地、俺はそこに留まると、腕を真っすぐに伸ばし、手の甲側を地面に向け、中指だけを上に立てた。

 

 それから地面に生えそろったタンポポは、束ねられて縄のように螺旋を描くと、蛇のように伸びて熊の首を締めあげる。

 

「ゴォグフ゛ゥ゛ゥ゛………。」

熊の窒息死を待つ間、俺はまた軽い柔軟運動を始めた。 

 

 腰を捻って、腕を回して、首を曲げて、アキレス腱をキッチリ伸ばす。

 

 さらにタンポポの縄を増やし、四肢の身動きを封じた。怒りに満ちた体の震えはやがて、恐怖の揺れとなって、次第に瞳から光も消える。

 

「……あとでちゃんと喰うからな。…窒息死で、すまん。」

俺は、熊だったソレを地面に降ろすと、しゃがみ、手を合わせた。エゴだとか、自己完結とかそんな言葉が少し過ったが、俺の中に自罰はなかった。

 

「さてと。次は()()()()と洒落こむか。」

つっても殺しはしないけどね。

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