ギャル使い魔(推定100歳)はどこまでも。~デカ妹とタンポポ使いの俺~ 作:秘密の豚園
林の間を縫う、明らかな人為的な軌跡、獣道。
枝は切り取られ、その空間は道として機能していた。俺はそのカモフラージュも取り繕いも無い道を辿ると、山をくり抜いたような洞窟を見つける。入口から漂う生活感に、足を止めると、顎に手を触れた。
「おお。」
思わず声が漏れる。
「何が、
不意に………。いや、想定通りの声が掛かる。キャンプサイトで俺達に目星を付けたメアリーが、捻りも突拍子も無く後ろから俺を呼びかけた。
「これは、
俺は振り返って肩を竦めた。
「ご名答です。このクソDQNめが。ま、本名は別にありますがね。しかし貴方……私の施しを無下にしましたね!?捨てましたね!?」
メアリーは、ジャージズボンのポケットに眼鏡を突っ込んだ。
あぁ、施しってのは、あのスプレーの話かな。でも危なそうじゃん。明らかに。
メアリーの顔に、俺は目線は向けない。陳腐な狂人の誇張された狂気なんて見ていられない。テンプレートと化した事象に、ベッタリとひっついた手垢みたいで目も当てられない。
だから俺はこの女への理解を拒むように、ヤツのポケットに収まりきらずぶら下がっている、メガネチェーンを見つめていた。
「はぁ?俺がDQN?地元のヒエラルキーと高校時代の内輪ノリを据え置きのままに大人になった
俺は、揺れるメガネチェーンに言い返した。
「察しが良いですねェ…。そう言いたかったんですよ。ま、それは私達が指す、DQNの一例に過ぎませんがね。…でも貴方、DQNへの解像度が高くて良いですねぇ……。私の靴をお舐めになって、奴隷になるのなら下らせてあげますよ?」
森の中で響く声に嗤いが混じると、俺はメアリーの靴を睨みつけた。
ヤツは必要以上に俺に近づかない。俺を起点としたタンポポの畑に侵入することなく、枯れ葉を踏みしめ、つま先で土を叩いていた。
「へぇ、選択肢はくれるのね。」
「ええ!私は優しく善良なんです!無差別的ではありません!対象は選んでいます!私は善なのですッ!」
荒い息を交えながらメアリーは続ける。
「バカを赦さず、DQNを苦しめ、思い上がったクズを潰すんです!私の庭では、どんな大声も物音も赦しません!家族連れだろうが、大学生グループだろうが、ソロキャンパーだろうがお構いなしですッ!平穏と静寂を侵す獣共は、駆除するのが、人間の仕事でしょう!??でも、腹下しだけでは済まない!いずれ…直接的にッ…。」
俺は顔を上げると、メアリーの顔を眺めた。
そこにはありがちな狂人が立っていた。
狂人ってのは、だいたいが異質さと狂気という共通項を胸に抱いて、矜持と愉悦に顔を歪ませる。メアリーの瞳孔は開かれ、口の周りは唾液で妙に潤っている。
思想の開示は、奴らのお約束だ。
そこには共感も、同情も、理解も、必要ない。
「おお、キッショ。キチガイがなァんか言ってら。そのみみっちい思想なら、取調室で垂れてろよ。警察、苦笑いさせながらさ。」
紫色の髪の間から透ける眼が、俺を刺すように睨みつけるが、気にはしない。
「御黙りなさいッ!この畜生めがッ!」
魔力の篭った右腕が降り下ろされる。しかし、いつものように、闘争の危険域の中には俺に対して腕を広げる安息域があった。俺は間合いを詰めて、その安息域に入ると、落ちてゆく拳をじっと眺めた。
「妙な躱し方をッ…。」
メアリーは呟くとさらに、後ろに跳んで俺から間合いを取った。
「……あ、そうそう。そこの洞穴、何があんのよ。人を拉致ってるとか?」
それから俺は思い出したように、洞窟に指を指す。メアリーに悟られぬように、タンポポをまばらに、周囲に繁茂させながら。
「拉致?どうして我々の家に獣を入れる必要があるのですッ!まぁ、獣を駆除するための道具と私物があるぐらいです。それと、たまにみんなで映画やドラマを見たりね。まぁ、貴方のお仲間を潰すために、全員出張っていますけど。」
「へぇ、仲間がいたんだ。…マジか。」
「ええ!でも貴方達の分かりやすい演技ったらありませんでした!仲間割れを演出したんでしょう!?そして、メアリーが一人と踏んだんでしょう!?」
なんだ、バレてたのか。凛頼と俺も結構な役者だと思ったんだがな。しかもメアリーは複数人のグループを指していたのか。それはちょっと想定外。
「残念ですッ!キャンプサイトに潜伏している仲間たちが、貴方のお仲間をブチのめすしょうね!本隊はあちらですッ!さぁ!今日を
勝ち誇ったように、浅い顔が動く。
「…それ聞いて安心したよ。」
出し抜かれたけど、些末な問題だ。
だってアッチにはクソババア、つまり
「何が安心ですッ!?貴方は
「洞窟暮らしも、人かどうか怪しいけどねぇ。」
俺の言葉と共に、洞窟が大きく火を吹いた。
「なッ!なにをッ!?」
「燃やしたんさ。」
枯れ木に、枯れ葉に竹。松があって助かった。
この女が、俺から間合いを取って、尚且つ演説に夢中になってくれてるおかげで、タンポポたちが花茎を動かして、燃焼物を運び込む時間を稼げた。
「そッんな…わ、私達の…私達の家が…。ま、まだ途中だったんですよ!?デクスター……まだ見てたのにッ!!」
「え!?デクスター見てるの!?じゃあブレイキングバッドとかもッ!?」
「だ、黙りなさいッ!こちとら放火魔と話す舌は持っていませんッ!」
るせぇ。食中毒女。
「そりゃ悪いね。ま、粉塵爆発の要領だよ。花粉の乾燥加減、花粉の濃度の調整に時間がかかったけどね。着火源はタンポポ使って、コンセント抜き差しするだけで何とかなったよ。」
無い選択肢を見せて、相手の中にいる俺の手数を増やしておこう。
花粉による粉塵爆発。理論上は可能なんだろうが、中々上手くいかんのよね。
花粉の燃え方は弱いし、爆発的じゃないし、タンポポ一本からそんなに量は取れないし………。密閉空間を作るべきなのか?
でも、目の前の女の顔が歪むのは、実に愉快だ。
「だははッ!拠点の近くで、ウィザーを召喚したガキみてぇになってらッ!
俺は女に指を指すと、顔を上に向けて高笑いした。
愉しい。出し抜き返せた。
そして、イカレた女が普通に戻る瞬間が何より面白い。
「あ~、マイクラって知ってる?」
軽薄さを纏って、尋ねると血走った眼が返ってきた。
「……こ、殺しますッ…!何が何でもっ!畜生道に落ちるが良いでしょうッ!」
揺れるチェーンと、髪が、恨めしそうに風になびく。
「やってみろよ、クソアマ。」
さてと、コイツを倒したら、どれぐらいの箔が着くかな。
「【
メアリーが叫んだ。
コイツの魔法の系統はなんだろうなぁ。
周囲には、戦闘のためのモラルと、灰色の倫理が満ちる。
相対した俺達、魔法使いに、踏みとどまるなんて選択肢は無い。
俺の旅の序盤には、これぐらい分かりやすい悪のが、ちょうどよい。
さてと、この女をノして、早くあのバカどもを家に帰すかッ!
──────────────
【ヨヨ・
キャンプサイトの夜には、怨嗟と恐怖が混ざりだしていた。
まばらな外灯が、同じようにまばらな人の群れを照らす。
闇の中の二人を囲うように、悪意と魔力が拡がっていく。
「…り、
ヨヨが卓上に残った食料を口にかき込みつつも、狼狽えを見せる。
ヨヨは体を小さく丸め、凛頼の背からはみ出さないように、震えていた。
「私は殴られるの待つよ~。」
凛頼は軽薄そうに口角を上げながら、自分の背に抱き着くヨヨの手を強く握った。
統一されたジャージがさらに迫る。
髪色に及ぶ紫色の統率が、共同体としての属性を示す。
「殴りの大義名分のために、先に手を出されるのを待ってるヤンキーかァ!?あァ!?」
「姐さんのご通達だ!貴方達は殺して良いことになっていますッ!可及的速やかに、その首を差し出しなさいッ!!DQNは殺せとの命令ですッ!」
「浄化浄化浄化浄化浄化浄化浄化浄化浄化浄化!!」
「すげぇ!1秒間に10回の浄化発言だッ!!」
湿った息遣いが漂い、ナイフが月明かりを反射する。包み隠されていない、倫理で梱包をされていないむき出しの殺意が、ヨヨの頬を撫でた。
「あ…あぐッ…。」
ヨヨは息を呑むと、強く凛頼を抱きしめ、さらに顔をうずめた。
「ビビりすぎじゃね?ウケる。」
「そ、そりゃッ…だって………。て、てかお兄ちゃんは!?無事なのッ!?」
くぐもった声が悲痛に響く。
「ま、スーちゃんは心配することないよ。さっきの喧嘩も嘘だし。それよりいつもの冷笑はどしたよォ?」
ヨヨに返ってくる声には高揚も動揺も無かった。日常の中の、【いつも】と変わらぬ声色と抑揚があった。
「そんな余裕……、今はっ………。」
「『この人たちの振る舞いはまるで、序盤で消費されるような過度に露悪的な悪役みたいだよ!?読者がカタルシスを得るためだけに配置された敵役が、社会性や築き上げた道徳や倫理をかなぐり捨てて、わざと俗悪に振る舞ってるみたいだよっ!強さ描写のために消費される悪としての記号とギミックが現代にこんな風に存在するなんてッ!』ぐらい言いなってェ。」
凛頼がヨヨの口調を真似ながら、脂汗に濡れたヨヨの額をつつく。
ヨヨが日常の色香に、小さく頬を緩めたその刹那、刃物と狂気が空を切った。肉薄する凶器と、柔く白い肌に、思わずヨヨが目を背ける。
「や…やぁッ!り、凛頼っ!」
「…一つ言っておくけど、ねぇちゃんョ。最近のトレンドは、メタ視点と冷笑による構造的視点からの
「よッ!…っとォ…。」
1秒間に10回の浄化発言の男が、凛頼の左肩に深くナイフを突き刺した。刀身は、深く体を裂きながら進み、ナイフの柄が肩に密着する。
「はッ……はぁッ…。え、あ…ど、どうしよッ…。どうしよッ…!!」
「狼狽えんなってェ。ふふ、そうそう…。今、やっとこさ免罪符を貰えたって感じィ。」
凛頼は声色と抑揚を変えることなく言葉を続ける。
それから右手で柄を握りしめ、勢いよく引き抜いた。刺傷部からは噴き出す血もない、ましてやその穴からは筋繊維も黄色い脂肪も、骨も覗かない。ただ、掘り進められた白い肌だけがあった。
「…ほぉん…。体の
浄化発言男の呟きを意に介すことなく、凛頼は自身の額を数度叩く。
じりじりと詰め寄るメアリー達に、ヨヨはしゃがみ込み、凛頼は目を細める。
「【
「ご、ごめっ!あっ…!ごべっ…!はッ…、ご、ごめんなざいッ!」
ヨヨが目を潤ませ、涙交じりの声を出す。
「謝ることないよぉ、ヨヨ…。だって…。」
「浄化ッ!浄がッ…!?」
凛頼の手のひらから白い魔弾が放出された刹那に、男の体を後ろに吹き飛んだ。
「ごぶッ…。」
腹にめり込み、背に木が当たろうとも、魔弾は消えない。男の腹に赤い跡を刻みつけると、肉の焦げるにおいと共に、魔弾はふわりと霧散する。
「能力使わんでも、余裕だもォん。」
凛頼は左肩に手を当て、その穴を瞬く間に塞ぐと、群れる敵意達に向き直った。
魔法使いの中でも特にスタンダードな戦法、それは
約1世紀の間、貯えられ、研鑽された、魔力と技術。
それは白い光球となって
「殺しはしないよォ。」
家族を害する悪を穿とうと、凛頼の後ろで無数に揺れた。