君は完璧で究極の式神   作:スギ花粉ナイトメア

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 お気に入りの靴に石を入れられても。髪を切られても。殴られても。
 笑顔の仮面は崩さなかった。

 人に嫌われて悲しいとか、そんなのはもう慣れっこだったはずなのに。
 一人になるとどういうわけか。涙が頬をつたって落ちた。

 ずっと、自分の気持ちがわからなかった。
 いっそ自分がいなくなれば、全てがうまくいくのかもしれない。
 そんなことを考えたりもした。



――わたしたち。きっと同じだね。憂太くん。





愛と純愛2

 

 模擬戦の翌日の放課後、グラウンド脇の階段にて。

 

 

 

 

 模擬戦が終わった後、呪術高専のグラウンドには戦闘の痕跡が色濃く残っていた。

 

 地面は抉れ、焼け焦げ、ところどころ泥濘んでいる。満象の水流で押し流された土が段差を作り、玉犬が駆け回った跡が爪痕として刻まれていた。

 

 日下部に叱られたアイと乙骨は、グラウンドの再整備を命じられて再びここに訪れていた。

 乙骨は本人の身体能力とリカのパワーを持ってして、大きな瓦礫を撤去していく。

 アイは大量の脱兎を中心に他の式神の力も借りながら地面を均していった。

 

 夕方の風が吹く。

 

 作業が一区切りしたため、グラウンド脇のコンクリート階段に、星野アイと乙骨憂太は並んで座っていた。

 二人は自販機で買った缶ジュースを片手に、休憩がてら近況報告と世間話をしていたのだった。

 

「アイさんの戦い方って、本当に近寄らせる気ないですよね」

 

「……だって痛いのやだし。そういう暑苦しいのむいてないよ、わたし」

 

 アイは迷わず言う。

 

「憂太くんみたいに剣で斬ったり、殴ったりなんて絶対無理だよ。なんで呪術師ってあんなに殴り合いたがるのかな?」

 

「僕はここに来てすぐに五条先生に『憂太は非力だから体を鍛えろ』って言われて……真希さんにしごかれました……」

 

「呪術師って後衛職のイメージだと思うんだけどな」

 

 アイはそう言いながら膝を抱える。

 

「(何か普通の女子高生みたいなこと言ってるな)」

 

 乙骨は考える。

――実際には、この人は五条悟に次ぐ化け物だ。

 

 乙骨自身、莫大な呪力による身体強化にはかなり自信がある。

 昨日の模擬戦でも玉犬二匹を相手に接近戦では優位を取れていた。

 しかし、アイに近づこうにも、『空から雷が落ちる』『足元から蝦蟇が飛び出す』『影に沈められそうになる』

 あまりにも手札が多い。しかも後衛の距離を保った立ち回りを徹底していた。

 

「でも憂太くん、強くなったね」

 

 リンゴジュースをちびちび飲みながら、アイがぽつりと言う。

 

「里香ちゃん解呪した直後、もっと弱かったのにね」

 

 乙骨は苦笑した。実際その通りだったからだ。

 

 祈本里香の解呪後、乙骨憂太は術師等級を四級まで落としている。

――それが、わずか三か月で再び特級呪術師へ返り咲いた。

 普通ではあり得ない速度だ。

 

「……でも、まだ全然ですよ。五条先生にも、アイさんにも届かない」

 

「わたしを五条先生と並べないでよ」

 

 アイが心底嫌そうに言うので、乙骨はつい笑ってしまった。

 

 

 

 刻々と色を濃くしていく夕焼けの下、グラウンドでは脱兎軍団が整地作業に勤しんでいる。

 アイは缶ジュースを両手で持ちながら、ぽつりと呟く。

 

「わたしさ、他の高校に行こうかなって考えてるんだ」

 

「……え?」

 

 寝耳に水な発言に乙骨が目を瞬かせる。

 

「普通の高校にってことですか?」

 

「うん。……短期間だけどね。女子校がいいかな」

 

 アイは缶ジュースをわきに置いて、膝の上に顎を乗せる。

 

「金ちゃんもキララも停学になったままだし。わたしだけおいてけぼりでさー」

 

 アイは取り繕わずに素の感情を見せていた――即ち、さびしそうだった。

 

「金ちゃんはもう高専戻る気ないんじゃないかな。今はファイトクラブ? の胴元が楽しいみたいだしさ。キララも金ちゃんの応援したいんだって。一応誘われたけど、あんまりわたし向きじゃなさそうだし……」

 

 アイは拗ねたように続ける。

 

「今、夜蛾学長に相談してるんだ。特級呪術師は監視も必要だから完全に自由にはさせられないけど、提携してる学校に短期だけなら掛け合ってくれるって」

 

「……アイさんが普通の高校」

 

 乙骨には想像もつかなかった。

 一般高校の教室に、特級呪術師・星野アイがいる光景を。

 

「なにその反応」

 

 アイはジト目で責めるように乙骨を見つめる。

 

「え、いやいや……えっと、馴染めると思います?」

 

「無理かも」

 

「即答だ! 自分でも思ってるんじゃないですか!」

 

「でもさ。ちょっと興味はあるんだよね。普通の高校生活。放課後に金ちゃんとキララと3人で呪霊祓ってる時が青春っぽくて楽しかったからさ」

――人間の友達なんて初めてだったしね。

 

 アイは空を見上げながら言う。

 

「9月の交流会の頃には戻ってこようかな」

 

 上空には夕焼けが広がっていた。

 

 乙骨は思う。

 

――人間関係に関してとても不器用なこの先輩も、普通の女子高生みたいにありふれた日常に憧れてるんだなー―と。

 

「……頑張って友達たくさん作りましょうね」

 

 乙骨は本心からそう言ったのだが、からかわれたと思ったのか、アイは頬を膨らませながら乙骨の肩をはたいた。

 

 

 

 グラウンドでは貫牛が整地ローラーを引いていた。

 乙骨が口を開く。

 

「……僕も、少しだけ海外に行く予定なんです」

 

 軽い口調で言った。

 

「五条先生に黒縄って呪具を探して来るように言われて。今はアフリカにあるらしいんですけど」

 

「あー。何か、百鬼夜行の時に五条先生を足止めしたって噂のやつだよね。本当だったらすごいよそれ」

 

 アイはかつての夏油のテロを思い返しながら言う。

 

「期間はまだわからないですけど、現地に詳しい人が手伝ってくれるそうです。その人次第ですかね」

 

 あまりに前情報が少なく、手探りの任務になる。

 しかし五条が任せるからには必要なことなのだろう。

 乙骨はそういう意味では五条に厚い信頼を寄せていた。

 

 

―――――――――――

 

 

「交流会と言えばさ。去年の交流会はひどかったよね」

 

 階段に座ったまま、アイが缶を揺らす。

 

 乙骨は少しだけ遠い目をした。

 

「ああ……あれは、そうでしたね。僕も力関係がわからなくて、やり過ぎました……」

 

 去年の姉妹校交流会。

 

 結果だけ言えば、東京校側の圧勝だった。

 

 そもそも星野アイがいる時点でバランスはおかしかったのだ。

 去年はそこに乙骨も加わった結果、一方的な展開になった。

 京都校側からすれば災難である。

 

 「開幕五分くらいで東堂くんしか残ってなかった気がする」

 

 アイは空き缶を弄びながら軽く言う。

 特級二人が片側にいる時点で、戦力差はどうにもならなかった。

 

「今年はどうなるかな。東堂くんはリベンジに燃えてたけど」

 

 アイは筋肉質でちょんまげの1級呪術師を思い浮かべて「ふふっ」と笑みをこぼす。

 

「東堂さんですか?」

 

「うん。東堂くんね、わたしの顔を見ると毎回嫌そうにするんだぁ。わたしは好みじゃないんだって。そんなこと初めて言われたから。おかしくってさ」

 

 アイは妙に楽しそうだった。

 乙骨は瞬きをする。

 

「……それは、なんというか、珍しいですよね?」

 

 乙骨から見ても星野アイは、人間離れした美貌をしている。

 

「珍しいね。お母さんの再婚相手までわたしのこと好きになっちゃったくらいだから」

 

 アイは遠い目をしながら軽い口調で言う。

 

「先輩。僕はそれを聞いて、どんな顔をすればいいんですか……」

 

 乙骨は気まずそうに言った。

 

「笑っていんだよ?」

 

「無理ですよ!?」

 

 アイはけらけらと笑う。

 

「東堂くんだいぶ変わってると思うけど、ちゃんと自分の基準で人を見てる感じがいいよね」

 

 乙骨は少し納得した。

 確かに東堂葵は何事も極端だが一貫している。

 相手が誰だろうと態度を変えない。

 それはアイにとって珍しい人種なのかもしれなかった。

 

 アイはふいに乙骨へ視線を向ける。

 

「ちなみに憂太くんの好みのタイプは?」

 

「え?」

 

 乙骨が固まる。

 

「……なんですか急に」

 

「別に大した意味ないよ?東堂くんが『好みのタイプに人間性がでる』みたいなことを前言ってたからさ。気になっただけ」

 

 乙骨は視線を逸らし、少し考える。

――頭に浮かぶのは生前の里香だった。

 

 「……髪が長くて、笑顔が素敵な子、とかですかね」

 

 乙骨は少しだけ照れくさそうにしていた。

 

「へぇーー」

 

 アイはからかうように、にやにやと笑う。

 

「憂太くんにはわたしのこと好きになって欲しくないな。リカちゃんに嫌われたくないしね」

 

 言いながらアイは自分の長い黒髪を指先で摘まむ。

 

「髪長いし、笑顔かわいいし」

 

「自分で言うんですね……」

 

 乙骨は眼前の彼女が、自分のことを微塵も意識していないのは理解しているので、特に動揺もなかった。

 

「事実だもん」

 

 アイは悪びれもせず、冗談っぽく舌を出す。

 

「僕はリカ一筋なんで安心してください」

 

 乙骨はアイに呆れながら言う。

 アイはぽかんとして。それから吹き出す。

 

「あははっ」

 

 心底おかしそうに笑う。

 

「それは――まさに純愛ってやつだね」

 

 アイは楽し気に夕焼けに向かって手のひらを掲げた。

 

 

 

 

――数年後。この件でアイは乙骨をからかい倒す。

 

 

 

 

 







真希「……」


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