君は完璧で究極の式神 作:水際
原作開始です。
ここだけ読む方はついでに
・愛と呪いのプロローグ
・設定のようなもの
・愛とぬいぐるみの「あとがき」
も読んでいただけるとちょっと読みやすいかも。
愛と兎と廻る呪い
2018年7月、西東京市の少年院前にて。
雨は弱まる気配を見せず、空は墨を流したように暗かった。
少年院の前には規制線が張られ、封鎖されている。
濡れたアスファルトの上で、伊地知潔高は傘もささずに、目の前の一年生三人へ視線を向けた。
「今回の任務は“生存者の確認および救出”です。特級に相当する呪胎が確認されていますが、変態前ならば対処可能と判断されました」
そう言いながらも、伊地知の声色は硬い。
赤いフード付きの制服の少年――虎杖悠仁は腕を組み、隣では釘崎野薔薇が露骨に不満そうな顔をしていた。
伏黒恵は静かに施設を見上げている。
「で、もし変態してたら?」と釘崎が尋ねる。
伊地知は一拍置いてから答えた。
「……逃げてください」
雨音が強くなる。
「いいですか。特級は基本的に“出会ったら死ぬ”相手です。恐怖を感じたら、その本能に従ってください」
3人は押し黙り、雨音だけが響く。
――その時だった。
釘崎の視線が、虎杖の腰元で止まる。
「……虎杖、何それ」
「ん?」
「そのウサギよ。似合わないんだけど」
虎杖の腰には、小さな白兎のぬいぐるみ付キーホルダーがぶら下がっていた。つぶらな黒い目に、妙にふわふわした毛並み。
釘崎は不審げに眉をひそめる。
「キャラ変にはまだ早いわよ?」
「ち、違ぇよ! 五条先生に無理やり渡されたんだって!」
虎杖は慌てて言い訳する。
「なんか、“美少女の加護があるウサギちゃんキーホルダー”とか言って!」
――数日前。高専入口の鳥居にて。
五条悟は黒い鞄を肩から下げて、機嫌よさそうに白兎のキーホルダーを指先で揺らしていた。
「僕、今から出張なんだけどさ。留守の間心配だからね。はい悠仁。これあげる」
「え、いらな――」
「肌身離さず持ち歩くと、美少女の加護があるウサギちゃんキーホルダーだよ! ……ほら、もっときな」
「うわ強引!」
半ば無理やり虎杖の腰に白兎を取り付けながら、五条はいつもの軽薄そうな笑みを浮かべていた。
――だが、その声音はどこか真剣だった。
「なんだか嫌な感じするからさ。念のためだよ」
そう言って五条は背を向ける。
「じゃ、先生は出張行ってくるね。――おみやげは期待するな!」
ひらひらと手を振る姿はいつも通りだった。しかし虎杖にはなぜか、その背中が少しだけ落ち着かないものに見えた。
――現在。少年院前にて。
「ふーん?」
釘崎は疑わしげにウサギを見る。
「まあ、見た目はかわいいわね。呪力籠ってるし、呪具かなんかかしら」
その横で伏黒は黙ってウサギを見つめていた。
ウサギから感じる呪力の感覚に、微かな既視感がある。
「……なに?」
釘崎が伏黒を見る。
「あんたも美少女の加護が欲しいの? これだから男子は!」
「ちげーよ」
伏黒は目を細めた。
「ちょっと気になっただけだ。……まさかな」
伊地知が咳払いをする。
「話を戻します。生存者の位置は不明。繰り返しますが、特級と遭遇した場合は――」
「逃げろ、ですよね」
虎杖が言う。
◇
帳を降ろした伊地知と別れ、3人は少年院へと進む。
「玉犬」
伏黒が手影絵を組むと、影が波打ち、白い大型犬が地面から現れる。
現れた玉犬『白』は、低く唸り、少年院へ鋭い視線を向けた。
「行くぞ」
伏黒の言葉に二人は頷く。
鉄扉を押し開け、少年院内部へ踏み込むと――空気が変わった。
じめついた湿気と腐臭がする。
そして、空間そのものが変質していた。
廊下が歪み、天井や壁面には鉄パイプが血管のように張り巡らされている。
「……なによ、これ」
釘崎が顔をしかめる。
伏黒の表情が険しくなった。
「呪力による生得領域の展開……」
普通の建築構造は消え失せていた。
内部はすでに、“特級呪霊の領域”へ変質している。
――全員が風景に気を取られる中、虎杖の腰についた白兎のぬいぐるみが、もぞもぞと動いた。
◇
3人は警戒しながらも内部を進んだ。
――そして遂に少年院の受刑者の死体を発見する。
死体を持ち帰ろうとする虎杖と、内心で虎杖の身を案じて、それを止める伏黒が対立する。
言い争う二人に釘崎が苦言を呈す――その時だった。
釘崎が突如として地面に吸い込まれた。
「釘……崎……?」
虎杖は呆気にとられる。
直後。
玉犬『白』が、壁へめり込むようにして破壊されていることに、伏黒は気づく。
伏黒の目が見開かれる。
「っ……!」
――そして。二人の傍らに『それ』は現れた。
全身を覆う濃密すぎる呪力。剥き出しの白い体。不自然な人型。
完全変態を遂げた特級呪霊がこちらを見ていた。
空気が凍った。
「――――」
虎杖は呼吸を忘れる。
本能が理解してしまった。
今まで見てきた呪霊とは、存在の格が違う。
隣では伏黒も動けずにいた。額から嫌な汗が流れる。
その時。虎杖の腰元で。
――キュッ、キュッ。
白兎のぬいぐるみが鳴いた。
「……え?」
次の瞬間、虎杖の影が揺らぐ。
黒い水面のように波打った影から、小さな生物がぴょこんと飛び出した。
白い毛並み。
耳の前には鹿のような角。
そして長い耳。
「……ウサギ?」
それは式神『
ふわり、と地面に着地したそれは、虎杖と伏黒の前に立つ。
それと同時に、淡い光が周囲へ広がった。
二人は先ほどまで肌を焼くようだった呪力の圧迫感が、急激に薄れていくのを感じた。
特級呪霊が警戒するように後方に下がる。
「これは、反転術式……?」
伏黒が呟く。
角ウサギの周囲には、正の呪力による防御フィールドが展開されていた。
それは呪霊にとっては猛毒そのもの。
その場にいるだけで不快感があるのか、特級呪霊は低く唸り声を上げる。
――すると。
角ウサギが、突然口を開いた。
『あれー? 五条先生じゃないね。これどうなってるの?』
少女の声だった。
間延びしたようで、どこか飄々とした声音。
だが、伏黒には聞き覚えがあった。
「……先輩か?」
『お、伏黒くんだぁ。久しぶり。で、なにこれ?』
伏黒も事情を聴き返したいくらいだったが、気持ちを切り替える。
短く息を吐くと、頭を回して簡潔に報告する。
「――少年院での任務中に特級と遭遇した。釘崎が分断された。俺はあいつを探しに行きたい」
『うん。それでー?』
「虎杖を守ってくれ」
一瞬だけ、沈黙があたりを包む。
――その後、くすりと笑う声がした。
『本当は先生を颯爽と助けて、“五条せんせー弱っ”ってからかう予定だったんだけどなあ』
角ウサギがぴこぴこ、と耳を動かす。
『世話の焼ける後輩だね。――いいよ。守ってあげる』
その言葉と同時に、反転術式のフィールドがさらに広がる。
特級呪霊が明確に苛立ったように後退した。
伏黒は虎杖を見る。
「死ぬなよ」
「そっちこそ!」
伏黒は頷くと全力で駆け出した。
残された虎杖の前で、角ウサギはフィールドを消すと、虎杖の肩に飛び乗って小さく胸を張る。
『さて、と』
ウサギの可愛らしい口から澄んだ声がする。
『わたしのかわいい後輩に、触らないでもらえる?』
◇
実のところ、虎杖は状況についていけておらず、少し呆然としていた。
喋るウサギ。しかも妙に言動が馴れ馴れしい。
だが、その周囲に満ちる温かな呪力は本物だった。
肌を刺していた特級呪霊の圧力が、明確に薄れている。
「……えっと」
虎杖は恐る恐る口を開く。
「たぶん、高専の先輩なのはわかるんですけど、結局あなた誰なんですか?」
『うーん』
角ウサギがぴこんと耳を揺らし、少し考えるような間があった。
『自己紹介は直接会ったときにしようかな。可愛すぎてびっくりしないでね』
「は?」
『とりあえずウサギちゃんとでも呼んでよ』
「いや軽いなっ! ほんとに状況わかってます!?」
――その時、特級呪霊の口が開く。
口の中で呪力が圧縮され、黄色い光が収束していく。
次の瞬間、轟音と共に砲撃のような呪力の奔流が、あたりを埋め尽くした。
壁も床もまとめて抉り飛ばしながら一直線に襲いかかる。
しかし、角ウサギは反転術式のフィールドを即座に再展開し、砲撃の呪力を中和させる。
『派手だけど……まぁそこそこかな』
角ウサギがのんびり言う。
特級呪霊が苛立ったように唸る。
虎杖は覚悟を決めたように拳を握った。
「……やるしかねぇか」
『うん。大丈夫だよ。悠仁くん』
角ウサギが言う。
「なんで初対面で下の名前!?」
『なんでだろ?五条先生がそう呼んでたからかな?』
直後。虎杖の影が揺れる。
黒い液体のような影から、犬の式神が飛び出した。
漆黒の毛並みに鋭い牙。
玉犬『黒』が顕現した。
「うおっ!?」
『この子も貸してあげる。頼りになるよ』
玉犬『黒』は虎杖の横へ並び立つと、低く唸りながら呪霊を睨みつけた。
一人と一匹は一度目線を合わせると、次の瞬間虎杖が駆けた。
人間離れした脚力で床を蹴り砕き、一気に距離を詰める。
呪霊が腕を振り下ろすが、虎杖は紙一重で回避する。
それにタイミングを合わせた玉犬『黒』が飛びかかり、鋭い牙が呪霊の肩を抉る。
呪霊は怒り狂ったかのように咆哮すると、薙ぎ払うように玉犬へと腕を振るう。
玉犬が避けると同時に、角ウサギが虎杖の拳に飛び乗って反転フィールドを展開する。
『悠仁くん!』
「っつ! わかった!」
角ウサギの意図を理解した虎杖は、拳に角ウサギを乗せたまま、呪霊の頭部に手を伸ばす。
呪霊は元々警戒していたからか、即座に後退して反転フィールドから逃れる。
『往生際がわるいね。――次で決めようか。』
「おう!!」
虎杖が角ウサギを右手に乗せて近づくと、呪霊は後ずさりながら呪力の砲撃を散弾のように打ち出す。
虎杖は持ち前のフットワークでそれを躱すと――影に潜んでいた玉犬が呪霊の脚へ噛みついた。
足を止められた呪霊が、角ウサギに完全に意識を集中させていることに気づいた虎杖は――反対の腕で呪霊の顔面へ拳を叩き込む。
虎杖は呪力の扱いを未だ学んでいない。それでも、持ち前の鍛えられた肉体が放つ打撃は重かった。
呪霊が大きく怯む。
『蝦蟇』
虎杖の足元の影が広がる。
そこから飛び出したのは、巨大な蝦蟇の舌だった。
ぬるりと伸びた舌が呪霊の胴体へ巻き付き、そのまま拘束する。
そして、黒い影が跳ぶ。
すれ違いざまに、玉犬の鋭い牙が呪霊の首へ食い込み、肉が裂ける。
次の瞬間、呪霊の頭部が宙を舞った。
白い人型が崩れ落ちる。
しばらく痙攣した後、肉体は黒い泥のように溶けて消えていった。
虎杖が荒く息を吐く。
「……ウサギちゃん。勝ったのか?」
『うん。よく頑張ったね。いいパンチだったよ』
「いや、俺はたいして役に立ってない。悪いな……」
『んー。呪力操作できないんでしょ? よく耐えてるなって、感心してたよ。……君はきっと強くなるから――会えるのを楽しみにしてるよ。悠仁くん』
同時刻。都内某所にて。
夕暮れの通学路には、人払いの帳が下りていた。
住宅街と高校を結ぶ、人気の消えた道路で、都内の女子高の制服に身を包んだ星野アイは、どこか上の空な様子で立っていた。
彼女の前には、全身から刃物を生やし、硬質な装甲を纏った呪霊。
アイの見立てでは――おそらく特級。
呪霊が咆哮し、無数の刃を射出しようとしたまさにその時。
遠方から轟音と共に何かが迫ってくる。
呪霊が、刃物だらけの顔をそちらにむけると、突如牡牛が道路を裂きながら現れた。
式神『貫牛』
――その突撃は、もはや砲弾だった。
呪霊の胴体が障子紙のように貫かれる。
凄まじい衝撃に全身が弾け、刃の怪物はポロポロと崩れながら消滅した。
しかし、アイはそちらには目もくれない。
「――会えるのを楽しみにしてるよ。悠仁くん」
そう呟くとアイは角ウサギとの遠隔リンクを解除する。
「……無事でよかった、けれど」
その紫がかった瞳が、ゆっくり細められた。
「五条先生が出張で、わたしが襲撃を受けたタイミングで、悠仁くんも危ない目に合う。これって偶然なのかな?」
帳の向こうで、救急車のサイレンが遠く響いている。
アイは雨に濡れた道路を見下ろしながら思考する。
今回虎杖たちが対応した任務は特級案件だ。人手不足の業界とはいえ、原則として特級呪術師が対応する案件のはずだった。しかし。
「なんでわたしに依頼がなかったの……?」
アイは今日、高校の三者面談だった。(夜蛾が来た)
とはいえ、人命にかかわる事態の連絡があれば、当然そちらを優先したはずだ。
仮にこれが誰かに仕組まれたことだとすれば、その人物は――呪術界上層部と通じていることになる。
「(やっぱりこの国はおかしいよ。五条先生)」
現代の呪術界はあまりに五条悟個人の力に依存している。
五条がいる限り、どれだけ恐ろしい呪霊や呪詛師が現れても、瞬く間に祓われる。
だがアイは知っている。五条悟は甘いものを食べて喜び、感動的な映画を見て涙を流し。
――親友を殺めてふさぎ込む。
最強だが決して完全無欠ではない――人間だ。
それを心配して白兎『ハッピー』を贈ったのだが、彼はそれを虎杖に譲ってしまった。
アイは小さくため息をつく。
水面下で何者かの悪意が渦巻いている。
しかし、アイは物事をあまり複雑に捉えない。
困難に向き合うときは、自分の本能と感性に従ってきた。
アイは心のままに、人を助ける――そう決めていた。
――廻る呪いの物語が、幕を開けた。
この後、プロローグに繋がります。
面白かったら高評価を頂けますと、励みになります。
ちなみに黒幕の方。原作よりだいぶ頑張ってます。
邪魔者が突如現れてキレてます。