君は完璧で究極の式神   作:スギ花粉ナイトメア

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愛と魂2

 

 

「……領域展開――『胎蔵遍野(たいぞうへんや)』」

 

 

 涼やかな男性の声があたりに響き、世界が一変する。

 

 突如として、()()()()()()()()()()()でできた樹木が地面のタイルを突き破って現れ、天井まで突き抜ける。

 そして世界を押しつぶすような重力が空間を侵食していった。

 

 地下水道を構成するコンクリートは次々と砕け、水道管が破裂する。

 真人を捕らえた影の牢獄は瞬く間に削られていき、解体される。 

 さらに、魔虚羅の身体が見えない力に抑え込まれるように沈みこみ、陥没した地面に膝をついてめり込む。

 

 領域展開発動直前の呪力の()()()を感知していたアイは、間一髪で魔虚羅の影の中で簡易領域を展開し、超重力を中和する。

 しかし、まだ見ぬ術者の領域の精度は驚異的で、アイの簡易領域もじわじわと剝がされていく。

 

「っ、すごい結界術だよ……このままじゃ長くはもたないかも」

 

「私が打開策を探ります。いざとなったらあなただけでも脱出を」

 

「……するわけないでしょ。ナナミン」

 

「私は大人であなたは子供。私にはあなたを優先する義務があります。……タリス。いざとなれば頼みます」

 

 七海はアイが時間を稼いでいる間に、魔虚羅の影の縁からわずかに顔を出し、外の様子を窺った。

 すると影の牢獄が破られ、額に縫い目のある男――“夏油傑”が、瀕死の真人へ歩み寄っている。

 真人はすでに頭部を残して全身が焼け落ちていた。

 

「げ、夏油、たすけ……!」

 

「真人。産まれたばかりで気の毒に。このままだと君は祓われてしまう。

――私が守ってあげよう」

 

 夏油傑――その肉体を操る呪詛師『羂索(けんじゃく)』は穏やかな口調で言う。そしてその視線が、ふと七海へと向いた。

 

「……残念だよ」

 

 羂索が小さく笑う。

 

「せっかくここまで身を隠していたのに、高専側へ私の存在が露見してしまった」

 

 七海の目が細まる。

 うずくまる魔虚羅の影を覗き込みながら、羂索は続ける。

 

「それと君だよ、星野アイ」

 

 その声音から、笑みが消えた。

 

「君は私の計画にとって――あまりにも邪魔すぎる」

 

 地下水道に呪力による重圧が満ちる。

 

「見てごらんよ、真人のこの姿を! ああ、どうしてこんな酷いことができるんだ君は! 私の長い年月をかけた悲願が! 不断の努力が! 台無しになりそうだよ!!」

 

 羂索は芝居がかった仕草で怒りを表現する。

 

「……呪詛師が努力とか言い出すんだ? 知らないよ。そんなあなたの都合なんてさ」

 

 アイは黙っていられず、影の中からつい返事をしてしまった。

 羂索はすっと真顔に戻り、肩をすくめる。

 

「だろうね。ただ私もこう見えて忙しい身なんだ。君みたいな規格外はお呼びじゃない。

――ここでついでに死んでもらおうか」

 

 その瞬間。胎蔵遍野に組み込まれた術式『反重力機構(アンチグラビティシステム)』の出力が増し、地下水道の床が陥没していく。

 影響は魔虚羅の影の内部にすら及び、簡易領域の外縁にいた七海が耐え切れずに膝をついた。

 

 しかし。

 

 「思ったよりおしゃべりで助かったよ。ありがとね。時間稼ぎに付き合ってくれてさ」

 

 魔虚羅の法陣が回る。

 

――ガコン。

 

 刹那。魔虚羅が動く。

 即座に立ち上がると、超重力の中、地面を踏み砕きながら前進した。

 羂索の目が見開かれ、表情が消える。

 

「……『異戒神将魔虚羅』。もう適応したのか」

 

 魔虚羅は羂索の領域に適応し、既に重力の影響をさほど受けていなかった。

 白い巨体が一瞬で距離を詰め、退魔の剣が閃いた。

 

「っ!!」

 

 羂索は咄嗟に身を引くも、間に合わない。

 斬撃が右腕を肩口から切断した。

 

 血飛沫が舞う。

 羂索は首だけになった真人を小脇に抱えながら後ずさる。しかし思考は冷静だった。

 

 「(なるほど……ここまで不条理なものとはね。千年研鑽を続けてきた技術が、ほんの数分で役立たずになる……か)」

 

 魔虚羅がさらに踏み込む。

 羂索は即座に反転術式で腕を治すと、魔虚羅の剣に両手を添えて、超人的技量で軌道を逸らす。

 続けて羂索はバックステップで魔虚羅から距離をとり、躊躇(ちゅうちょ)なく重力の領域を解いた。

 

「呪霊操術のほうが有効そうだ」

 

 羂索の指先の空間が渦巻く。

 すると次の瞬間、巨大な“鳥居”の形をした呪霊が現れた。

 

 その黒い鳥居には無数の眼があり、ギョロギョロと周囲を見ている。

 また、鳥居の内部は闇で満たされている。

 

 羂索は真人の髪を掴み、その門の闇へ放り投げた。

 

「待っ――」

 

 七海が前へ出ようとするが、羂索は無数の呪霊を召喚し、進路を塞ぐ。

 魔虚羅が剣の一振りでまとめて複数体を消し飛ばし、アイが影を伸ばして一気に沈める。

 

――しかし間に合わない。 

 

「また会おう。呪術師」

 

 その言葉だけを残し。

 羂索は門をくぐった。

 門はそのまま歪み、溶けるように消滅する。

 地下水道へ静寂が戻った。

 

「――」

 

 七海は無言で鉈を下ろす。

 アイは目を見開いて集中し、羂索の残穢を凝視するも、痕跡を追うことができなかった。

 

「……逃げられちゃったね。まぁ、勝てたかわかんないけどさ」

 

 むこうはまだまだ手の内をみせていない。

 そう感じたアイは表情から悔しさを(にじ)ませる。

 

「奴はあの呪霊の救出に重点を置いていたようでした。正面からやりあうつもりは実際の所なかったのでしょう。……しかし、不甲斐ない。私は今回、完全に力不足でした。」

 

 七海は眼鏡を押し上げながら言う。

 それを聞いたアイは、否定するように結構強めに七海の背中を叩いた。

――しかし、七海は微動だにしない。

 

「(鍛えすぎだよナナミン。びくともしない……)」

 

 地下水道の壁面には、領域展開の余波による亀裂がいくつも走っている。

 重力に押し潰されたコンクリートが、ぱらぱらと崩れ落ちた。

 

「でも、収穫はあったね」

 

 アイは乱れた黒髪を整えながら言う。

 

「夏油傑が生きてて、呪霊側について動いてる。これがわかっただけでも対策は打てるんじゃない?」

 

「……ええ。その通りです」

 

 肯定しながらも、七海の声音は依然重い。

 

 夏油傑。

 五条悟の親友にして、百鬼夜行を引き起こした最悪の呪詛師。

 すでに死亡したとされていた男だ。

 

 その彼が、再び暗躍を始めた。 

 

「高専側にとっては最悪の事態ですが、これまで断片的だった情報が一本の線で繋がりました。あなたへの連続襲撃も、虎杖君たちの件も」

 

「本命はたぶん悠仁くんだよね。わたしは邪魔だったって本人も言ってたしね」

 

「……あなたほど敵に回して()()な術師はなかなかいませんしね。そういうことでしょう」

 

 アイは頬を膨らませて七海の背中をポカポカ叩く。――七海は微動だにしない。

 地下水道に、わずかに和らいだ空気が流れる。

 

 もっとも、互いに疲労は隠せなかった。

 七海のスーツは裂け、アイのパーカーも泥と煤で汚れている。

 七海は小さく息を吐くと、鉈を腰へ戻した。

 

「……お礼を」

 

「んー?」

 

 アイは不思議そうに首を傾げる。

 

「今回は助けられました。言ったでしょう? 食事くらいは奢りますよ」

 

 アイの目がパッと輝く。

 

「ほんとに? なんでもいいの?」

 

「ええ。常識の範囲内でお願いします」

 

「じゃあファミレス!」

 

 アイはすぐに答えた。

 七海が目を瞬かせる。

 

「……随分と庶民的ですね」

 

「ファミレス好きなんだよねー。あの“頑張れば高校生でも来れる感じ”が好き。あんまり堅苦しいのは苦手だしね」

 

「その方がくつろげるということでしたら、私は構いませんよ」

 

 七海はそう言いながらも財布を取り出し、中身を確認する。

 

「好きなだけ頼んでください」

 

 七海が珍しく柔らかい表情を見せると、アイは手を叩いて喜んだ。

 

 

 

 そうして二人は、死闘の直後とは思えないふわっとした空気のまま、地下水道を後にした。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

「やれやれ酷い目にあった。異戒神将の適応まで、まさか簡易領域なんかで(しの)ぐとはね。彼女の天与は結界術だったりするのかな?」

 

 

 とある山中の廃れた神社にて。

 

 階段に袈裟の男――羂索が腰かけていた。

 その掌には、焼けただれ、頭だけとなった真人が乗っている。

 

「――げとおお! 俺は!――まだやれるよぉっ!」

 

「私も不本意なんだ。真人」

 

 羂索が静かに言う。

 

「君には伸び代があった。もっと君と友情を育み、成長を見守りたかった」

 

 続けて言う。

 

「でも状況がそれを許さないようだ。君を自由にさせておけば、遠からず高専の術師(星野アイ)に祓われる。それは看過できない……」

 

 羂索が手を掲げると、黒い渦が出現した。

 強制的な吸引力が真人を包み込む。

 

「……はぁっ?」

 

 真人の表情が凍りついた。

 

「ま、……待ってくれよぉぉ!!」

 

「君の力は私が引継ぎ、世界を新たなステージに導く」

 

 羂索は淡々と告げる。

 

 

「――さよなら。真人」

 

 

 

 次の瞬間。特級呪霊・真人の身体は、青い球体へと圧縮され――

 

――羂索の掌へ収まった。

 

 

 

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