君は完璧で究極の式神   作:水際

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雑談回


愛と夢と好みの女

 

 星野アイの母親、禪院あゆみは一切の呪術的素養を持たず、多少容姿が整っているくらいしか取り柄のない女だった。

 

 禪院本家の直系筋でありながら『失敗作の中の失敗作』の烙印を押された彼女は、禪院家から勘当され、16歳の時、逃げるように家を出た。

――そんな彼女の一人娘が、長きにわたる禪院家の歴史上最高の才能を持って生まれたのは、まさに運命のいたずらか。

 

 児童養護施設を飛び出して上京した星野アイは、呪術のことなど何も知らず、盛大に残穢(ざんえ)をばら撒きながら呪霊を祓い、東京を彷徨(さまよ)っていた。

 そのような謎の少女を、術式・呪力を視認する眼――『六眼』を持つ五条悟が発見したのは、半ば必然だった。

 

 しかし、星野アイの身柄の扱いは、五条悟をして頭を悩ませるものだった。

 魔性の美貌、禪院家相伝の術式、莫大な呪力量。

 それらはどれをとっても下手に扱えば、彼女を不幸にするように思えた。

 

 そしてそれらが些事に思えるほど、()()()()()を星野アイは抱えていた。

 

――彼女は星漿体(せいしょうたい)だった。

 

 五条本人にとっても因縁浅からぬ特異な体質。

 呪術界の要たる天元のための人柱。

 

 前回の天元と星漿体の同化は無事に成功したと公表されている。

 しかし、それが虚偽だと五条は知っていた。

 天元の考えは読めないが、新たな星漿体が出現したとなれば、同化のための人柱として、アイの身柄を要求してもおかしくはない。

 

 彼は、かつての自分が、未熟さ故に招いた過ちを、繰り返すつもりはなかった。

 

 星野アイが『禪院家相伝の術式を持つこと』『星漿体であること』

 それらを隠蔽し、最強たる自分の管理下に置く。

 そして、彼女に五条自ら徹底的に教育を施し、育てる。

 

 彼女が大人になった時、自分の意思で自分の運命を選べるようにする。

――それがかつて守れなかった少女、天内理子への償いになるのだと、五条は考えた。

 

 手始めに五条は夜蛾正道と共謀し、禪院扇に接触した。

 扇は非術師であったアイの母親――禪院あゆみに強い不快感や憎しみを抱いており、自身の妹として禪院性を名乗ることさえ、強く拒絶していた。

 

 五条と夜蛾は相伝の術式のことは伏せて、禪院あゆみの娘が見つかったことを扇に連絡し、身元保証人になるよう求めた。

――そしてその申し出は()()()()断られる。

 

 結果、夜蛾が身元保証人になることで、禪院家からの星野アイへの干渉をある程度抑え込むことに成功した。

 

 また、天元への対策は予期せぬ所から助け船があった。 

 星漿体同士は、お互いの『声』を聴くことで同類を見分けることができる。

 星野アイの秘密に感づいた特級呪術師、九十九由基は、自身が星漿体であることを呪術界に公表し――

 

「――文句が有る奴は私を倒してから言え」

 

 そう宣言した。

 これにより、呪術界上層部の『眼』は九十九由基に集中し、星野アイの特異性は発覚しなかった。

 

 かくして。

 五条悟は星野アイの身元を夜蛾の元で保護することに成功した。

 彼は償いのために星野アイを救ったが、アイが成長するにつれ、徐々に打算が芽生える。

――五条悟には夢があった。

 

 教師なんて柄じゃないと自認している五条が、高専で教鞭をとっている理由、それは夢のためだ。

 五条の夢は呪術界のリセット。

 保身、世襲、高慢で腐り果てている呪術界上層部を真っ当な手段で一掃する。

 

 そのために、強く、聡い仲間を高専で育て、変革を起こす。

 星野アイにはそのための柱としての役割を、五条は期待していた――しかし。

 

「まぁ彼女は予測不能な台風の目みたいなもんだから、僕の浅はかな考えなんて、なぎ倒してどっかに飛んでいくんだろうな」

 

――五条は、それでも構わなかった。

 

―――――――――――――――――

 

 

 2018年9月。都内某所、少し高級なファミリーレストランにて。

 

 

 

 ガラス窓の外では雨が降っている。

 店内では家族連れがそれぞれの時間を過ごしていた。

 

 その一角で、星野アイはメロンソーダとコーラの混合物をストローでかき混ぜていた。

 シュワシュワと炭酸が弾ける。

 アイは上機嫌で言う。

 

「ふふっ、おいしくなる訳でもないんだけどさ。なんでこんなにテンション上がるんだろ」

 

「理解はできませんが楽しそうでなによりです」

 

 向かい側では、七海建人が湯気の立つブラックコーヒーを飲んでいた。

 よく見るとスーツがところどころ破れているのだが、それでも妙に絵になっている。

 

 そんな時だった。

 

「七海先生! お疲れ様ー!」

 

 入口から赤いフード付き学生服の少年――虎杖悠仁が駆け寄ってきた。

 そして、虎杖の視線がアイで止まる。

 

 アイはストローを摘まんだまま、片手を上げた。

 

「やぁ! どーもはじめまして、悠仁くん」

 

「……って、ええ?」

 

「改めまして、星野アイです。ウサギちゃんだよー。やっと会えたね」

 

 アイはへらりと笑う。

 

 長く、美しい黒髪。

 人を惹きつけるために生まれたかのような、整いすぎた顔立ち。

 

 普通の男子高校生なら数秒固まってもおかしくない。

 アイもどうせそうなるだろうなぁと思っていた。

 しかし。

 

「おー、マジで美人だ。虎杖です! よろしく。先輩!」

 

 虎杖はわりと普通のテンションで席に座った。

 

「……ん? それだけ?」

 

 アイが目を瞬かせる。

 

「どうしました」

 

 七海がコーヒーを置きながら聞く。

 

「いや。思ったより私に見惚れてないね?」

 

「何ですかその自信は……」

 

 七海は呆れたように言う。 

 アイが虎杖をじっと見て観察すると、虎杖も何事かと見返した。

 

「悠仁くんって、どういう女の子が好みなの?」

 

「え?」

 

 虎杖は脈絡のない質問にしばし呆然とするが、少し考えたあと、真顔で答えた。

 

「……ケツとタッパがデカい女かな。ジェニファー・ローレンスみたいな」

 

「ぶっ――!!」

 

 アイは盛大に吹き出した。

 メロンソーダが気管に入り、げほげほ咳き込む。

 

 正面にいた七海は額に青筋を浮かべながら、無言で紙ナプキンを差し出した。

 

「っ、はは……! なにそれ!? ふふっ!」

 

「ええ? なんで笑うんすか!?」

 

 アイは腹を抱えて笑っている。

 彼女の内心では東堂葵がサムズアップしていた。

 

「いやー、いいねぇ悠仁くん。すごく気に入っちゃったよ!」

 

「???」

 

 虎杖はよくわからないまま首を傾げていた。

 七海は静かにコーヒーを飲む。

 

 

 

「それで、どうでした。吉野順平については」

 

 混沌とする状況に辟易した七海が、話題を無理やり修正した。

 すると、虎杖は朗らかに報告する。

 

「あ、うん。順平は悪い奴じゃなかったよ」

 

 そして虎杖は、調査対象の少年について話し始めた。

 

 いじめを受けていたこと。

 呪霊に接触していたこと。

 復讐を考えていたこと。

 

――それでも。

 

 一緒に話して、映画を見て。

 吉野順平という少年が、根っこの部分では善性の人間だと感じたことを。

 

「だから、もう、あいつは大丈夫だと思います」

 

 虎杖は笑った。

 

「……そう」

 

 アイは静かに聞いていた。

 虎杖は続ける。

 

「あ、あと。ハッピーは順平の所に置いてきました。すみません……勝手なことして」

 

 アイが瞬きをする。

 

「俺はもう充分助けてもらったんで。あいつのとこにいたほうがいいかなって」

 

 白兎『ハッピー』。

 厄を遠ざけ、幸福を運ぶ呪骸。

 持ち主は特級呪術師星野アイの庇護下に入る。

 それを理解した上で、虎杖はそれが最善だと判断したのだ。

 

 アイは数秒だけ黙り。

 それから、ふっと笑った。

 

「……うん。あの子はそういう運命なのかもしれないね」

 

 短く答え、その判断を受け入れた。

 

 アイは頬杖をついて、窓の外の雨模様を見る。

 その少年にも幸福が届けばいいなと、そう思った。

 

――――――――――――――――

 

 

 吉野順平は苦しみと悲しみの記憶が残るこの地を離れ、母方の実家がある京都へ移り住むことにした。

 

 そして、京都府立呪術高等専門学校へ編入。

 そこで東堂葵に気に入られ、彼の弟子となる。

 らしからぬ行動に周囲は驚き、東堂を問い詰めたが、『男同士の秘密』と詳細は伏せた。

 

――だが後に兄弟分(虎杖)にだけ、そっとこう語るのだった。

 

「性癖から強烈な自我の匂いがした。奴は強くなる」

 

――と。

 

 

 

 

 





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