君は完璧で究極の式神   作:水際

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愛と最強

 

 東京校と京都校の生徒たちは、高専演習場のそれぞれ指定された開始位置へ集結していた。

 結界によって外界と隔離された森の中には、無数の低級呪霊、そして今回のメインターゲットである二級呪霊が放たれている。

 

 通常なら学生たちにとっては十分危険な演習環境。

 しかし今日に限っては、その程度の脅威など誰も意識していなかった。

 生徒たちの視線は、別の“脅威”へ向いている。

 

 東京校側のスタート地点で虎杖悠仁は上空を見つめて言う。

 

「真希先輩あれ見える?」

 

「……見えてるよ。まずはアイに頑張ってもらうしかねーんだ。お祈りでもしてようぜ」

 

 森林地帯に広がる演習場、その上空には二つの点が浮かんでいた。

 そこを中心として、演習場全体へ息が詰まるようなプレッシャーが広がっている。

 それは開始前に周辺の地形を軽く伺っていた、二人の特級呪術師だった。

 

「いやぁー! 楽しみだねぇ!」

 

 五条悟は当然のように空に浮かびながら、ニヤニヤと生徒たちに手を振っている。

 その隣では、黒い翼を背から生やした白いセーラー服の少女が欠伸をしていた。

 

「眠い……」

 

「昨日ゲームしてたでしょ」

 

「してないよー。動画見てただけ」

 

「何時まで?」

 

「……2時」

 

「君、僕のこと舐めてる?」

 

 五条が呆れた顔をする。

 

――対する京都校では。

 加茂が静かに前方を見据えていた。

 

「全員よく聞け。開幕と同時に五条悟を投入する」

 

 三輪が青ざめる。

 

「や、やっぱり本当にやるんですね……」

 

「当然だ」

 

 加茂は冷静に振舞っていた。

 

「東京側も星野アイを同時投入するだろう。問題はそこから先だ」

 

 彼の額にはすでに薄く汗が滲んでいた。

 本来、交流戦は学生同士の実力を測る場だ。――だが今回は違う。

 真依は舌打ちする。

 

「最悪よね。特級二人と同じフィールドで呪霊狩りとか」

 

「ふんっ。特級など知ったことか」

 

 東堂は腕を組み、巨大な体を揺らす。

 

「極限状態でこそ。その人間の趣味嗜好が露わになる。噂の虎杖とやらを見定めてやろう」

 

 その時。上空で五条が手を叩いた。

 

「はーい。注目ー」

 

 全員の視線が空に向く。

 無線機を取り出しつつ、五条は楽しげに笑っていた。

 

『僕は皆に期待してるんだよ』

 

 随所に設置された拡声器から、あたりに声が響く。軽い口調だが、その青い瞳は真剣だった。

 

『予定調和のダラダラした交流戦なんて見たくないね。今後の呪術界を背負って立つ君たちには、最低限僕らと同じ土俵に立ってもらう』

 

 続けて言う。

 

『――特級に勝てないのは当然だ、なんて逃げの思考は捨ててもらおうか』

 

 その言葉に、生徒たちの表情が強張る。

 彼は隣のアイを見る。

 

「……ね?」

 

 アイはバサバサと翼を動かしながら器用に肩をすくめた。

 

「え? 私は別に、そんな立派なこと考えてないけど」

 

「正直だねぇ」

 

 アイは眠たげだった目を見開く。

 

『でもちゃんと暴れるよ。そういう役目でしょ?』

 

 その声は柔らかく、気だるげですらある。

 しかし、京都校の生徒たちの背筋に悪寒が走った。生徒たちは理解してしまったのだ。

 

――星野アイは空気が読めない。“暴れる”と言ったら本気で暴れる。

 

 戦慄する周囲を他所に東堂だけが獰猛に笑った。

 

 開始時間が近づき、上空の二人が決闘前のガンマンのように背中合わせになる。

 アイは小声で呟いた。

 

「……それでー? 本当の所は何企んでるの?」

 

「別に嘘はついてないさ。全部本心だよ。……ただちょっと『夏油傑とやら』の出方を伺ってみようかなってだけ」

 

「……余力を残してた方がいい?」

 

「ん? おこちゃまは余計な気を回さなくていい。――殺す気で来なよ」

 

 五条は自分への挑戦者が嬉しくてたまらないと言わんばかりに笑うと、戦闘機のような加速で、一気に飛び去った。

 それを見届けたアイは、反対側の森林地帯へと旋回し、ゆっくりと下降する。

 二人は大きく距離を取った。

 

 

 観覧席で待機している歌姫が無線機を手に、口火を切る。

 

『……それでは、東京京都姉妹校交流会第一日目団体戦』

 

 一拍を置いて。

 

『開始!!』

 

 その瞬間、特級召喚用に学校側から与えられた専用無線機を持ち、加茂が叫ぶ。

 

「来い!! 五条悟!!」

 

 同時に真希も怒鳴った。

 

「アイ!!行け!!」

 

 二人の声が、待機している特級呪術師の元へ、無線越しに届いた。

 

 しかし、緊迫した声を聴いても、アイは何ら変わらず、静寂の森の中でぼーっと待ち構えていた。

 木々の隙間から差し込む薄い光が、彼女の輪郭を淡く照らしている。風が枝葉を揺らし、湿った土の匂いが漂う。その時だった。

 

 ドドドドドォン!!!!

――轟音が近づいて来る。

 

 まるで見えない巨人が迫ってくるような音が、森を震わせる。

 突如として強風が吹き荒れ、地面の落ち葉が吹き飛ぶ。

 

 そして次の瞬間、長身の男が凄まじい速度で木々の間を突き抜けてきた。

 男が幹を掠めるたびに樹皮が剥がれ、衝撃波が周囲の葉を吹き飛ばす。

 

 男――五条悟は一切減速しない。

 獣のような低い姿勢のままアイへ肉薄する。

 

 「やぁ。待った?」

 

 五条は待ち合わせのような軽さで声をかけると、足を振りぬく。

 バァン!!と空気が裂け、鋭い蹴りを腹部へ受けたアイが、ボールのようにバウンドしながら吹き飛び、大木に衝突する。

 

 しかし。

 

「――ううん。今来たとこだよ」

 

 蹴り飛ばされた“アイ”がニヤッと笑い、黒い影となって弾けた。

 それはアイの姿を模倣した()()()だった。

 だが、当然六眼を持つ彼は気づいている。

 

「だよねぇ」

 

 五条は左手を開いた。

 

「術式順転――『蒼』」

 

 五条の掌の先の空間が球状に歪み、不可視の引力が森を抉った。

 地面が裂け、木々がへし折れ、全てが五条の掌に吸い込まれ、圧縮される。

――そして影の中から引きずり出された本物のアイの腕を、五条が掴んだ。

 

「ほら、捕まえた」

 

「――ッ!」

 

 アイは五条に腕を引かれ、体が宙に浮く。

 

「すっかり引きこもりに慣れちゃってさあ」

 

 五条は出来の悪い子供を諭すように言う。

 

「前に僕教えたよね? 魔虚羅だよりの貧弱な術師なんて怖くもなんともないってさ!」

 

 そのまま術式でアイを引き寄せ、拳を容赦なく腹部へと叩きつける。

 

――だが、直撃する寸前、少女の身体に暗い光が灯る。

 半透明の障壁が瞬時に展開され、打撃と激突した。凄まじい衝突音が森に響き、衝撃で周囲の木々が大きくしなる。

 五条の拳は障壁に阻まれ、火花のような呪力が飛び散った。

 

 御三家秘伝『落花の情』

 アイは拳が当たる直前にカウンターで莫大な呪力を開放して威力を相殺。

 ギリギリで身を守っていた。

 アイは口元を吊り上げる。

 

「うん。教えてくれたね」

 

 アイは掴まれた腕からも同様に呪力を放出して五条を弾くと、影の中を泳ぎながら距離を取った。

 

「こうして役に立ってるよ。ありがとね」

 

――そしてアイの頭上にはいつの間にか、回転する法陣が浮かんでいた。

 

 魔虚羅の適応の輪。

 アイは五条の無下限呪術に適応しようとしていた。

 五条は片目を見開く。

 

「ははっ!」

 

 そして心底楽しそうに声をあげる。

 

「生意気! 言うようになったね!」

 

 五条の呪力が爆発的に膨れ上がる。

 

「バカ呪力のよちよち歩きペンギンちゃんが! ちょっとは戦えるようになったかな?」

 

 刹那、五条の姿が消えた。

 アイの瞳がせわしなく揺れる。

 

「――っ」

 

 横。背後。上。

 五条は残像すら置き去りにした超高速機動でアイを翻弄する。

 そして真上から蹴りを叩き込んだ。

 

 それをアイは再び影へ沈みながら回避する。

 白いセーラー服が黒い水面へ溶けるように消えた。

 

 だが五条は小馬鹿にするように笑った。

 

「だからさぁ。引きこもり戦法はもう通じないって」

 

 五条は右手の人差し指を地面に向ける。

 

「位相・波羅蜜・光の柱――術式反転『赫』」

 

 紅い衝撃。斥力の奔流がアイの潜む影を地面ごと吹き飛ばした。

 大地がめくれ上がり、クレーターが形成される。

 

 隠れる場所が消し飛んだことで、アイが影から強制的に押し出される。

 五条がそこへ追撃を叩き込もうとすると――背後から凄まじい地鳴りが響いた。

 

 それは木々をなぎ倒しながら迫る十種影法術――式神『貫牛』。

 頭上に法陣を浮かべた牡牛が、突進の勢いを極限まで乗せて五条へ激突する。

 

 だが、五条の手前で、巨体がぴたりと静止する。

 ニュートラルな無下限呪術、無限の障壁が貫牛の前進を阻んでいた。

 

「……適応が狙いか」

 

 五条は振り返りもせず言った。

 その瞬間、上空が暗くなる。

 五条が見上げるとそこには巨大な象。

 

 圧倒的質量。

 十種影法術――式神『満象』。

 超重量の象が五条の頭上へ落下する。

 

 それは重低音が響かせ、地面に着弾した。

 地盤が沈下する。

 しかし、土煙が晴れると、そこには五条だけが何事もなく立っている。

 

 満象は五条の数センチ手前で止まっていた。

 あらゆる攻撃が到達しない絶対不可侵。

 

「うーん。工夫はしてるんじゃない?」

 

 五条は顎に手を当てる。

 その時、空が埋まった。

 

 羽を生やした脱兎の群れが、五条の真上を覆い尽くす。

 

 バチバチバチバチッ!!!!

 

 雷光が閃く。

 

 鵺の性質を付与された脱兎たちが、一斉に雷撃を放った。

 あたりを焼き尽くすような雷の乱れうち。

 東京・京都両校の生徒は、その光景を見上げて絶句していた。

 だが五条は面倒臭そうに片手を上げる。

 

「あーもう。うるっさいなぁ!」

 

「術式反転――『赫』」

 

 紅い衝撃波が全方位に炸裂した。

 羽ウサギたちがまとめて吹き飛ぶ。

 

――しかし。

 五条の視線が上空へ向き、注意が逸れた一瞬。

 影が揺らいだ。

 

 五条の足元から、ぬるりとアイの上半身が出現する。

 頭上には回転する法陣。

 アイは両手をパンっと合わせて、五条へと突き出す。

 

「穿血」

 

 シュゥゥゥゥゥッ!!

 

 超高圧の水の槍が五条の腹部を貫こうとする。

 満象の水流操作を応用した、神速の一撃。

 

 だが、それも無限の障壁で停止する。

 あとわずか。それ以上進まない。

 

 それでも五条は内心で驚愕していた。

 

「(式神の能力だけ引き出して、それをつかって赤血操術!? 僕並みに器用だな)」

 

 一方のアイも徐々に焦れてきていた。

 

「あーもう! 全然適応できない!」

 

 再び影の中を泳ぎ、距離をとりながら、彼女は思わず叫ぶ。

 

「ずるいよそのバリア!」

 

 五条は吹き出した。

 

「へいへい、お嬢ちゃん。魔虚羅調伏しといて何言ってんの?」

 

「だって普通もっと攻略の糸口とかあるじゃん!」

 

「ないよ? 僕最強だもん」

 

――その言葉が紡がれた時、あたりの空気が変質する。

 アイが潜む影が生き物のように脈動を始め、爆発的に周囲に広がった。

 地面に伸びた黒が波紋のように広がり、あたり一帯が呑みこまれていく。

 

「――そう。じゃあこうするしかないね……領域展開」

 

 夜空のような外殻が太陽を覆い隠し、空気が森が、黒く暗転する。

 地面では液状化した影の海が大地を漆黒に染め上げていき、アイの背後では巨大な脊髄骨が地面から突き出す。

 

「『嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)』」

 

 ズズズズズ……。

 

 二人の周辺。360度全方位の影の海から。

 何百もの『貫牛』が出現した。

 全て頭上に適応の法陣を浮かべている。

 

 必中にして必殺の突進が。

 全方向から五条に狙いを定めた。

 五条は愉快そうに言う。

 

「――いいね。それでこそ」

 

 五条は片手で掌印を結び、静かに唱えた。

 

「――領域展開」

 

 黒の世界が白く反転する。

 

 空間に溢れる無限の情報。

 脳髄を焼き切る果てなき知覚。

 

「『無量空処』」

 

 二つの領域が正面衝突した。

 黒い影の世界。

 白い無限の世界。

 

 外殻がぶつかり合い、互いの必中効果を打ち消しあう。

 領域の外側では森林地帯全域が震動し、結界の外にいる生徒たちですら顔色を変えて動きを止める。

 

「馬鹿な……五条悟の領域と、押し合いが成立しているのか……」

 

 加茂が目を見開く。

 

「もう4分は経ってる! 行けるぞ、アイ!」

 

 真希は歯をむき出しにして笑った。

 

 領域の内部では黒と白の特級呪術師の領域が激突し、混ざり合っていた。

 

 しかし。

 

 徐々に、だが確実に。

 白が黒を侵食し始めていた。

 

「――っ」

 

 掌印を結ぶアイの手が震えて定まらなくなってゆく。

 圧倒的な結界制御。

 圧倒的な術式精度。

 無量空処は、領域として完成され過ぎていた。

 

 『文字通り格が違う』

 

 ピシ――。

 嵌合暗翳庭の外殻へ亀裂が走る。

 

 次の瞬間。

 

 バキバキバキィッ!!!!

 黒い領域世界が砕け散った。

 

「――」

 

 アイは白い世界に飲み込まれる。

 脳へ強制的に流し込まれる終わりなき情報。

 

 約八秒後。

 アイの瞳から光が抜けた。

 

 白いセーラー服の少女が崩れ落ちる。

 

 

 

 

――すると、消滅しかけた影の海から。

 ウォォォォォォン――――。

 玉犬の遠吠えが木霊(こだま)する。

 

 地面に倒れ込むアイの影から、少年の声が響く。

 

「――領域展開『君は完璧で究極の偶像(アイドル)』」

 

 五条の目が見開かれる。

 

 影の世界が変質した。

 砕けかけた嵌合暗翳庭が、“別の何か”へ塗り替わる。

 

 暗黒の天蓋からは無数の流星が降り注ぎ、白い世界を押し返す。

 そして地面が震動し、円形の巨大ステージがせり上がる。

 ステージ周囲には、サイリウムのように発光するピンクの花々が咲き乱れていく。

 その幻想的な空間はさながらファンタジー世界のライブ会場。

 

 だが、その中央。喝采の中心に待ち受けるのは、

 法陣を頭上に浮かべた白い巨人。

 

『――八握剣異戒神将魔虚羅(やつかのつるぎいかいしんしょうまこら)』。

 

 魔虚羅は背後の傷だらけのハートを守るように、五条に退魔の剣を突き出した。

 

 

 

 

 

 五条は領域を維持しつつ、ステージに躍り出ると、魔虚羅に至近距離での近接戦を仕掛ける。

 

「(時間をかけるのはまずいね。アイを守るのが今は最優先か)」

 

――その瞬間。五条は凍り付いたように動きを止める。

 自分の思考に違和感がある。

 

「……ん?」

 

 守る?何から?自分は何を優先した?

 魔虚羅の排除。

 それとも。

 星野アイの生存?

 

 五条悟は理解する。

 

「……はは。これはほんとにまずいな」

 

 領域効果による精神干渉をすでに自分は食らっている。

 アイへの敵意を維持できず、輪郭が鈍っていく。

 

「なるほど。魔虚羅調伏の種明かしってわけか。……厄介な術式じゃないか」

 

 直後。魔虚羅が消えた。

 超高速の斬撃が五条の顔面へと走る。

 

 それは今まで通り無限の障壁に阻まれ、五条に届くことはない。

 だが遂にその瞬間が訪れた。

 

――ガコン。

 

 重厚な金属音が響き、魔虚羅の法陣が回る。

 戦闘開始から7分32秒。4回の法陣の回転を持って、魔虚羅は五条の術式に適応した。

 絶対不可侵を誇った無限の壁が破られる。

 

 魔虚羅の剣の切っ先が五条の鼻先に迫る。五条は紙一重で回避するも、刃が頬を切り裂く。

 それでも五条は冷静に無量空処の出力を上げて、領域効果で魔虚羅を封殺しようとする。

 白い無限の空間が影の領域を侵食していく。

 

 しかし魔虚羅は止まらない。

 星がスポットライトのように照らすステージ上を――五条目掛けて駆け抜ける。

 

 偶像(アイドル)の領域内で、魔虚羅は無量空処から守られている。

 領域に注力する五条に、雨あられと斬撃を浴びせる。

 

 そして遂に、五条の左腕が宙を舞った。

 鮮血が空中へと散る。

 

――だが腕を切り飛ばされた当の本人は、驚いたような、それでもどこか安心したような、複雑な顔をしている。

 

「――そうか。アイ、君はもう……」

 

 五条の呪力が収束する。

 実の所、彼は無量空処の維持と並行して、もう一つの『大技』の準備を着々と進めていた。

 蒼と赫。相反する力が無理矢理一点へ圧縮され、周囲の空間が軋む。

 魔虚羅の眼前に突き出された指先から、紫色の呪力が(ほとばし)る。

 

「虚式――『茈』」

 

 一直線に放たれた“虚無”が魔虚羅を飲み込んだ。

 魔虚羅の上半身が、ほどけるように消えていく。

 

 そして五条は詰みの一手を打つ。

 

「終わりだ」

 

 無量空処。出力最大。

 

 白い世界が流星のライブ会場を侵食する。

 ピンクに輝く花々は枯れ。

 星降る夜空の外殻が割れ。

 

 そして。

 

 パリン――。

 

 アイの領域が完全崩壊した。

 静寂が訪れ、五条は現実の森に帰還する。

――同時に演習場全域へブザーが鳴り響いた。

 

『――特級呪術師、五条悟の制限時間終了を確認。演習場から退去してください』

 

 機械音声が、淡々と告げる。

 

「おっと。ここまでか」

 

 8分経過の合図だった。

 五条は肩を回す。

 切断された左腕は反転術式によって既に再生を終えている。

 

 そして、倒れているアイを見下ろす。

 無量空処のダメージで意識はない。

 だが、生きている。

 

 五条はアイを一瞥した後、撤退のために背を向ける。

 その途中、彼は一度切り落とされた自分の左腕を見る。

 

「戦いで傷を負ったのはいつ以来かな」

 

 ほんの一瞬思考した。

 脳裏をよぎる天与呪縛の男。

 

「……考えるまでもないか」

 

 そして、振り返らないまま。

 眠るアイへ向けて呟いた。

 

「……危なかったよ。君があんまり強いもんだからさ」

 

 五条はもはや教師の顔をしていなかった。

 

「――熱くなり過ぎて、教え子の未来を断つところだった」

 

 それは好敵手を称賛する戦士の顔だった。

 

 

 五条が去った後、残されたのは、折れた木々と抉れた大地。

 特級同士の衝突の爆心地で眠る少女は、まだ終わっていない。

 

 

 アイの制限時間――残り3分40秒。

 

 

 

 

 

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