君は完璧で究極の式神   作:水際

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ここから過去編。
時系列はプロローグの前です。




1章 少女は影の深淵に、手を伸ばす
愛と先生


 

「なーんか最近調子づいてるからさ。一応言っとくけど。魔虚羅呼んじゃだめだよ?まだまだ弱いんだから」

 

 そう言ってニヤニヤと笑う男に、アイは消しゴムを思いっきり投げつけて――無限に阻まれた。

 

 

 

 2017年10月。東京都立呪術高等専門学校。二年生教室にて。

 

 

 

 昼下がりの教室に日の光が斜めに差し込んでいた。

 古びた机の天板に、窓枠の影が落ちている。

 その影を、星野アイの指先がなぞっていた。

 

「うわぁー。影触って落ち着いてるJK、初めて見たよ」

 

 前方から軽薄な声がする。

 目線をむけると、アイの師匠である五条悟が、教卓に腰を預けていた。

 アイは指を止めながら言う。

 

「わたしもそんな包帯顔に巻いてる先生は初めてみたかな」

 

 いつもの軽口の応酬だった。

 

 先日アイは調伏難度が高いとされている式神『貫牛(かんぎゅう)』を調伏した。この調子だとおそらくはあと1年もしないうちに、アイは十種影法術における技術を一通り体得する。

 

 そうなってくると必ず直面するであろう問題に、あらかじめ釘を刺すため、五条悟はアイを呼び出したのだった。

 

「(そんな柄じゃないんだけどな)」

 

 五条は自分の役回りのおかしさに内心で苦笑する。

 

 アイは改めてゆっくりと顔を上げると、紫がかった黒の瞳で、真意をさぐるように五条を見つめる。

 

「そもそも魔虚羅って呼び出せるのかな。わたし試したことないよ?」

 

「顕現させるだけなら難しくない。出せるよ、君ならね。――だから問題なんだ」

 

 アイは黙って聞いている。

 

「あれは間違いなく現代最強の式神だ。だけど、()()()()()()()ことを前提として存在を許されている規格外でもある」

 

 五条は指を二本立てながら、続けて言う。

 

「呼び出した瞬間、戦いが始まる。終わる条件は二つだけ。

――君が死ぬか、そいつを倒すか。そういうルールだ」

 

 アイは天井に視線をむけて、考えるように顎に手をあてる。

 そして、ぽつりと言った。

 

 「……倒せばいいんでしょ?」

 

 五条は軽くアイの頭をはたいた。

 アイは反撃で消しゴムを投げつけるも、再び無限に阻まれる。

 

「あー! さっきから大人げない!」

 

「君、自分がどれくらい危ないことしてるか、自覚薄いから。叩くくらいはしないとね」

 

 五条は苦笑しながらも、間を置かずに続ける。

 

「……江戸時代にさ。僕と同じ『六眼持ちの無下限呪術使い』が魔虚羅に殺されてる。――僕より弱いアイがそんな奴に勝てると思う?」

 

 その言葉には、珍しく一切の冗談がなかった。

 

「調伏自体も歴代で成功者ゼロ。全員失敗して死んでる」

 

 教室が一瞬、静寂に包まれる。

 外から小鳥の鳴き声がチュンチュンと、かすかに聞こえる。

 

「じゃあ、なんでそんなのがあるの?」

 

 アイの声は意外にも淡々としている。

 

「最悪、自分ごと全部終わらせるための『奥の手』だからだよ」

 

 五条は即答した。

 

「……ふーん」

 

 アイは再び影に視線を落とす。

 指先が、少しだけ影に沈み込み、中にいた白い玉犬を撫でる。

 

 五条もいい加減この少女とは長い付き合いだ。なんとなく考えていることがわかる。

――こいつ呼ぶ気だ。

 

「……ほんと、そういうとこだよね」

 

 半ば呆れたように笑う。

 

「いい? もう一回言うよ。絶・対・に・呼・び・出・す・な。」

 

 今度ははっきりと一語一語、区切るように言った。

 

「興味本位もダメ。追い詰められてもダメ。『それ以外の手段が全部潰れたとき』にだけ考えろ」

 

「全部ってどれくらい?」

 

「全部は全部だよ」

 

 五条は即答した。

 

「それでも迷うくらいでちょうどいい。自分で呼んだ式神に殺されるなんてのは3流がすることだ。君は違う。そうだろう?」

 

 アイは少しだけ考えたあと、肩をすくめた。

 

「……先生わかりましたー」

 

「ほんとに?」

 

「うん。今は出さない」

 

 あくまで()()

 その含みを、五条は聞き逃さない。

 

「将来は?」

 

「そのとき考えるー」

 

 アイは悪びれもせずに言ってかわいく舌を出す。迷いがない。

 

 五条は苦笑しながら教卓を離れる。

 

「まあ、そうだよね」

 

「じゃあ、まずできることから覚えなよ。影の簡易領域、まだ安定してないでしょ?」

 

「うーん。もうちょっとでコツを掴めそうなんだけどな。シン・陰流みたいにはいかないね」

 

 五条は扉へと向かいながら、こちらを見ずに言う。

 

()()()()の呪霊は生得領域を展開することも多いから、覚えて損はないよ。まぁ君ならできるんじゃない? やたら器用だしさ」

 

 

 ◇

 

 

 ちょっとトイレ行ってくるねーと言い残して。扉が閉まった。

 教室に静けさが戻り、アイは自分の影を見下ろす。

 自分の影の底の方で何かが待っているような気がしたのだ。

 

 

「……絶対に出すな…か」

 

 

 五条先生が心から自分の身を案じてくれているのは、アイにだってわかる。

 その気持ちを無下にはしたくなかった。

 だが、たった一人の肉親に疎まれて育ったアイは、未だに『呪霊に負けない強いわたし』にしか、価値を見出すことができないのだ。

 

 その価値を見失った時。果たして自分は眼前の力に、(すが)らずにいられるだろうか。

 

――やっぱり、わたしは嘘吐きだ。

 

 頬をかきながら、困ったようにアイは小さく呟いた。

 

 

 

 黒い玉犬が勝手に出てきて、咎めるようにアイの足首に噛みついた。

 

 

 

 







?「アイ!呼ぶなよ!絶対に呼ぶなよ!」

?「おにいちゃんちょっと過保護なんじゃない?」


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