君は完璧で究極の式神   作:水際

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新宿・京都百鬼夜行の後、新年あけてすぐくらいのできごと。





愛の領域1

 

 2018年1月 とある山中にて。

 

 

 

 張り詰めているような、早朝の空気。

 

 人気のない山奥。その場所は木々がまばらに伐採され、意図的に“戦場”として整えられていた。

 そして、その中央に星野アイは立っていた。

 

 アイは自分の影に視線を落とす。この先に自分の求める強さがあるのだろうか。

 心臓の鼓動が、わずかに速くなる。

 

 「(あーあ。馬鹿なことしちゃってるなぁ……)」

 

 アイはこの先の手順を確認しながらも、つい考えてしまう。

――彼女は最後にして最強の式神に挑まんとしていた。

 

 

 

 先日特級呪詛師、夏油傑が事件を起こし、この国に大きな被害を出した。

 それは未曾有の大規模呪術テロで、日没直後に新宿と京都にそれぞれ1000体もの呪霊が放たれた。

 

 かつては五条の旧友だったという彼は少なくとも2000体もの呪霊を生得術式『呪霊操術』をもってして統率し、各地を襲った。

 そして最終的に、彼は新たなる特級呪術師、乙骨憂太に敗れた。

 

 アイは京都に応援にむかい、現地の呪術師と共闘して防衛にあたった。

 彼女は呪霊が嫌いだ。ありふれた日常が、理不尽に壊されるのを見るのは腹が立つ。

 

 必死に戦い、アイの存在で救われた人も少なからずいたはずだった。

 しかし、アイの胸中にはずっと気がかりなことがあった。

 

「……夏油傑本人が京都に来てたら。きっとわたしは勝てなかったな」

 

 十種影法術は非常に優秀な術式だとされている。それはアイも知っていた。

 十種の式神を使い分けて、いろんなことを一人でこなせる。今回だって凄く周りに褒めてもらった。

 

――しかし2000体もの呪霊を操る呪詛師を前にして、全てが霞んでしまうように思えた。

 

 アイは『嘘つきで人間が嫌いな自分』が嫌いだった。

 人を守ることで生まれ変われると思っていた。

 しかし、今回非術師を皆殺しにしようとした夏油傑を相手取って、人間社会が守られたのは五条悟と乙骨憂太がいたからだ。

 そう考えていた。

 

「やっぱり今のままじゃいられないんだ。ごめんね。先生……。わたし……」

 

 アイは取り繕う演技が異常なほどに得意なので、普段は飄々としてみえる。

 だけどいざ死の淵に身を置くと、内心では怖くて怖くてたまらない。

 

 「(世の中の人もきっとみんな同じだ。それぞれ辛いものを抱えている。

 わたしはそんな人たちの背中を『推せる』人間に、生まれ変わりたい)」

 

――これは、そのための儀式だ。

 

 大きく深呼吸して、右腕に左拳を当てる。

 ほんの一瞬、呼吸を止めて。

 

 祓詞を唱える。

 風で長い髪が揺れる。

 

 

「ふるべ、ゆらゆら」

 

 

 その言葉を境に、世界が軋むように揺れた。

 玉犬たちが警戒するように、悲しむようにそれぞれ吠えている。

 影が膨張し、アイの背後の空気が歪む。

 

 そして――現れる白い繭。羽化するように広がる翼。

 開かれる両の腕。裂ける口元。

 

 八握剣異戒神将魔虚羅。

 

 巨体にして異形。頭上には法陣が浮かんでいる。

 

 その存在を認識した瞬間、アイは前方に飛びつくと即座に振り向く。

 思考は一気に加速する。

 調伏の算段は付いている。初見で仕留めるしかない。

 

 「(様子見や観察は無意味だ)」

 

 勝気な笑顔を浮かべて、アイは叫ぶ。

 

「来て!!」

 

 アイの言葉と同時に、魔虚羅が踏み込み右手から剣を伸ばす。

 

 その瞬間。

 遠方の山頂で待機させていた式神『貫牛』が、解き放たれる。

 距離は十分で、助走もめいっぱいだった。

 牡牛が加速に加速を重ねて、稲妻のように魔虚羅を目指してひた走る。

 

 魔虚羅が反応するより早く、貫牛の角が肩のあたりに命中し、

 そのまま、数百メートルを轟音と共に抉りながら突き抜ける。

 

 貫牛は木々を薙ぎ倒し、進路上のすべてを破壊しながら――ようやく停止した。

 牡牛が影に溶けるように消える。 

 静寂の中、土煙がゆっくりと沈んでいく。

 

 アイは上に羽織っていたパーカーの襟元を持ち上げて、鼻先を土煙からかばう。

 

 勝ちを確信するには十分な威力だったが、わきに控える玉犬たちが依然として前方を警戒して喉を鳴らしている。

 つまりそういうことなのだろう。アイは小さく息を呑む。

 

“音”がした。

 

 

――ガコン

 

 

 瞬きを数度する間に、瓦礫の中から白い巨体が立ち上がる。

 抉れたはずの胴体が、逆再生のように修復されていく。

 

 理解はしている。理屈も知っている。

 だが、実際に目の当たりにすると内臓がすくみ上がるようだった。

 

 魔虚羅が動き出し、一直線にアイへと距離を詰めてくる。

 アイは影の上を滑るように後退しながら、額を伝う汗を拭った。

 呼吸が浅い。心臓がうるさいほど脈打っている。

 目の前にいるのは、自分が呼び出したはずの式神。

 なのに、まるで世界から「お前では勝てない」と宣告されているようだった。

 

 動揺しながらも、アイは手影絵を結び、次の手を講じる。

 時間をかければかけるほど、彼女の手札は意味を失っていく。それを理解していた。

 

「――鵺」

 

 上空に、巨鳥が顕現する。

 

 今のアイには単発火力で魔虚羅を一撃で祓える札がない。

 あの初撃が通じなかった相手に、まともに勝てる未来は見えなかった。

 

「(……このまま逃げちゃおうかな)」

 

 ふと。そんな弱音が、胸の奥から浮かび上がる。

 影を伝って、この場から消えること自体はできる。高専へ戻って、五条に泣きついてしまえばいい。「無理だった」と笑えばいい。

 そうすればきっと、あの教師は呆れながらも助けてくれる。

 夜蛾だって、本気で責めたりはしないだろう。別に、誰も自分にここまで求めてはいない。

 

 

―――――でも、そんなのは絶対嫌だ。

 

 

 ここで背を向けたら。きっと、自分が自分を許せなくなる。

 

「『呪術師に悔いのない死などない』か。でもあんまり早いと怒られちゃうからな」

 

 目頭が熱くなるのをグッと堪えて、アイは笑顔で魔虚羅に対峙する。

 

――自分を信じられなくなったらそこまでにしよう。その時までは必死に生きよう。

 

 アイは大きく深呼吸して、震える膝を無理やり止めた。

 

 

 

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