君は完璧で究極の式神 作:水際
タイトル回収
その山は、もはや山の形をしていなかった。
斜面は大きく抉れ、樹木は根こそぎ薙ぎ倒され、中央には巨大なクレーターが口を開けている。
地図と照らし合わせても、元の地形を判別できないほどだった。
そんな崩壊しきった大地で、星野アイは横たわっていた。
彼女の呼吸は、浅いが安定している。
「……流石にやりすぎでしょ、ほんとに」
状況にそぐわない軽い声が、上空から落ちてくる。
白い髪、黒い眼帯――五条悟が、焼け焦げた地面の上に降り立つ。
彼は周囲を一瞥し、わずかに口角を上げる。
「(山ひとつ潰して、しかも相手はあの
五条は状況を整理する。
ひと呼吸を置いた後に視線をアイに戻すと、五条悟だけが持つ異能の瞳、『六眼』が彼女の呪力の流れを精密に捉える。
若干の違和感があるものの、術式自体に変化はなかった。だが、五条にだけわかることがあった。
――呪力の『質』が変わっている。
まるで、何かが混ざって『噛み合ってしまった』かのように、以前のアイの呪力とは様子が異なる。
「……へえ」
五条は一歩、アイに近づく。
玉犬たちは未だ激戦の余韻で気が立っているのか、顔見知りの五条にも軽く喉を鳴らして威嚇をする。だが別に彼は気にしない。
「安心しなよ、取って食ったりしないって。……ていうかさ。もう、そっちも
冗談めかしながらもしゃがみ込み、アイの額に軽く手を当てて、さらに深く観察する。
「(魔虚羅は……完全に従属してるのか…?調伏に成功している。何をした……?)」
六眼をもってしても、そこへ至る過程が見えない。
ただ、“ありえない結果”だけが現実として残っていた。
そのとき、ゆっくりと、アイのまぶたが開く。焦点の合わない視線が空を彷徨い、やがて五条の顔を捉えた。
「……ん。……先生?」
「おはよ。寝起きで悪いけどさ。これってどういうこと?」
周囲を指で示す。アイは数秒遅れて現状を認識し、視線を巡らせた。
崩壊した地形。抉れた山。
そして――自分の影。
「……えと、勝った、のかな」
呟きは、どこか他人事のようだった。
経緯をだいたい理解した五条は、一瞬だけ間を置いてから、大げさにため息をつく。
「――ったく。無茶しすぎ。あれほど“呼び出すな”って言ったのに」
声音は軽いが、言葉には明確な叱責が乗っている。
「死んでてもおかしくなかったよ? というかなんで生きてるのかが不思議だよ」
アイは五条をまっすぐ見つめて、ぽつりと言う。
「……力がないのは嫌。いくら呪いが見えたって、何もできない」
その言葉に、五条は眼帯の奥で眉をひそめる。
「それで山を消しましたって?」
「……だめだったよね?」
「勿論。だめに決まってるでしょ」
即答だった。だが次の瞬間、心底嬉しそうに五条の口元が緩む。
「――でもさ、最高だ」
はっきりとした声音で、そう言い切る。
「君、やっぱりイカれてるよ。いずれここまで来るとは思ってたけど、想像よりずっと刺激的だ」
五条は立ち上がると、改めて周囲を見渡す。
「総監部は確実に騒ぐ。ていうかもう騒いでるはず。今回の件を受けて、これで特級に上げないなら、逆に何したら特級なんだって話だよ」
「……特級」
アイはその言葉の意味を反芻する。実感は薄い。ただ、どこか遠くの出来事のように聞こえる。
「危険人物扱いもセットでね。まあ秘匿死刑にされない程度には守ってあげるよ」
五条はへらへら笑いながら、肩をすくめる。
「“山を消した女子高生”なんて、どう考えても放置できないでしょ」
その軽口に、アイは小さく息を吐いた。少しだけ、笑ったようにも見える。
「……怒られるよね、これ」
「めちゃくちゃ怒られる。学長に」
間髪入れずに言う。
「地図書き直しレベルだからね。たぶんいろんな人が泣く。大迷惑だ。反省しなよ?」
五条は手を差し出す。
「ほら、立てる?」
アイはその手を取り、ようやく自分の足で立つ。まだふらつくが、意識ははっきりしている。
五条はいつもの調子で言う。
「帰ろっか。説教タイムが待ってるよ」
「やだなぁ、それ」
「安心して。僕も一緒に怒られてあげるよ!」
「なんにも安心できないやつだよ。どうせ一人だけ逃げるんだから……」
短いやり取りのあと、二人は崩壊した山を背に歩き出す。
その背後で、黒い水面のような影がわずかに波打った。
弱点なんて見当たらない、完璧で究極の式神は、遂に主を選ぶ。
呪いの雷雲は風に流され、空には青が広がっていた。
――もう、アイの視界を遮るものは何もない。
2026/04/27/13:00
日間ランキング30位
ルーキー日間2位
評価頂いた方に心より感謝申し上げます。
花粉症もおかげさまで治まってきました。やったぜ。
ありがとうございます。
そして
ありがとうございます。