君は完璧で究極の式神   作:水際

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愛とぬいぐるみ

 

 東京都立呪術高等専門学校。学長室にて。

 

 

 

 正座で反省させられていたアイは、逃げるように出て行った五条悟の背中を恨めしく見ていた。

 眼前には肩幅が広く、威圧感のある壮年の男性が膝にぬいぐるみを乗せて座っている。

 ひととおりの小言を言った後も、未だ感情が沈まらない彼、夜蛾正道は腕を組み、低く息を吐く。

 

「被害規模を鑑みれば、人的被害がなかったのは奇跡だ。周辺に民家があればどうなっていた」

 

「ちゃんと人いないとこ選んだし…」

 

「……」

 

「……ごめんなさい」

 

 短い沈黙。夜蛾はしばらくアイを見下ろし、それから視線を外す。

 見た目からは想像もつかないほど理知的な彼は、新たに生じた『別の問題』にも頭を悩ませていた。

――アイの特級認定だ。

 

「……特級は単なる称号ではない。世界の脅威になりうる術師を管理するための枠組みだ」

 

 夜蛾の声は静かだが、重い。

 

「総監部はお前を“災害”の一種と認識したわけだ。……はぁ。ガッデム!!」

 

 急な大声に、アイはびくりと震える。

 

 実はアイが施設を出るにあたっては、未成年であるアイを監督する身元引受人が必要だった。

 母方の親戚筋であった禪院扇がそれを拒否したため、呪術高専学長の夜蛾正道はアイの書類上の保護者となっていた。

 

 夜蛾は眉間をもみほぐしながら言う。

 

「アイ、お前はまだ十七だ」

 

「……うん? それが関係あるの?」

 

「大いに、ある!」

 

 夜蛾は食い気味に言った。

 サングラスの奥の鋭い眼光がアイを射抜く。

 

「形式上だが、俺はお前の保護者だ。お前の行動を見届ける責任がある」

 

 間髪入れずに言う。

 

「だが! それ以上にだ。ひとりの大人として、子供のお前を案じている。呪術師に悔いのない死などないが、安易に命を投げうつような真似はこれっきりにしろ。忘れるな」

 

 その言葉は、静かに落ちた。

 夜蛾は言いたいことは言い尽くしたのか、アイに背中を向けてぬいぐるみ製作を再開した。

 

 夜蛾は、顔立ちが厳つく、彫りの深い輪郭に加え、常に険しい表情をしていることが多い。

 しかし、近寄りがたい見た目をしている割に、決して無情な人間ではないのだ。

 

 その彼に大いに迷惑をかけてしまっている現状に、アイはお得意の演技ではなく本心から反省した。

 

 

 

 

――それはそれとして、アイにはこの『寡黙で厳格な保護者』にひとつ頼みごとがあった。

 アイは立ち上がって、夜蛾のぬいぐるみ製作を後ろからそっと覗き込む。

 

「……正道さん。お願いがあるんだけどさ。それ、わたしにもできるかな?」

 

 夜蛾の眉が、わずかに動く。

 

「……なぜだ」

 

「えっと、友達にプレゼントを作りたいんだ。正道さんのぬいぐるみ結構評判いいしさ。……ダメかな?」

 

 アイは夜蛾の手元をのぞき込みながら、探るように言った。

 

 呪術の世界に身を置いて、アイにも大切な人ができた。

 こんな自分に良くしてくれた人たちに、何か贈り物ができたらいいなとアイは思った。

 

 夜蛾はしばらく黙っていた。

 その意図を測るように、じっとアイの様子を伺う。

 

――アイは首を傾け、上目遣いで夜蛾を見つめていた。

 

 「(この小娘のこういうしぐさがトラブルの原因なのではないだろうか)」

 

 夜蛾は呆れたようにため息をつきながら考え――やがて小さく頷いた。

 

「全部は不可能だ。簡単なら誰でもやっているだろう。だが、一部でよければ仕組みを教えてやる。片手間で扱えるものではないぞ」

 

 言外に半端な気持ちなら付き合わんぞ、と匂わせながら、夜蛾はアイの頼みを聞いた。

 

「ほんとに! 正道さんありがとう!」

 

 12歳からアイを見守ってきた夜蛾にも覚えがないくらい、その返事は素直だった。

 

 

――数日後。

 

 夜蛾の工房の机の上には、デフォルメされた小さなウサギのぬいぐるみがあった。

 それは夜蛾の傀儡操術によって作り上げられた未完成の“依り代”。

 

 夜蛾が腕を組んで見守る中、アイは不器用な手つきでそれに手を添える。

 

「さて、今回の場合、見た目はさほど重要ではない。重要なのは“核”だ」

 

 

 アイは少しだけ唇を尖らせて、意識を集中する。

 やがて、影が依り代にむかって伸びる。

 

「……脱兎」

 

 小さなウサギが、机の上にぽん、と現れる。

 アイはそれを両手で包んで持ち上げると、そっと依り代に重ねる。

 

「待て。融合は慎重に――」

 

 夜蛾の制止より一瞬早く、アイの手が動く。

 アイの膨大な(バカ)呪力と共に脱兎が染み込むようにぬいぐるみに重なっていき、内部で()()が繋がる感覚があった。

 

 わずかな静寂。

 そして――

 

――ぴくり、と。白いウサギのぬいぐるみが、小さく耳を動かした。

 

「……できた」

 

 アイが呟く。

 キーホルダーサイズの小さな小さなウサギのぬいぐるみをアイは掌の上に乗せる。

 それはぴょこん、と跳ねて、アイの指にしがみついた。

 

「……おお」

 

 夜蛾が低く声を漏らす。

 

「予定通り、式神『脱兎』の分霊を、傀儡として定着させたか……」

 

 ウサギはちょこんと座り、こちらを見上げている。

 

「……機能的なことは、今後も研究と改良が必要だろう。だが、見る限り明確なメリットがひとつある」

 

「え、見ただけでわかるの?」

 

「俺を誰だと思ってるんだ」

 

――窓の向こうでは、パンダがのしのしと歩いていた。

 

 夜蛾はサングラスをずらして、ウサギを至近距離で凝視する。

 

「このウサギは遠距離でもおまえの術式の起点として機能する可能性が高い。

――つまり、おまえはこのウサギの持ち主を、例え離れていても守ってやることができるかもしれん」

 

 うまく使えよ。

 

 そう言って、夜蛾はダンディに笑ってアイの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

 思いがけない大成功に、アイは満面の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 





きまぐれうさぎちゃんシリーズ1号
『ハッピー』

・夜蛾正道、星野アイの合作。(9割夜蛾)

・背中にキーチェーンがついた小さな白兎のぬいぐるみ。(腰やバックにつけるとかわいい)

・所有者に危機が迫ると、キュッキュッと鳴いてアイに知らせる。

・アイの気まぐれで生まれ、五条悟に日ごろのお礼として贈られた。

・好奇心旺盛で目を離すといなくなるので、所有者を困らせる。

・シリーズ2号の黒兎『タリス』は七海建人に贈られた。3号『ディープ』は……。

≪能力≫影ウサギの回廊(シャドウゲート)

・所有者の影とアイの影をリンクさせ、道を作る。通過できるのは中型の式神まで。

≪補足≫
・うさぎちゃんシリーズの核は『アイの他者への感情』『脱兎の分霊』『莫大な呪力』で構成される。

・ハッピーはアイの『感謝』を司る。

・3体のうさぎちゃんシリーズはどれだけ離れていても互いの魂を観測し、補完する。


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