君は完璧で究極の式神   作:水際

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愛と純愛1

 

「――おいで、リカ。――全部だ」

 乙骨憂太は左手薬指に指輪をはめた。

 

「――いかいしんしょう。()()()

 星野アイは祓詞を唱えた。

 

 

 

 2018年3月。

 東京都立呪術高等専門学校。夕暮れのグラウンドにて。

 

 

 

 

 訓練用の結界が張られ、その外側では一部の生徒と教師が距離を取って見守っていた。

 グラウンドの地面には、過去の訓練で穿たれた無数の痕跡がある。

 そこに、二人の()()()()()が向かい合うように立っていた。

 

 片側には、白いセーラー服の少女――星野アイ。

 反対側には、指輪へ手を添えた少年――乙骨憂太。

 

 二人の間に流れる空気は、不思議なほどに穏やかで、互いに笑みすら浮かべていた。

――しかし、呪力を視認できる者が客観的にみると、この状況はさながら荒れ狂う2つの巨大な台風のぶつかり合いだった。

 

 乙骨の背後には渦巻く黒い奔流のような呪力。

 背筋が凍るような異形の造形。

 完全顕現(かんぜんけんげん)――リカ。

 

 そしてアイの背後には空間そのものが軋むような圧迫感。

 おぞましさと神々しさが一体になったような白き巨人。

 八握剣異戒神将魔虚羅(やつかのつるぎいかいしんしょうまこら)

 

 禪院真希が、開始の合図を出す。

 しかし乙骨とアイは、出方を探るように、互いから視線を外さない。

 

 一拍の後。

 それぞれの背後に控えていたリカと魔虚羅が同時に踏み込んだ。

 轟音が響き、衝撃波が結界を揺らす。

 二体の怪物が真正面から激突する。

 

 リカの腕が魔虚羅の胴を殴り抜き、魔虚羅が迎撃の拳をリカの頭上から振り下ろす。

 式神たちの拳によるラッシュの応酬は凄まじく、衝撃だけでグラウンドの土が吹き飛び、コンクリートがひび割れていく。

 

 そして、主人たる乙骨とアイも動き出していた。

 

 アイが手影絵を組み、式神を呼び出す。

 

 「角ウサギ(ジャッカロープ)

 現れたのは、耳の前に鹿のような角を生やした、白ウサギだった。

 それはふわりと跳ねると、そのままアイの肩へ乗る。

 

「……初めて見ますね」

 

 乙骨は所見の式神に警戒を強めていた。

 

 アイは少し得意げに笑う。

 

「最近作ったオリジナル拡張術式だよ。かわいいでしょー」

 

 角ウサギは耳をぴくぴく動かしながら、淡い光を放っている。

 

 乙骨はまずは小手調べとばかりに、口元に特徴的な文様を出すと、

 

「――眠れ」

 

 呪言を唱えた。

 

 まるで空気が震えるように、言霊が、アイへと叩きつけられる。

 しかし、角ウサギの角が発光すると、柔らかな反転術式のフィールドがアイを包み、呪言を中和していく。

 

「……っ」

 

 乙骨が軽く目を見開く。

 

 正直防がれるだろうと乙骨は考えていた。だが、中和という手段は予想外で、観察のため一瞬動きが鈍る。

 アイはその隙に、自分の影へ片手を添えると、まるで液体のように、乙骨に向かって影が走った。

 

 黒い波紋が乙骨の足元へ殺到し、その身体を沈めようと下半身に絡みつく。

 乙骨は即座に後方へ飛ぶと――

――()()()()()()

 

「――鵺!」

 

 乙骨の影から黒い翼を持つ巨鳥が飛び出した。

 

 同時に、鵺は乙骨の背後に回ると、爪で服を掴んで空中へ飛翔する。

 

「ははっ! 凄い! 盛り上がってきたね!」

 

 アイが感心したように言う。

 そして、次の瞬間。

 アイの背中からも、巨大な黒い翼が展開した。

 

 アイは鵺の翼だけを部分顕現していた。

 黒い翼を羽ばたかせ、アイは一直線に乙骨へ迫る。

 

 そして充分距離を詰めたところで、指先に雷光が収束する。

 

「――ちょっとしびれるかもよ!」

 

 二人の間に閃光が走り、雷撃が糸をたどるように空を裂き、乙骨に迫る。

 

 乙骨は身体を捻って直撃を避けるも、頬を雷が掠め、空中でバランスが崩れる。

――そのタイミングで、真下から何かが伸びてきた。

 

「え」

 

 それは蝦蟇の舌だった。

 地面の影から伸びたそれが、乙骨の足首へ巻き付くと、強引に引き寄せられる。

 

「……ぐうっ――!」

 

 乙骨は空中から地面へ、轟音と共に叩きつけられ、うめき声をあげる。

 土煙が上がるその場所へ、一対の低い唸り声が迫っていく。

 

 それはアイが最も重用する式神『玉犬』。

 黒と白、二匹の式神が牙を剥いて、乙骨に攻めかかる。

 乙骨は体勢を立て直すと即座に刀を構え、呪力を高める。

 すると、乙骨の全身から莫大な呪力が爆発的に立ち上った。

 

 通常の近接タイプの術師は攻撃(インパクト)の瞬間に接触箇所に呪力を込めたり、防御の際に被弾箇所に呪力を集中させたりといった呪力操作を用いる。

 

――しかし乙骨憂太にそのセオリーは当てはまらない。

 

 全身に莫大な呪力を纏って防御し、同じく全身に莫大な呪力を纏って攻撃する。

 常識破りの特別な呪力総量、それが乙骨の強さだった。

 

 乙骨が震脚の要領で地面に足を叩きつける。

 すると衝撃波が発生し、玉犬たちの突進がわずかに鈍る。

 

 乙骨はその隙を逃さずに駆け出すと、人間離れした加速で玉犬『白』の懐へ入り込み、刀の腹で横殴りに弾き飛ばす。

 玉犬『白』が唸りながら着地するより早く、今度は玉犬『黒』の爪が乙骨の首筋に迫る。

 

 乙骨は頭をそらして、紙一重で回避すると、逆袈裟に刀を斬り上げた。

 するとその太刀筋を、玉犬『黒』は牙で受け止め、火花のように呪力が散る。

 

 そこへ復帰した玉犬『白』が乙骨にむかっていく。

 一進一退の攻防が繰り広げられていたが、徐々に戦いの天秤が傾いていく。

 

――アイの玉犬は決して弱くない。

 むしろ、状況によっては単独で特級呪霊とも渡り合える規格外の式神だった。

 

 しかし乙骨は、その二匹を相手に接近戦を挑み、正確無比な剣撃で一方的な戦いを押し付けていた。

 乙骨の強みは圧倒的な呪力量による身体強化。

 そして、実戦での経験で裏打ちされた堅実な剣技。

 

 勢いのままに、玉犬『黒』の噛みつきを柄で受け流し、玉犬『白』の側頭部へ蹴りを叩き込む。

 玉犬『白』は「きゃん」と小さく鳴きながら吹き飛んだ。

 

「あ、ごめんね」

 

 乙骨もつられてつい謝ってしまう。

 

 その時。

 呪力の爆発的な高まりを感じ、乙骨は咄嗟に上を見る。

 空中では巨大な黒翼を広げたアイが、乙骨へ指先を向けていた。

 アイの紫がかった黒い瞳が細められる。

 

「随分と調子よさそうだねぇ。……大きいの。いくよ?」

 

 轟音とともに雷撃が天から振り下ろされた。

 乙骨は即座に影へ手を伸ばす。

 

「鵺!」

 

 巨鳥が顕現する。

 

 鵺は、自ら盾になるように乙骨の前へ飛び出し、翼を開いて受け止める体制をとる。

 そこへ雷撃が直撃した。

 甲高い音があたりに響きわたると、鵺の羽毛が焼け散り、逸らされた電流が大地を這う。

 乙骨は衝撃で吹き飛ばされ、鵺は解けるように影へと消えた。

 

「痛っ……!」

 

 呼吸を整える間もあけずに、乙骨は着地後すぐに目線を空に向けると、手影絵を組む。

 

「大蛇!」

 

 乙骨の影が背後へと伸びると、そこから白い巨蛇が飛び出す。

 そして、顎を大きく開くと、そのまま空中のアイへ襲いかかった。

 

 しかしアイは笑った。

 

「わたしもその使い方好きだよ。だけど――」

 

 グラウンドに落ちた校舎の影が波打つ。

 

「大蛇」

 

 その影からもう一体巨大な白蛇が出現した。 

 二匹の大蛇が空中で激突する。

 牙と牙がぶつかる音が響く。

 だが、一拍の後、アイの大蛇が側面から乙骨の大蛇の首元に噛みついた。

 そしてそのまま無理やり地面へ叩き落とす。

 乙骨の大蛇は地面に吸い込まれるように消えた。

 

「(やっぱり練度が桁違いだ。……流石だなぁアイさんは)」

 

 乙骨が不利を悟り、距離を取ろうとした瞬間。

 地面の影が再び膨れ上がった。

 そこから這い出す圧倒的な質量。

 

「満象」

 

 澄んだ声と共に現れた巨大な象が鼻を持ち上げると、

 高圧縮された水流が砲撃のように放たれた。

 

「っ!!」

 

 乙骨は刀を構え、全身の呪力を高める。

 刹那、水流が乙骨に正面から直撃した。

 濁流が川岸を削るようなガリガリという轟音がグラウンドに響く。

 乙骨は呪力防御で水圧に耐えていた。

 

――だが。

 

「ぐっ……!」

 

 巨大なダンプカーに連続で轢かれているような圧力に、乙骨の身体が周囲の地面ごと結界の端まで押し流される。

 ようやく水流が止まった時、乙骨は全身ずぶ濡れのまま膝をついていた。

 その息はすでに荒い。

 

「……はぁ……っ」

 

 しかし、乙骨はまだ底を見せていなかった。不敵な笑みを浮かべて立ち上がろうとする。

 

――その時だった。

 

「ゆうううたああああァァ、ごめんなさああいいイイ!!」

 リカの悲鳴があたりに響き、乙骨の顔色が変わる。

 

 振り向くとそこでは――

 魔虚羅がその巨体でリカを完全に制圧していた。

 法陣はすでに幾度か回転しており、何らかの適応を終えている。

 魔虚羅の背からは新たに二本の腕が生えていた。

 合計4本の腕のそれぞれに白い槍を構え、

 リカの両肩、胸部、腹部を貫いている。

 

 リカは地面へ縫い付けるように拘束されていた。

 

「リカ……!」

 

 乙骨が駆け出そうとするも、魔虚羅がゆっくりと彼へ顔を向ける。

 そして包囲するように、周囲を玉犬たちが固める。

 上空からはアイが油断のならない後輩を見下ろしていた。

 

 乙骨は素早く目線を動かしあたりを見渡す――そして。

 

「……降参です。アイさん」

 

 乙骨は静かに言って両手を上げる。

 その声を聞いて、アイは空中からゆっくり降りてくる。

 翼が影へ沈んで消えた。

 

「――うん。おわりにしようか」

 

 アイは軽く伸びをすると、魔虚羅へ視線を向ける。

 

「ありがと。もういいよー」

 

 すると槍が霧散し、魔虚羅は静かに影へ沈んでいった。

 解放されたリカがうるうるした目で乙骨へ飛びつく。

 

「ゆうたあああアアア!!」

 

「うわっ」

 

 倒れこむ乙骨の顔を覗き込みながら、アイは首を傾げる。

 

「憂太君。なかなか様になってたけど、わたしに十種(とくさ)で挑んだのは流石に失敗だったんじゃない? もっといろいろできたでしょ?」

 

 アイは心底不思議に思い尋ねた。乙骨は苦笑する。

 

「時間制限がありますから。アイさんの術式は対応力が断トツですし、ちゃんと練習しときたかったんですよ」

 

 とはいえ勝負は勝負。必要とあらば勝つために手段を選ばないつもりだったが、あの式神(魔虚羅)に勝つ算段は付いていなかった。

 

「まぁ、それなら納得かな。すごかったでしょ!」

 

 素直なアイに乙骨は自然と口角が上がった。

 

 結界が解かれ、二人は真っ赤な夕焼けを全身で感じながら、まるで世間話をするようにグラウンドを後にする。

 そこへ模擬戦の監督役をしていた2年生担任――日下部篤也が声をかけた。

 

 

 

 

「やり過ぎだ馬鹿ああああ!! 怪獣大戦争かコラああああ!!」

 ――彼は心労で憔悴しきっていた。

 

 

 

 

 

 






画面外ではリカと魔虚羅が派手にインファイトしてました。

リカ「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーッ!!」

魔虚羅「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーッ!!」

日下部「ひぇー」



アイは白を蹴られて内心ちょっとピキった。


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