流れるままに   作:小粒でピリリ

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雨の日の縁側好き


ささやかな楽しみ

 今日は昨日の快晴から一転雨の日だった。なので畑のお手伝いはお休み。朝から雨音を聴きながら今日の予定をぼんやり考える。雨粒の感触を楽しみながらの散歩もいいし、家から出ないでベッドと1日を共にするのもいい。でも折角なら雨の日ならではの楽しみ方何かないかな。…そうだ、ウッドデッキに行こう。

 

 二階の自分の部屋からブランケットを掴んで出て、一階のリビングに向かう。ウッドデッキに続く大窓があるのだ。リビングでは母さんがテーブルでタブンネのマロウことマロちゃんとティータイムを楽しんでいた。

 

「おはようサンショ。今日は雨だから畑仕事はお休みよ」

 

「ぶん♪」

 

「おはよう母さん、マロちゃん。なら今日はウッドデッキでゆっくりするよ」

 

「わかったわ。身体冷やさないように気をつけるのよ?お昼あたりにちょっと出かけてくるからマロちゃんとお留守番よろしく。マロちゃんもサンショのことお願いね」

 

「ぶんぶ」

 

 マロちゃんは任せろと言うふうにドンと胸を叩いた。頼もしい限りである。マロちゃんは僕が生まれる前から母さんの手持ちで、僕にとってはお姉ちゃんだ。

 

「わかってるよ。それじゃデッキにいるから何かあったら呼んでね」

 

 そう言って窓を開けてウッドデッキに出る。母さんの趣味で色とりどりの花や装飾品で整えられた庭が一望できるここにはウッドテーブルと揺り椅子が置かれていてその一つに腰掛けブランケットを羽織る。屋根に当たる雨粒の音しか聞こえない空間は静かで少し冷えていた。

 

「ぶんちょ」

 

 横から声がしてウッドテーブルに湯気の立つカップが置かれる。マロちゃんがお茶を淹れてくれたらしい。

 

「ありがとうマロちゃん。思ってたより冷えてたから助かるよ」

 

 カップを手に取り口をつける。中身はミルクティだった。甘さも控えめで僕の好みを完璧に把握してくれてる。ほっと一息ついたところで胸に温かい感触が触れる。マロちゃんの触覚だ。ヒヤリングポケモンのタブンネは耳の触覚で相手の気持ちを把握することができると母さんに昔教えてもらった。だから彼女らは相手の気持ちに寄り添ってあげられる心優しいポケモンだと。

 マロちゃんは特に落ち着いた気持ちを感じることが好きなようで、僕がお昼寝してる時や日向ぼっこしてる時、なんなら湯船を満喫してる時にすら突撃してきて触覚タッチをしてくることもある。どうやら僕がどんな時に安らぎを感じているかを学習してるらしい。でも想定していた気持ちと違う気持ちを読み取ると不満げな顔をする。そりゃいきなり浴室の扉が開け放たれたら誰だって驚くよ。

 

 

「んふふ、聞こえてる?マロちゃんの淹れてくれたミルクティのおかげでリラックス出来てるよ〜」

 

「ぶんね!」

 

 マロちゃんは安らぎの音を聞けて嬉しそうだ。僕はカップをテーブルに置いて、手招きをする。

 

「マロちゃんも一緒にゆっくりしよう?これ大きいから二人で入れると思うし」

 

「ぶんぶん♪」

 

 マロちゃんが入れるように少し横にずれて、招き入れる。入れたのを確認してからブランケットを掛け直す。横から抱きつくとふわふわふかふかの高級クッションのようだ。

 

「僕もマロちゃんの気持ちが読めるんだ〜。マロちゃんも僕と同じようにリラックスしてるでしょ〜」

 

「ぶんねぇ」

 

 さあどうでしょうみたいなジェスチャーをしているが、ニコニコ笑顔なのが隠せてないよ。僕も嬉しさが顔に出てる自覚はあるけど。

 

「マロちゃんはあったかくてふわふわだねぇ。いつもありがとうお姉ちゃん」

 

 ざぁざぁと一定のリズムで耳朶に届く雨の音。カップからたち昇るミルクティの優しく甘い香り。隣で感じるふわふわの肌触りと心地よい暖かさ。眠気を誘うには十分だった。首がこっくりこっくりと船を漕ぎ始め、睡魔が瞼を引き摺り下ろそうと進行を始めた。僕の眠気を読み取ったマロちゃんは睡魔の撃退に力を貸してくれるのかと思いきや睡魔との共闘を選んで攻勢に出た。まるで赤子をあやす様にお腹を一定間隔でポンポンしてくるのだ。睡魔はてだすけを受けて攻勢を強め、まぶたという砦はあっという間に陥落してしまった。

 

 

___________

 

「サンショ〜、マロちゃ〜ん。ちょっと出かけてくるわね〜…ってあら?」

 

「ぶん?」

 

 サンショの母が声をかけにきた時、サンショは揺り椅子の中でマロウに撫でられながらスヤスヤと寝息を立てていた。

 

「あらまぁ寝ちゃってるわ。こんな寒い場所でよく寝れるわねぇ」

 

「ぶぶんね!」

 

「マロちゃんが一緒なら大丈夫でしょうし、任せるわね」

 

「ぶんぶ〜」

 

 マロウは行ってらっしゃいと手を振る。もう片方の手は変わらずサンショを撫でていた。よろしくお姉ちゃんと声をかけ母は家を後にした。

 マロウはサンショを起こさない様にゆっくりと揺り椅子からおりて、ブランケットを肩まで掛け直す。しっかり覆えていることを確認してテーブルのカップを片付ける。少し離れるが、マロウの耳であれば異変があればすぐに気づけるので問題ない。洗い物を終わらせると、次は起きた時用の飲み物の準備を始める。サンショにはエネココア、自分用にはハネッコーヒーをすぐ淹れられる様に用意しておく。弟の好みはバッチリ把握しているマロウだった。

 

 作業をしていると、家のインターホンが鳴った。画面に映るのはサンショと同じ年頃の女の子、ユウリだ。マロウは隣に引っ越してきた家族の事を聴いていたのでユウリが新しい隣人である事を知っていた。なので対応する為に玄関の扉を開けた。扉の先にはカラフルなシャワードット柄の傘を広げたユウリが立っていた。

 

「あっ、こんにちは!昨日隣に引っ越してきたユウリです!サンショ君に用事があるんだけどいるかな?」

 

「ぶんちょ?ねんね」

 

 マロウは両手を合わせて片頬に当てる。寝てるジェスチャーだ。

 

「お昼寝中?サンショ君って寝るのがほんと好きなんだねぇ」

 

「ぶんぶん」

 

 マロウもユウリの言葉にうんうんと頷く。

 

「それじゃあお昼寝の邪魔するのも悪いし今日は出直そうかな。サンショ君によろしくね」

 

 そう言って踵を返すユウリの服をマロウが掴んで引く。グイグイと家の方へ引っ張る力強さに驚きつつもユウリはマロウの意図を察する。

 

「お邪魔していいの?」

 

「ぶん♪」

 

「それじゃあお言葉に甘えようかな。お邪魔しま〜す」

 

 マロウに案内されるまま家へ入ると、外の雨音が少し遠くなった。木の香りのする玄関には小さな長靴が並んでいて、その横には泥のついたスコップやじょうろが置かれている。畑仕事の道具のようだ。

 

「わぁ……なんだか落ち着くお家だね」

 

「ぶん♪」

 

 マロウはどこか誇らしげに胸を張ると、ぱたぱたと廊下を進んでいく。ユウリも慌てて後を追った。

 

 リビングへ入ると、まず大きな窓が目に入った。窓の向こうでは雨に濡れた庭の花々がしっとりと揺れている。その奥にあるウッドデッキの揺り椅子では、ブランケットに包まったサンショがすぅすぅと寝息を立てていた。

 

「ほんとに寝てる……」

 

 昨日あんなに寝たのにまた寝られるのは最早才能かもしれない。マロウはそんなサンショを見て満足げに頷くと、ユウリをキッチンカウンターに案内してからキッチンへ向かい、カップを二つ取り出し始めた。

 

「わたしの分もいいの?」

 

「ぶん!」

 

「ありがとう!」

 

 ユウリはカウンター用の少し高さのある椅子に登って座る。その間もユウリの視線は何度もウッドデッキへ向いてしまう。サンショは本当に気持ちよさそうに眠っていた。

 時折吹く風に合わせて揺り椅子がきぃ…きぃ…と静かに揺れる。ブランケットの隙間から覗く髪も、雨音に合わせて微かに揺れている。サンショの寝顔を見ていると体から自然と力みが抜けていくような、まさしくリラックスしていると思うユウリだった、

 

「……なんだか落ち着くなぁ」

 

「ぶんねぇ」

 

 マロウも同意するように笑う。

 やがて湯気の立つカップがテーブルへ置かれた。中身はほんのり甘い香りのするモーモーミルクだった。

 

「いただきます」

 

 一口飲むと、冷えていた身体がじんわり温まる。モーモーミルクのまろやかさにほのかに感じるハチミツの優しい甘さがサンショの寝顔と合わさって更なるリラックス効果をもたらしてくる。

 

「ふへぇ。美味しい〜」

 

「ぶんぶ♪」

 

 ユウリの顔がほにゃりととける。それを見たマロウも嬉しそうで、ユウリの落ち着いた気持ちを聞き取ってご機嫌だ。

 

「……んぅ」

 

 一人と一匹でゆったりまったりしていると、ウッドデッキの方から小さな声が聞こえた。見るとサンショがうっすら目を開けている。けれどまだ半分くらい夢の中なのか、ぼんやりとした顔でユウリ達を見ていた。

 

「……ユウリちゃん?」

 

「おはようサンショ君」

 

「……マロちゃんがユウリちゃんになっちゃった」

 

「なってないよ!?」

 

「ぶぶんぶぶん」

 

「何だ夢かぁ」

 

 完全に寝ぼけている。マロウが違う違うと否定している。ユウリがくすくす笑っていると、サンショは再び目を閉じた。だがその瞬間、

 

 ぺちぺちぺちぺち。

 

 マロウの触角がサンショの頬を軽く叩く。

 

「ぶん!」

 

「ぬぇ」

 

 どうやら“二度寝は禁止”らしい。

 

「マロちゃん厳しぃ…」

 

「ぶんぶん」

 

 十分寝たでしょ、と言わんばかりにマロウが腰へ手を当てる。

 

 サンショは観念したようにもぞもぞ起き上がり、ブランケットを引きずりながらリビングへ入ってきた。

 

「ふぁあ…、いらっしゃいユウリちゃん。今日はどうしたの?」

 

「雨だったから暇で遊びに来たんだ。寝てるって聞いたから帰ろうと思ったんだけど、タブンネちゃんが招いてくれたの」

 

「ぶんぶん」

 

 そうだよと返事を返しながら寝起きのサンショの前にエネココアをおくマロウ。

 

「そっかぁ。僕の代わりに出てくれてありがとうね。あとココアも」

 

「ぶんね!」

 

 えっへんと胸を張るマロウにサンショもユウリも顔を見合わせて笑顔になる。

 

「そういえばタブンネちゃんは名前あるの?」

 

「うん。マロウって言ってね、僕のお母さんの相棒なんだ。いつも面倒を見てくれる僕にとってはお姉ちゃんだね」

 

「ぶふん」

 

「そうなんだ。私はユウリっていうの。よろしくねマロウちゃん」

 

「ぶんね」

 

 それはそれは誇らしげに胸を張るマロウに自己紹介をするユウリ。マロウはユウリの手を両手で包み込んで上下させた。友好を示しているらしい。微笑ましい光景を眺めながらカップを啜るサンショ。ほっと一息ついて少しの間穏やかな時間を享受した。

 

「さて、せっかく来てくれたんだし。雨の日にしか出来ないことしよっか」

 

「雨の日にしか出来ないこと?」

 

「そう、どんな時でも楽しみを見出すことが人生を楽しむコツなのだよユウリ君」

 

「なにその喋り方」

 

「ユウリちゃんも厳しい…」

 

ノリに乗ってもらえなかったサンショはガクッと肩を落としたが、気を取り直してユウリとマロウの手を取ってウッドデッキに戻った。

 

「ユウリちゃんは雨の音って意識したことある?」

 

「雨の音? ないかなぁ」

 

「それは勿体無い。雨音ってね、当たる物によって音が違うんだ。トタンはぱたぱた。ブリキならこんこんってちょっと高い音が鳴ったりね」

 

「そんな聴き比べする人初めて見たよ……」

 

「世の中にはいろんな人がいるってことさ。そうやって自分の知らない事や知ってても気にしていなかった事を意識すると世界が広くなった気分になるよ」

 

「ふ〜ん」

 

「試しに今いるウッドデッキに流れる雨音を意識してごらん。思ったよりも種類があって面白いよ」

 

 サンショに言われて雨音に意識を向けるユウリ。ウッドデッキの屋根に当たる雨音はぽこぽこ。庭隅に置かれているバケツには水滴が落ちているのかゆっくりとしたリズムでこん、こん。道具を纏めているであろうブルーシートからはぼつぼつと重たい音が。

 

「ほんとだ。ちょっと意識するだけでいろんな雨音が聞こえる…」

 

「でしょ? そのちょっとがありふれた事を初めての事に変えるんだ。それってとってもお得だと思わない?」

 

「お得って…もっと他に言い方無かったの?」

 

 ユウリは呆れ半分で笑う。けれど納得もした。昨日までは気にも留めていなかった雨の音が、今日は少しだけ特別に聞こえる。

 

「まぁまぁ、ほらこっちおいでよ。揺り椅子の良さを味わってみて」

 

 サンショは手招きしてユウリを揺り椅子に座らせる。自分が掛けていたブランケットを上から掛けて、ゆっくりと漕ぎ始める。その優しい揺れはユウリに安らぎをもたらした。ホットミルクを飲んだ時のようにほにゃりと顔を緩ませるユウリにマロウはすかさず触覚を当てがい安らぎの気持ちを聴き取った。とても満足そうである。

 

 しと、しと、ぽこ、ぽこ、ぼつ、ぼつ、ぱた、ぱた、こん、こん、ざぁ、ざぁ。

 程よい揺れに身を任せ、耳朶に響く雨の音。心地の良さに安らぎを、傍の君から安心を。

 ガラルの空は雨模様。今日のハロンタウンは静けさに包まれているけれど、耳を澄ませば無音とは縁がない。

 ユウリの瞼が重みを増してくる。ハロンタウンに越してきてまだ2日目なのに、寝てばっかりだなとどこか客観視している自分に呆れながらも悪くないと思う。穏やかに揺れる揺り椅子の中で、ユウリの意識は水面へと揺蕩っていった。




タブンネはもちもち
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