***
奏文が通りでばったり村に常駐する兵士と行き交わしたその後日の朝、彼は李転に連れられて、村でいちばんの高台にある邸宅まで挨拶のために行った。四合院建築で、四方がすっかり塀に囲まれて、ちょっとした城のようだった。
門番が許可を出し、開かれた扉より、奏文たちは入っていった。広い中庭が彼等の目の前に開け、狭苦しい面積の部屋で、老若男女と共に雑然と寝転がる夜を過ごした奏文には、羨ましかったし、村における常駐の兵士にやんごとない身分が明敏に察せられた。
奏文たちは、中庭の奥にある殿舎まで中庭の草木を刈りこむ職人に案内され、そして入口で警備の兵に用件を問われ、納得されると、中に通された。挨拶のための面会を果たすまでが、ちょっとめんどうだった。奏文は、通りで遭遇して目が合った時、あの兵士に対してこれといった敬意など抱かなかったので、勿論、妬みが多分にあったものの、この恵まれた環境に疑義を持たざるを得なかった。彼はただの一兵卒に過ぎなかった。それがこの村では、治安の守護者か何かとして、他の身分の者たちに優越して、主君として君臨しているのだ。
紋様の描かれた石の床に、細かい細工のされた木の窓が並んでいる。椅子がコの字形に置いてあって、奥の真ん中の椅子に、常駐の兵士が、その他の椅子には、その部下らしき兵士と、侍従が座っていて、会議でもするような恰好だが、その時は各々好き好きに喋っていた。
「ごめんください」、と李転が出入口から叫ぶ。「ご挨拶に参りました。李転にございます」
「入れ」、と常駐の兵士。
おしゃべりが水を打ったように静まる。
李転は奏文を連れて入室し、その場に正座する。静まり返った衆目が一斉に二人に注がれるが、どの視線も刺を含んでいるようだった。
「私共、ご挨拶が遅れた非礼を深くお詫び申し上げます」
「ふむ。村の安寧は我々、兵士が確保している。村は基本的に外部に開放しているが、余所者の出入はきちんと管理されねばならぬ。無論、安寧の維持のためにだ」
「仰る通りにございます」
「その者、奏文とかいったか」
「はい」
「流浪人の分際で、なかなか凛然としているではないか」
「金も地位もないものでして、せめて矜持だけは持っていようと」
ハハハ、と笑い声がどこかで上がった。
「わたしの目には、そなたは腕が立つ者と見えた」
奏文は妙に思って、困惑した。
「なぜ、わたしが武芸に疎くないことを見抜かれたのでしょうか」
「あの時――通りでばったり出くわして、わたしとそなたの目が合った時、そなたの目には、隠し切れぬ殺気が認められた。怯懦のない研ぎ澄まされた殺気だ。そういうのは、有象無象は普通持っていない。命のやり取りをしてきた者にしか持つことの許されない、はっきりとした特徴のある眼光だった」
しがない旅人としてやり過ごすため、テキトーな口上を述べ立てて軽く見逃してもらおうと企てていた奏文は、それが叶わないと知り、残念に思った。そしてこの『曹栄』という常駐の兵士が、いたずらにこの土地の声望をほしいままにしているのではないということが、秀でた兵士であることが、何となく分かってきた。
***