***
李転の家業の手伝いの期間は、十数日間に及んだ。畑で茂らせた桑の葉を蚕にやり、太った蚕が出す繭糸を回収して、煮立て、精製し、絹糸にするという一連の作業は、途方もない量があり、楽ではなかった。だが、奏文たちは、慣れないところから初めて、順応して、有用な働き手として、生産現場で、生産した。
それまでは休む余裕などなかったが、献上するために十分な生産量が上がってからは、空き時間が設けられ、最初は忙殺されてピリピリ苛立っていた女たちは、談笑するようになり、奏文たちも、ブラブラする時間が出来た。
まだ報酬を貰っていない段階で、粗悪だが、麻の衣服を恵与された許義と岩良は、(許義に関しては長ったらしく小汚かった髪をばっさり切っていくらかの清潔感を得、)どこか、ここでの生活に落ち着きを見出したようだった。
ある日の昼下がり、作業が一段落済むと、休憩が始まり、奏文と許義は連れ立って散歩に出かけた。岩良は屋内でくつろいで横になっていた。
建物が軒を争う石畳の道を、二人は並んで歩いていた。
「糸繰りの方は順調そうじゃないか」、と奏文。
「えぇ」、と許義。「お姉さま方に厳しくしごかれたもので」
二人は女たちの容赦ない指導を思い出して、苦笑をこぼす。高齢の女性も、中年の女性も、妙齢の女性も、例外なく、仮借なく、新人たちに唾を飛ばして呶鳴ったものだ。
「お前たちはわたしの配下になると言っていたが、どうだ、ここに定住するというのは?」
「それは、悪くありませんね」
許義は満更でもない様子だった。敗走兵になって以来、まともな生活を送ってこなかった彼は、久しぶりに、多忙ではあるが、仕事と休息の繰り返しで安定した暮らしに身を浸すことによって、病んでいた心身を回復させ、活力を取り戻したようだった。
彼等は斜面の町の下の方まで緩やかな坂道を下ってくると、幅のある道の端に寄って立ち止まり、上方を見上げた。上に向かって、瓦屋根の建物が雑然と並んでいて、間に生える木々の葉は、陽光を受けて青々としていた。最上方に、塔がそびえていたが、あの曹栄の屋敷のものだった。
「目の上の瘤のような兵士が常駐していて、中々傲慢そうなヤツだが、安寧に対して責任を持っているようだった。住むところとしては、悪くないだろう。岩良の方は、どういう具合だ」
「アイツも、おれと変わらないです。大きい体の割に、繊細な作業が苦じゃないので、あの家での仕事に、やりがいを持って取り組んでます」
「しかし、彼はどうして口をきかないのか? 今更の問いだが」
「岩良は小心者なんです。口はきくんですが、気心の知れた間柄じゃないと、まず無口になりますね」
「お前には話すのか」
「体格の割に、死ぬほど小さい声でですけどね」
奏文と許義は、朗らかに笑った。そうすると気が楽になり、心が晴れ渡るようだった。
空は点々と雲が浮かぶばかりできれいに晴れていた。夏の空は、どこか活力に満ちているようだった。
奏文は、許義に定住を勧め、だが、彼自身は留まるつもりはなかった。この村が、広い天下においてどういう政治的位置にあるのか、どういう統治が誰によって行われているのかなどの情報をある程度収集したら、旅立って次の人里に向かうつもりだった。
***