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許義と岩良はその後も糸繰作業を繰り返し、その内奏文がやっていた桑畑での収穫作業にも参加するようになった。奏文は譲る格好でそれまで自分でやっていた作業より退き、今度は村での情報収集活動に従事するようになった。村に留まるかどうかについては、許義はまだ迷っているようだった。
奏文は村中を回り、誰彼なしに質問を投げかけていった。王朝が著しく縮小し、各地の豪族の蜂起によって武人が分裂割拠する乱世が始まったことは知っていたが、やはり、時間はめまぐるしく流転しているようで、今ある情報はすぐに古く、無価値になり、その新陳代謝の度合いは激しいものだった。
まず、外敵に対する辺境の拠点であった都護府の後継機関である節度使が、王朝の支配を脱し、独立したそうだ。王朝による統一は完全に崩壊して、様々な民族の力と思惑が大陸に流入し、混沌を加速させているようだった。
そして、王朝は、弱っていても、まだ命脈を保っていて、自軍を率いて対戦中ということだ。相手は複数の拠点を確保して大勢力を率いるある豪族で、情勢はやはり王朝の側が不利ということで、王朝の解体はそう遠い話ではなさそうだった。
ひとしきり話を聞いて巡った後、奏文は故郷に自然と物思いが及んだ。父は、母はどうしているだろうか、と。決して安穏としていられるわけはなく、王朝と一蓮托生の関係にある父母は、きっと勢力の衰微の影響を受け、苦境にいることだろう、無事かどうかさえ危ういなどといった風に、奏文には推測された。
帰郷して様子を見に行きたいと彼には望まれたが、旅立ちの時の父の厳しい手向けの言葉を思い返すと、自然と忌避された。
奏文は村の外れの、そこから山の景色が豁然と望める低い塀にこしかけ、ぼんやりしていたが、不意に声をかけられた。「おい」、と男はぞんざいに呼びかけ、奏文はしかし、すぐには気付かなかった。
「おい、お前!」
大きい声がして、彼はようやくハッとし、顔を上げてみると、目の前に、曹栄が配下の兵たちを背後に立っている。
「こんなところでなぜぼんやりしている?」
「考え事中でして」
「成るほど、確かによく見れば、神経質そうな面立ちをしているな」
そう軽侮と共に言われ、奏文はムッとして兵士を見つめた。その時の怒りによる眉間の微かな震えを、曹栄は見逃さなかったようで、彼は不敵に笑んだ。
「巡回でもしておられるのですか?」
「その通りだ。村の治安が乱れていないか、監視のために、隅々まで目を光らすのだ」
「そんなこと、部下に一任すればよろしいのに」
「みずからの目で確かめることが肝要だ」
「それはそれは、殊勝なことですな」
負けじと奏文が不敵に述べると、曹栄は憮然として、だが、瞑目してフゥ、と気持ち長めのため息をすると、「まぁいい」、とひとり納得するように言った。
「わたしは気に入らんが、その所作を見てみると、お前はどうも武芸に明るいところがあるらしい。どうだ。わたしのところで勤めてみる気はないか? 報酬は渋らないつもりだ」
「お断りします」、と奏文はためらいなく一蹴した。「わたしはみずから流浪の身になりました。そのわけは先般申し上げた通りです。わたしは世を知らなすぎます。だから行脚するのです」
そう言い捨てて奏文は塀より立ち上がり、立ち去ろうとし、曹栄たちは特に引き留める気配がなかったが、ポツリと言葉が呟かれた。
「このご時世、単身では明らかに不利だし、不自由だ。その実情は、お前がよく分かっていると思うが」
奏文は立ち止まり、背後に耳を澄ました。
「得体の知れぬ旅人など、どこに行っても歓迎はされん。俺は海容を持って受け入れてやったが、よそでもそうなるとは限らんぞ」
「……」
奏文は、少しだけ、考え事でもするように目を伏せると、上げ、立ち去った。
旅の身の上の不自由を彼はよく知っていた。道のりの不確定さ、乱世の危うさは、すでにかなりの程度、実感と共に分かっていた。だが、彼は旅をやめるわけには行かなかった。彼の目は、まだ未来へと開かれていなかった。そうするには、彼は現実を隅々まで見て回り、深い見識を得なければいけなかった。
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