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長ったらしい若白髪と極度の衰弱で老人のように見えた許義の年齢は、二十四歳だった。今は髪を後頭部で括り、ボロではなく麻布の衣服を着て、やや老けているようではあったが、以前と比べれば別人だった。不規則な落人の隠遁生活に対して、規則正しい社会生活というのは、健康とか健全さに寄与するところが大きいようだった。岩良においては、もともと肉体の方は屈強だったのであまり変わりないが、性格が穏やかになってきて、殺人鬼同然にいかめしかったのが、どこか柔らかい雰囲気を纏うようになっていた。
さて、ここに留まろうか迷うほど、許義たちはつつがない労働者生活を李転の家への住み込みの形で続けていたのだが、ある日おかしなことが起こった。
李転が激昂して、許義と岩良(主に許義の方で、岩良はついでだった)が勘当されたのである。許義があることを企てて、それが李転にばれ、逆鱗に触れたのだった。
一部始終を奏文は見ていた。最初から嫌な予感がしていた。
許義は、家で一番若い娘に気があったようで、ある日彼女を口説きだしたのである。彼はいきなり強引に誘ったのではなく、まずは雑談などから、ゆっくりと交友関係を深めていこうと試みたのだが、心中はほとんどすっかり明らかであり、奏文も、娘の母親と祖母もそれを認識し、隠せていると思っていたのは許義だけのようだった。李転は日々畑仕事のために外出しているのでそんなことは露知らず、だが、ある日全く好きではない男に迫られていると娘が哀訴したことで全てが露呈し、主人は激怒してしまった。
……。
夕暮れの橙色に染められた草原を、奏文たちはトボトボと進んでいた。奏文は馬に乗り、許義は岩良に肩車されていた。奏文は疲れたようにうなだれ、許義は悔しそうに泣いていた。
「あのわからず屋め」、と許義が呪うように言う。
「それは李転のことか? それとも娘のことか?」
「両方ですよ。くそっ。男の純情を踏みにじりやがって」
「環境に慣れて、色欲が生じたのだろうが、やり方がいささか性急だったようだな」
「性急? じゃあ、どうすればよかったって兄貴は言うんですか」
年上の人間に兄貴呼ばわりされるのは、奏文には居心地が悪かった。封建的関係が隅々まで普及している大陸では、ほぼありえないことだった。
「分からない」
「ちぇっ。偉そうな説教をたれる割に、ためにならないですね」
「縁がなかったと潔く諦めろ。大体、お前が李転の機嫌を損ねたせいで、家どころか、村まで追いだされる羽目に、わたしたちはなったのだぞ」
「元の状態に戻っただけですよ」
「そんなこと、望んだ覚えはないがな」
「でも、兄貴は旅を続けるつもりだったんでしょ?」
「あぁ、そうだ」
そう言って、奏文は馬を止まらせた。許義をのせた岩良も遅れて止まり、彼等は並んで、山地の斜面を上に向かって歩いていた。夕方の大きな雲の淡い桃色の陰が、間近に見えていた。
「わたしは、この山を上り詰め、向こう側へ下りていこうと思う……別に、お前たちは付いてこなくてもいいのだぞ」
「ついていきますよ。おれたちには行く当てがありませんからね」
「わたしにだってないぞ。旅人はただ旅してまわるだけだ」
「嘘。あるでしょう」
そう断定的に言われ、奏文は許義のニヤニヤ顔を見てやや不愉快だったが、改めて正面の夕空と雲を見据え、実際肯定はしないものの、その通りだというつもりで、馬を再び進めた。その後に、許義と岩良が付いてきた。
日没までそう遠くなかった。その日はまたどこかの木陰で休息を取る予定だった。
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