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奏文たちの村からの旅立ちは、追い出されてきたという事情から、あまり明るい展望のあるものではなかった。奏文はまだよかったが、許義たちは、ひょっとしたら定住するかも知れないという思いがあったので、(みずから招いたことではあったが、)村人と険悪になって留まれなくなったのは、遺恨の生じることであった。
次なる人里のだいたいの位置は、奏文が村人に聞いており、目指すべき方角は明確だった。
夕焼け空の下、彼等は進んでいたが、しばらく歩き、日没まであまり距離を稼げないことが分かると、引き返すことにした。その晩だけは村に留まり、明朝改めて旅立つのだった。
警備の兵が、奏文たちに、なぜ戻ってきたのかと怪訝そうに尋ねたが、日暮れが近くて寝泊まりが危うそうだからだと返すと、納得して受け入れた。
奏文は、村の端の誰も通らないような狭い通路に馬と同行者の二人を連れてきた。そこは倉庫の軒下になっていて、仮に雨が降っても濡れないのだった。通路を挟んで壁の反対側は低い石垣になっており、その下は平らな土壌で、木が植えられていた。彼等は並んで壁にもたれて座った。
そう時間が経たない内に夜が迫り、冴えた夏空に三日月が浮かんで見えるようになった。干し肉などの保存食を必要な量だけ食べて、三人は休むことにしたが、岩良以外はなかなか寝付かれなかった。奏文は今後のことや故郷のことを考えており、許義はとにかく憂鬱なようだった。
そこに、ポッとたいまつの火の明かりが現れて、起きている二人はドキッとした。
「……? 誰かと思えば、李転さんじゃないですか」
奏文はそう言って、不意に現れた彼を見上げたが、許義は気まずそうに顔をそむけていた。
「一旦帰ってきたと聞いてな」、と李転。
「えぇ。旅立つには中途半端な頃合いだったもので。この一晩だけ留まるんです」
「そうか」、と返す李転の灯火に照らされた顔は、どこかシュンとしていた。
「どうしたんです? わたしたちはもう、お宅の厄介になるつもりはありません。ここにいる許義もじゅうぶん軽挙妄動を反省して、娘さんへの未練を断ち切って去る所存です」
「それなんだ」
「……? それとは?」
「実はな、娘が、めとられることになったんだ」
「ほう。おめでたいこと……という感じではなさそうですね」
奏文は鋭敏にその表情から、李転の憂悶を読み取った。
李転はコクリと頷いた。
「曹栄たちがある日家まで押しかけてきて、配下の嫁にと要求して、アイツら、こちらの言い分など全然聞いてくれやしない」
彼曰く、曹栄は、部下たちと共に訪問し、一方的に要求を伝え、そこにいる娘を拉致に近い形で連れていったそうだ。
「何ですって?」、と、それまで気まずさにだんまりを決め込んでいた許義が拳を握って義憤に燃えた様子で立ち上がった。
「おれは、娘に関しては、お前に渡すつもりは今なおないが、曹栄の部下に渡すつもりもない」
許義はがっくりして拳をだらりと落とした。
奏文は気の毒そうに彼を見ていたが、話を進めた。
「でも、相手方は強引に娘さんを連れていったんでしょう?」
「あぁ。嫌がる娘の手首を掴んで引き攫っていきやがったよ。許せない」
奏文においては、李転の娘は、垢抜けない生娘だったが、気立てのよい柔らかい雰囲気をまとった、魅力のある女性として印象にあった。だから、妙齢だし、許義を始めとして、好意を持つ男性がいてもおかしくはなかった。
曹栄とその部下がどういった思惑で彼女を連れ去ったのかは分からないが、この問題を、李転は解決したいようで、だけど彼自身にはその力はなく、誰かを頼りたいようだった。そして彼は、奏文たちのところに現れたのである。
旅立ちの時は、少し先延ばしになりそうだった。
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