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その当時の慣わしに従うとすれば、普通、男女がいっしょになるというのは、家と家の事情によるものであり、個人の感情によって男女が結ばれることは、全くないことはないものの、極少だった。『結婚』は多分に政治的思惑が絡み、それは武人の家に限らず、百姓の家、漁師の家などでもそうであり、従って、許義の個人的思慕がほとんど突っ撥ねられるかっこうで娘の家の長たる李転に却下されたのは、自明のことだったと言える。
今回、彼の娘は曹栄の部下のところに無理矢理嫁がされる運びになったわけだが、それは、その部下の都合、ないしは曹栄の都合による一方的な断行であり、李転の家の事情がまるで考慮されていないことに、彼は憤激した。
だが、詰まる所、今回の縁談は、李転が納得する・しないに関わらず、彼にとって有利だった。なぜなら、彼の家と、相手方の家とでは、それぞれ被支配階級と支配階級という関係性であり、相互にかなりの立場の落差があったからである。
とはいえ、李転の家に、人手が少なくなる分税収が軽くなるといった恩恵があるわけでなく、彼が憤激するのは無理のないことだった。彼の家はごくありふれた養蚕業者の内のひとつに過ぎず、今回のことがきっかけで人手不足になり、廃業したとしても大した問題はないと、ずいぶん安易に見られているようだった。
「許せないですね」、と許義がポツリと言った。「アイツは……あの兵士は、村の治安を司ってると豪語する割に、いやに住人を軽んじるものです」
たいまつを持った李転は去り、軒下の暗闇で、夜半なのにまだ起きている奏文と許義は、悶々として寝付かれないのもあり、小声で話し続けていた。
「半ば面白がってやっている部分があるのだろう。家族の構成員を無理矢理奪って、困窮する様子でも見たい、そういう風に思ってるのかも知れない。社会的優位な人間の持つ性悪な趣味だ」
「おれ、仮にも一度好意を持った子だから、どうかな……」
「どうかな、とは?」
「おれが今回の縁談に割り込んで、取り消すよう、直談判してみようかな、と」
「身分不詳の旅人になった今は、行ったところでどうせ門前払いだぞ」
「でも、身分不詳の旅人だからこそ、無茶出来るところがあるんじゃないかって、思うんです」
「あの娘のどこに惚れたのだ?」 奏文は呆れて問いかけた。
「どこって聞かれると答えにくいんですけど」、と許義は気まずそうに返す。「いっしょに作業して、時には糸繰の仕方とかコツをじかに教えて貰って、とにかく、情が湧いたんです」
そう言われ、奏文は納得が行くようだった。共に過ごすことで、人情というのは芽生えるものだ。
「なら」、と奏文は言う。「娘を取り返した時の報酬を李転に約束させ、この問題に挑戦してみるんだな。成功すれば、きっと何かしら報いてくれるに違いない」
「そうですね。あわよくば、あの子といっしょにここで暮らしていけたら、なんて夢見るんですが」
――この挑戦に許義が成功した時の望ましい情景は容易に思い描かれたが、反対に失敗した時の情景も同じだった。恐らく、きっと、彼は罪人として晒上げられ、陰惨な懲罰を与えられ、最悪の場合、殺されるかも知れない。
だが、彼は野望に燃えているようだった。戦に敗走した落人で、ほとんど妖怪同然に身をやつしていた彼は、ここでの規則的な、職人見習いとしての暮らしと異性への慕情とで、目覚ましく回復し、明るくなくはない展望を見出したのである。それが完全に奪われることになった要因である支配階級の恣意は、彼にとっては、許すことの出来ないものだった。
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