第21話
***
曇りがちな日和だった。空気はムッとしていて、陽光は弱くぼやけていて、どこか頼りなかった。
「娘をぜひお返しいただきたいと存じまする」
李転が土下座して脳天を地べたに付けた。
彼はひとまず帰ってきた奏文と許義と共に、曹栄の屋敷まで来ていた。中には上がれず、衛兵に睨まれながら、軒先でやりとりさせられた。三人は平身低頭しているが、曹栄や李転の娘が嫁いだ男を始めとする兵士たちの方は、傲然と腕組みしていた。片方は平服をまとい軽装で、もう片方はいかめしい防具をまとって武器を帯び、両者の違いは歴然たるものだった。
「我が家にとって、娘は貴重な人手なのです。彼女がいなければ、家業が成り立ちません」
「もう婚儀の手筈は済ませてある」
「そんな……」
李転の娘が嫁がされることになった曹栄の部下は、最近病気で妻を失った男やもめで、新しい配偶者を探していたのだそうだ。
「娘なぞ、お前が嫁と一夜過ごせばおのずと出来るであろう」
部下が下卑た笑みと共にそう言い、陰険な笑いを誘った。李転はすでに四十を回り、年を喰った男だった。精力は日に日に衰えていくばかりだし、すでに数人産んでいる妻は、妊娠や出産に億劫だった。
「よろしいですかな」
低くこうべを垂れている許義が顔を上げて話に割り込む。
すると曹栄たちは、半ば値踏みするように、半ば軽侮するように、細めた目を彼に向けた。
「あなた方はこの村の治安を守る立場にあられる。そんな方が、村人の家庭を損壊するような真似をしてよろしいのですか?」
「この縁談は、この村の治安に繋がる。男女が一緒になれば、その内子宝が授けられるだろう。その子は成長して兵力の足しになるのだ。いかんせん、今の世の状況では、ことを左右するのは力なのだ。すべからく、我々は力を求めねばならない」
「本当に治安に繋がるのでしょうか。こんな横暴を繰り返したら、反乱が起きますよ」
奏文も顔を上げ、口をさしはさむ。
「結構。力でねじ伏せ、鎮圧するまでだ」
曹栄は強く握った拳を上げてそう言い、しばらく奏文と睨み合った。
「だから、変な気を起こすなよ」
彼はそう言い、拳を下げた。
「どうしてもと申すなら、税の負担を軽減してやる。その代わり娘はこちらに貰い受ける。わたしとて、要らぬ揉め事は望まない。それに、絹は交易において貴重品なのだ」
――そのように、曹栄が寛大な態度を見せても、結局のところ、李転にとって、あの娘は、末っ子の愛嬢だった。労働力としてでは、実はなく、感情的なところで、譲り渡す気になれなかったのである。
だがしかし、交渉の余地はなさげだった。許義がもっともらしい主張を述べ立てたが、暖簾に腕押しという具合で、ましてや彼は曹栄たちに賤民と見下げられていたので、言い分にどれほどの理があろうが、通るはずがなかった。
絹の生産は止まることが許されなかった。奏文の見たことのないものが、曹栄の屋敷に飾られていた。宝石やガラス器、異国の聖人とされるくせ毛の男の彫刻など、様々だった。それらは、ここで生産された絹を交易品として得た異国の代物なのだった。
***