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李転の娘がほとんど拉致される格好でいなくなって、彼の家業における失われた労働力のために、帰ってきた許義と岩良が充当された。それは李転の意向であったし、また許義たちも、彼への同情などから、その意向に対して満更拒まないことはなかった。(税は減免されたものの、楽が出来る状況ではまるでなかった。)
奏文はというと、何となく今回の出来事の成り行きが気になって、別にその必要はないものの、留まることにした。彼はだが、あまり積極的に仕事する気にはならず、やるとしても、補助的なものに限られた。
家の中で、木製の糸繰車がカラカラ回る音だけが聞こえていた。李転の女房と彼の母は憂わしげに口を噤み、許義たちも彼女等に当てられて塞ぎ込んだようだった。
壁にもたれて腕組みしている奏文が、「定住するかしないかは、もう決まっているのか?」、と許義に対して問うた。
彼は手を止め、鼻でフゥとため息すると、「分かりません」、と答えた。
「いてくれると助かるよ」、と老年の女性――李転の母が言った。「いちばん若い働き手が取られたんだ。不自由極まりない」
「ここでの労働に集中出来ればいいんですけどね」、と奏文。
「そうだね。男連中は、募兵として、必ず戦に駆り出される」
「募集に対して応募するんでしょう? 断れるんじゃないんですか?」、と許義。
岩良は黙々と大きい体躯で小さい糸繰車を繊細に動かし、蚕の繭の繊維から、細い絹の糸を紡ぎ出している。
「強制ではない、というのは、表向きのことで、実際は断ると、税負担を増やされたりね、嫌がらせがあるんだよ。陰湿だろう?」
「だから、お前たち。ここで暮らすと――どこで暮らそうと事情は変わらないだろうが――不定期に兵士として戦場に出向かねばならない」
「あの鼻持ちならない曹栄か、アイツの仕える将軍のしもべとしてでしょ? やなこった」
許義が忌々しそうに眉をひそめて述べる。
「あの娘(こ)がいるなら、戦だって頑張れるかも知れないんだけどなぁ」
「許義。そういえばお前、また人相が悪くなっていやしないか?」
「え?」
許義が奏文の方を見上げるが、彼の目は、ここでの生活で生気を取り戻して見えていたはずなのに、またくぼんで翳りを帯び、険悪になってきている。
「奪い取るしかないんじゃないか?」、と奏文。
「あの娘、ですか?」、と許義。
奏文は頷く。
「あえて戦に出て武功を上げ、あの娘が嫁いだ男に戦績において勝れば、あるいは可能なんじゃないか?」
「それがもし出来たなら、あたしたちは、文句なんて言いやしないよ」
李転の母が彼の女房に「ねぇ?」と同意を求めたが、彼女は頷いて答えた。
「自分ではそうと意識していなくても」、と奏文。「お前は執念を燃やしているはず。違うか?」
「さぁ? どうでしょうね」、と許義は答え、停止している糸繰車を見下ろしたが、どこか迷っている風だった。
「ほら、作業しないなら、お前みたいな落ちぶれた男に用はないよ」、と李転の母。「家での作業に従事するか、お前が胸に秘めてる目的を敢行するか、早く決めちまいな」
そう発破をかけられ、許義は止めていた手で再び糸繰車の車輪の柄を握り、視線が集まる中、回転させたが、ひどく鈍重だった。
彼はまた鼻でフゥとため息した。
葛藤が生じているようだった。だが、決意が成るまで、そう待つ必要はなさそうだった。
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