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奏文が父より独立の旅への手向けとして贈与された、今は曹栄の手下の飼育員に世話を見られている馬というのは、いわくつきの一頭だった。黒毛の大柄の馬で、『迅影』と名付けられていた。
その昔、漢帝国の頃、時の皇帝がたびたび侵略してくる北方騎馬民族に手を焼き、ある別の民族と手を結ぶと、その伝手で、名馬の情報が入ってきた。『汗血馬』というその馬の呼称は、血の汗を流すほどたくましく疾駆する様に由来するそうだ。汗血馬は遥か西域の国に存在するという噂で、皇帝は興味を持ち、軍事力強化の観点からその馬を得たいと思い、大軍団を構えて派遣し、進路の開拓までして、何度か失敗した後、噂に違わぬ良馬を獲得し、見事、長年の外患だった北方騎馬民族を退けた上、制圧したという。
汗血馬は、伝説における大空を飛翔する天馬の子孫とされたが、奏文の与えられた馬は、その汗血馬と称された良馬を繁殖させた系統の一頭だった。奏文の父は、戦の功労によって褒章品として、将軍にその馬を与えられ、そして奏文は、それと知らずに彼の厚意で譲り受けたのである。父は馬を譲ることで失った後、新しい一頭を町の馬小屋で品定めして購入した。
――曹栄の手下の飼育員は、この奏文の乗ってきた馬を見、彼がそれまで見て世話してきた馬たちと比べて、体躯と運動能力において著しく異なることを目敏く発見し、即座にその価値を認めた。曹栄を始めとする兵士たちも、数々いる馬たちの中で、奏文の馬が特に駿馬に見えたが、あまり拘泥しようとしなかった。
飼育員の男は、無性にこの馬が欲しいと思うようになった。だが、盗みは村において犯罪であり、仮にそれが発覚すれば、職を失うなどして零落してしまうことは必至だった。
だが、塩を巡る東涼の戦略の一環で、奏文や曹栄がその他の大勢の兵士たちと共に、遠征軍として村を発つことになり、複数いる飼育員たちは、一部は遠征軍に組み込まれたが、一部は村に残留し、例の飼育員一人は、奇しくも、残留することになり、それは、彼に悪心をほとんど必然的に抱かせる運びとなった。
彼は日数をかけて迅影の警戒心を解いてうまい餌をやるなどして懐かせ、ある未明のまだ暗い中、ひっそりと乗馬して村を出た。まずはゆっくりと進み、朝日が地平線より上がって辺りが白みだした頃、疾駆させ、彼は、よその町の商人のところに行って、迅影を高値で売り渡すつもりだった。と同時に彼は、うだつの上がらぬ下級の使用人に過ぎない、曹栄のもとでの飼育員という低い身分を脱却して、馬で得た金銭をもとに、悠々自適の暮らしをしていくつもりだった。
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