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塩というのは人類にとって決定的に必要不可欠なものであり、調味料として用いられるのは勿論、食料保存にも要されるので、奏文たちがしているような遠征の際には、道中の食料の安全が保障されないので、保存食のための塩は重要物資であった。また、家畜の飼育においても、人間の細胞や神経や筋肉がそうであるのと同様に、塩は必須であり、塩の使用が制限されれば、戦争に供される軍馬の健勝さを保てず、従って塩の安定的供給は、軍にとって優先されるべき事項だった。
行軍の途上で北方騎馬民族の強襲を受けた東涼の後軍は、ほとんど虚を衝かれた格好で不安定になり、各個に敵を相手取って猛攻を凌いでいたが、それまで整然としていた隊列は崩れていった。馬術が日常的にある領域の者に対して、そうでない者は不利であった。
「海岸の方面はすでに我が方の手に落ちている! 行くだけ無駄というもの」
異国風の顔の敵の騎兵ばかりの中、嫌に見慣れた面立ちの者が一人紛れ込んでおり、彼は、一人だけ装束が異なっていて、大陸の文化を感じさせる、奏文たちのものと似通ったものを着用しており、明らかに現地人ではなかった。
「戦闘をやめよ!」、と彼が号令し、すると騎兵たちが一斉に後退し、彼の後方で待機の恰好になる。
「指揮官の者、出てこい」
後軍の指揮官は曹栄だった。乗馬している彼は、言われた通りに非現地人の男の前に進み出た。気を張っていた奏文を始めとした兵士たちは茫然としてほとんど放心状態であり、辺りに転がる屍は、圧倒的多数が味方のものだった。唯一岩良だけは健闘して、たくましく堂々と立っていた(勿論、戦局は彼一人の力量で覆せるほどのものではなかったのだが)。
「……」
金属の鎧をまとった曹栄は、無言で相手を見据えている。
「増援を待ち受けているのだろうが、伝令は我が方が処分したぞ」
「塩を求めている。道を開けて欲しいものだが」
曹栄は、戦闘が中断したお陰で命拾い出来、あまり強気に出られないようだった。
「買い求めればよかろう。市場に売られている」
「高額過ぎて、財政を逼迫しかねないのだ」
「お前たちの考えは透けて見えるというもの。この先の塩の製造拠点を目指し、武力でもって制圧しようという魂胆なのだろう」
「そうするつもりだった。だが、こうして阻まれてしまった」
「ご愁傷様だ」
「見たところ、お前たちは賊ではないようだが、なぜ妨害してくる?」
「海岸付近は我々、王朝軍が治めている。侵入してくる者を排除するのは当然のこと」
……。
東涼の遠征軍は、引き返すことを余儀なくされた。前軍と中軍はあえなく潰滅させられ散り散りになり、残ったのは後軍だけだった。いささか寒いくらいの夕焼け空の下、奏文たちは大小の傷を負って来た道を辿っていた。ひどく雰囲気が落ち込んでいた。塩は得られず、大勢の味方を失い、国力を削られたのである。
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