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迅影が盗まれたか何かして行方不明になったことについて、奏文は、みずからの管理の甘さを悔いた。彼は長旅の疲れや、孤独感から、この村を偶然発見して訪れた時、目先の慰労に心を奪われて、他のことをゆるがせにしてしまったのだった。ある程度休養し、ある程度路銀を稼いだら、すぐに発つつもりだったのに、ことのほか滞在することになってしまった。マメに迅影の様子を見に行かず、飼育員に任せっきりにしたことも、今となっては軽薄と悔やまれた。
優れた足を失った以上、それに相応しい旅も出来ない。奏文はひどく落ち込んだが、打ち沈んだところで、返るものはなかった。
秋晴れの空の下、村の端の低い塀越しに、広大な草原を見下ろしている奏文は、そこに迅影が現れてくれないか待望したが、妄想に過ぎなかった。高空に白雲が点々と浮かんでおり、草原の斜面が、谷に向かってくだっていて、彼方には険しい、冠雪した連峰が壁のように屹立している。
奏文のところに、一人、何か用があるように、寄ってきた。独特の威圧感で奏文はすぐにハッと気付いたが、来たのは岩良だった。彼一人だけで、許義はいなかった。
「……どうした?」
奏文がきょとんとした顔で岩良に尋ねる。
ガタイがよく背が高い岩良は、やや上の方から奏文を瞳だけで見下ろすと、目を瞑って首を左右に振った。その素振りは、奏文にとってムッとさせるものがあった。
「いい馬だった……」
ずっと無口でい続け、唯一許義だけには、昔からのよしみで口を利くというこの一風変わった人品の岩良が、初めて奏文に、言葉を発した。短く、ひどく低い声音だったが、その印象は奏文の胸にグサリと突き刺さるようだった。そういえば、迅影はやけに岩良に懐いていた覚えが、奏文にあった。奏文は、自分だけではなく、岩良も、迅影のいなくなったことに心をいためているのだと知り、半ば嬉しく、半ば悲しい気持ちになった。
奏文は再び目を草原の方に向け、険しい連山を眺めた。この前の遠征の記憶が彼に蘇って来、また、あの夕べ、あの廃集落で許義たちと出くわした時、戦闘となって、岩良の兄弟を殺めてしまったことが思い返された。
奏文はチラッと岩良の方を流し目で見たが、岩良も奏文がそうしているように、手を塀について遠くの眺望に耽っている。
「お前はそのガタイに相応しく、強かったな」、と奏文。
「……」
岩良は複雑そうに目を伏せる。
「勿論そうとは知らなかったが、兄弟を殺してしまったこと、恨んでいるか?」
奏文が問うと、岩良はゆっくりとかぶりを振った。
「兄者は」、と岩良はやはりゆっくりと口を開いた。「兄者は、おれと違って、虚弱だった。兵士としては、脆く、死期が訪れるのは、時間の問題だった。おれたちの居所に、お前がやってきたことが、兄者の運命を決定付けた」
「許義のようにヒョロヒョロだったのか? お前の兄は」
「似ているところは、確かにあった」
――命の奪い合いは、今世では必定だった。より強い者が、より弱い者を制し、よく生きるためには勝つしかなかった。そして負ければ――許義たちのように、戦に敗走すれば――たちどころに生活の基盤を失い、零落し、賊などの不良になり果ててしまうのだった。この世の掟は酷薄であった。
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