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奏文は塩のことなどそっちのけで、徐氏と接触して話してみたいとの思いで、各所を彼女について聞いて回り、ついに住処を突き止めた。一軒のその人家は、この村に数多く並ぶ内の、これといって目立つところないものだったが、脇に馬小屋を備えており、そこにはロバが一頭、佇んでいた。
奏文が訪れた時、ちょうど徐氏は、例のくすんだ平服姿で、ロバの体を麻の繊維の固まりでゴシゴシと拭いてやっているところだった。
昼過ぎ、雨が降りそうな灰色の空模様だったが、まだ地面は乾いていた。
奏文が近寄ると、その気配で、徐氏はハッとし、ロバの体を拭く手を止め、振り向いて彼と目を合わせた。彼女はキリッとした顔立ちで、どこか近寄りがたいキツい雰囲気を帯びていた。
彼等は互いに目と目を合わせたが、和やかな会話が始まるには、何か目に見えない障害物があるようだった。
「お客人? うちに何かご用ですか?」
「徐さん、ですよね」
「えぇ、そうですが」
「ちょっとお話を伺いたくて……奏文と申します」
彼がそう言うと、徐氏はロバの横面を優しい微笑みとともに撫で、瞬時に顔の笑みを消し、すっかり振り返って、奏文と対面した。その凄味に、彼はいささか萎縮させられるようだった。
「あなた、この村の方ではありませんね?」
「どうしてお分かりになるんです?」
「少しばかり強記でね、わたし、この村の者ですから、見知らぬ顔は何となく分かるんです」
「旅をなさってると聞きましたが」
「わたしは自然愛好家の絵描きでね。しょっちゅう村を発つんです。あの子に乗ってね」
そう言って徐氏は、首だけで馬小屋を振り返ると、また正面に向き直り、旅立つといっても、そう長期間には及ばず、一枚か二枚、用紙に満足の行く絵を描くと、帰郷するのだと付け加えた。そして彼女の生家は紙屋で、両親ときょうだいと共に襤褸切れを材料に紙を作っていた。
奏文は請うてすでに描かれた絵を見せて貰った。激流のある渓谷とその崖に設置された桟橋や、幅広い川に架かる大橋と大空とその上を渡る商人の牛車など、全てがそういった風景画で、彼女の描く絵には、旅路の記録の意味合いが含まれているようだった。
奏文が聞けば、徐氏はそのやや冷たい表情とは裏腹に、割と饒舌に話をしてくれた。ありふれた女性とは違う性質を、彼女は持っているようで、一風変わったところがあった。奏文は女性の旅人など今まで出会ったことがなかったし、旅と絵描きを生業にしているというのは、興味深いことだった。
やがて、雨が降ってきた。ポツポツと、とても小降りの雨だった。
「これから強まるかも知れませんね」
徐氏が手のひらに雨粒を受けて空を見上げて言う。
「何かお聞きになりたければ、また来てくださいな。今塩のこととか、色んな問題があるようですが」
「徐さんが許してくれるなら、はい、ぜひまた伺いたいです」
その内、雨脚が徐々に、徐氏が口にしたように、強まってきた。話は中断し、次回に持ち越されることになった。
兵士たちは、塩の採取と製造に躍起になっていて、同じく兵士である奏文は、小言を言われたり罰を与えられたりしたくなければ、あまりこういう風に時間を過ごすべきではなかった。
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