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徐氏の勧めで、塩に関して、井戸の掘削と塩泉の探索の二つが主立って行われた。
奏文は井戸の掘削の方に参加することになり、彼はその方の知識も技術も全然なかったが、村の鍛冶屋の提案があって、掘削のための道具の製作に従事した。とにかく硬い地盤を地中深くまで貫かないといけないため、鋭利でかつ丈夫な刃物が必要だった。鉄が材料として選定され、レンガの炉の中で激しく熱されて赤化した鉄の棒が、腕のいい職人の振るう槌によって鍛えられ、だんだん形状を整えられ、先端だけ尖ったものになっていった。これは、巨大な錐であり、地面を突いて掘削するのだった。
錐の端部に穴があけられ、そこに竹紐を束ねたものが通された。深いところを突いても、紐で持ち上げられるようにするためだ。
完成した錐は、荷車にのせられ、地下水が流れていそうと思われる山の麓まで、家畜の力を利用して運ばれた。
奏文と許義と岩良が任務として連れられていき、現地で男たち全員が力を合わせて巨大な錐を持ち、掛け声と共に持ち上げ、そして勢いよく下ろし、それらの動作を繰り返した。すると瞬く間に大きな錐に相応しい大径の穴が空き、その工程を重ねるたびに、深度がましていった。
一晩休んで早朝から作業を開始し、昼が過ぎて、夕日の差すようになった頃、奏文が地面に伏せて、穴の底に何度も耳を澄ましたが、ようやく、水音が聞こえだした。底に流れがあるようだった。
早速ある兵士が、紐で括った桶を下ろして引き上げてみ、中には水が入っていたが、残念ながら真水だった。すでによそでも掘削は行われ、あらゆる試みは同じような失敗に終わっていた。もはや地面の掘削は、労多くして得るところ少ないという具合で、推奨される方策ではなくなってきていた。地表に湧き出る塩泉の探索も、手がかりは絶えてなかった。徐氏でさえ、塩を得るための方策は提案出来ても、どの辺りの地下に塩水が隠れているのか、塩泉があるのか、推定するのは困難だった。李転の女房がいる場で彼女が口にしたという、自流井の掘削にまつわる偉人についての話は、ただの教養以上のものではなく、農業と製塩の発展に寄与したというその人の業績を説くばかりで、実地で有用になる情報ではなかった。
状況はますます行き詰まって来、新しい方策のため、またしても会議が曹栄の屋敷で開かれたが、その雰囲気はまるで、皆が誰かの弔問のために集まったかのように、どんよりしていた。
結局、今ある塩の拠点を奪うのが最も明確に違いないという認識が、奏文を始めとして、会議の参加者全員に共通しており、しかし、勢力差があるので、誰も積極的にそのことを主張したがらなかった。
盛り上がりに欠けるあまり建設的でない会議の最中、伝令が屋敷を訪れ、近傍で王朝軍と、王朝の敵対者である黄氏の反乱軍とが戦闘を始めたことを伝えた。
瞬時に緊張が場に漲り、東涼がその戦闘に参加する可能性が急激に高まってきた。元々よそでやっていた戦闘が、長引くことで、戦場ごと移ろったようだった。
曹栄は急ぎ、使いを東涼の都まで送り、返事を仰ぐことにした。確証はないが、東涼の軍勢は、王朝と黄氏のものと比べ、弱小に違いなく、必ずどちらかに付く手筈となる。
都にいる将軍が、そのどちらの側に付くと決定するのか、まだ予断は許されなかったが、退廃した王朝に義などなく、きっと、黄氏と共闘して、往生際の悪い王朝を打ち倒すことになるだろうと、奏文には、そのように想像された。
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