奏史演義   作:Yuki_Mar12

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第47話

***

 

 

 

 傷付いた許義と岩良が理路整然と受け答え出来るようになるまでには数日が要された。体の傷が癒えるか小さくなるかした彼等は、食欲を取り戻し、だが、まだ平常通りというほどではなかった。

 

 許義によれば、彼を含む兵士たちは、突如として村に来襲した王朝軍の残党におっとり刀で応戦し、非戦闘員の村人たちは、少数の兵士たちが護衛になって村外に逃げたという。彼等は付近の森まで向かったということらしいが、その存否は確かではなかった。

 

 話を聞き終えた奏文と徐氏は、互いに顔を見、頷き合うと、許義たちにしばらく村を離れることを伝え、留守を頼んだ。もっとも、村は被害のために廃れ切っており、訪問者などあろうはずがないのだが。許義たちは、奏文の道中の無事を祈った。

 

 粉雪の降る寒天の下、昼の日の光は厚い雲に遮られて鈍く乏しく、奏文は再び徐氏のロバに同乗させて貰い、近傍に足跡などの手がかりを探して行くべき方角を定め、その方へと向かおうとしたが、降雪のせいで容易ではなかった。

 

 彼等は村の近辺を手掛かりのために巡ってみ、すると、半ば雪に覆われた、一人の男のうつ伏せに倒れているのが見えた。奏文はサッとロバより下りると、そのそばまで寄り、手で、防寒のために巻かれた襟巻の隙間より、首元に触れてみた。氷のように冷たく、深い傷があり、戦闘などした後に殺されたようだった。

 

「村の兵士の装備ですね」、と徐氏もロバより下りて、ロバを連れて骸のそばまで来る。

 

「きっと」、と奏文。「村人たちを送る途中で戦闘になり、命を落としたのでしょう」

 

「つまり、この方角で間違いないわけですね」

 

「えぇ。恐らくは」

 

 積雪を行くのは、剥き出しの地面を行くのより困難である。足取りが雪に取られて鈍重になるためだ。従って、避難した者たちはそう遠くへは行っていないはずだった。

 

 雪が風に舞っており、奏文がじっと兵士の死相を見下ろしている最中、彼の第六感が、空を稲妻が裂くように、電撃的に何か知らせた。危ないと、奏文は直感的に思い、パッと後方に飛びのいた。

 

 短刀が骸の背中に突き刺さった。ヒッと徐氏は短く悲鳴を上げ、奏文はすぐさま「逃げて」、と叫んだ。徐氏は乱れた動きで、力いっぱい口紐を握ってロバを引いて走り出した。

 

 奏文は座った状態で姿勢を整え、腰に帯びる剣を鞘より抜き出し、構えた。

 

 ザクザクと積もった雪を踏みしめる重い蹄鉄の音。栗毛のたくましい体躯の馬が、人を乗せて現れた。

 

「えっ……」

 

 奏文は絶句した。なぜなら、彼の目の前に、馬具を多数付けた軍馬に乗る、複数のいかめしい鎧の重装兵と共に現れたのは、彼が求めていた人物の姿だったからである。

 

 口ひげを蓄え、金属の装飾のある帽子を被る、他の者と同じように厚い鎧を纏った彼は、故郷で別れてきた父なのだった。

 

「久しぶりだな。息子よ」

 

「父上」、と奏文は、信じられないという調子で呼びかける。「このようなところで、どうされたのです」

 

「何。わたしもお前と同様、事情により旅することになってな。ところで、あれから一年と数ヵ月が過ぎた。見聞は深められたのか」

 

「いえ、まだ……」

 

 対するのはよく親しんだ父だというのに、奏文はなぜか構えている剣を引っ込められずにいた。親子が対面しているが、この状況はどこか静穏ではないという風に、彼は感じていた。

 

「母が寂しがっているぞ」

 

「帰ろうと思っていたところでした。けれど、馬を失くしたのです。失くしたのですが、父上。あなたのお乗りになっているのは、我が目に狂いがなければ、譲っていただいた迅影ではないかと」

 

「その通りだ」、と父はきっぱりした口調で返す。「奇妙なことだ。旅の途上で寄った町で見たのだが、お前に与えたはずの迅影が、どういうわけか、商人のものになっていて、売り物になっているではないか」

 

「申し訳ありません。わたしの管理が甘すぎたゆえです」

 

「馬がなければ、母のもとにも帰れまい。どうする? 返してほしいか?」

 

「母上のもとには、帰りとうございます」、と奏文は言うと、考え込むように俯き、そして顔を上げた。「父上。王朝はすでに倒されました。反乱軍が倒したのです。それで父上は、母上は、どうされたのですか?」

 

「どうするもこうするもない。王朝軍は崩壊したわけではない。まだ有力者が残っている。皇帝は、新たに担げばよいだけのこと」

 

「村を襲ったのは、父上たちですね」

 

「そうだ。あの村は反乱軍に与した。敵だった。滅ぼすのは自明のこと。あの逃げた娘も、そしてお前も、例外ではない」

 

 そう言って、奏文の父は馬より下り、息子の前に威風に覆われて立ち腰に帯びた剣を抜いて、彼に向かって突き出した。他の兵士たちは、場を離れ、恐らく、逃げた徐氏は追いに向かった。

 

「わたしたちは、戦うのですか」

 

「そうだ。そういう立場に、わたしたちはそれぞれ立っている。互いに敵同士。相容れないのは当然」

 

「旅立つ前に父上がおっしゃいました。みずからの選択に、責任と自信を持ちなさいと、そしてその選択によって敵対することになろうとも、貫きなさいと」

 

「わたしも覚えている。その通りだ」

 

 奏文の呼吸は激しい動悸によって乱れていた。彼の口からとぎれとぎれの白んだ息が上がっては宙に消えた。

 

 奏文は立ち上がり、顔の高さで剣を斜めに傾けて持った。臨戦態勢だった。

 

「戦いの前に、聞かせてください」

 

「何だ?」

 

「村人たちは逃げたはずです。彼等は、どうなったのですか?」

 

「皆殺しさ」

 

「!!」

 

 避難者たちの中には、徐氏の父母が含まれていた。李転と彼の女房、母だって……。

 

 恐るべき喪失感が、奏文に降ってかかってきた。そして、肉親に対してのものとしてはありえないほどまがまがしく強い憎悪が、油に付いた火のように、激しくメラメラと燃えさかった。

 

 

 

***

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