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奏文が、古い王朝にもはや義はないと父に対して言うと、父は、黄氏による新しい王朝も、早くも腐敗の兆候を見せていて人々を守り導く資格がないと返した。
かつて毎日のように武術の鍛錬のために互いに稽古した父子の二人が、雪原で、まるで当時そうしていたように、剣を交えていた。
だが、今度は事情が画然と異なっていた。彼等は今、敵同士であり、彼等の剣は相手の血を求めて振り回されているのだった。ヒュン、ヒュンと剣が空を裂く高い音、剣と剣が弾き合う固い金属の音が、防具に弾かれる音がした。
二人の武器が交差し、鍔迫り合いが起きると、父が「手加減は無用」、と叫び、剣の鍔をグイと押すと、後ろに跳んで退いた。奏文も同時に同様に、反対側に退いた。
「お前の剣は、本気でわたしを殺す気がないかのようだ。筋が甘い」
そう言われたが、奏文には図星だった。ひょっとしたら和解してこの戦いをやめることが出来るかも知れないという風に、彼は思っていた。それは、彼の優しさであり、怯懦であり、柔弱さだった。
「早くわたしを打ち倒さなければ、あの逃げた女子は、わたしの部下たちの剣によって、ロバ諸共、串刺しになるだろう」
徐氏に関して父がそう言うと、奏文はにわかに嫌な想像が浮かび、危機感が込み上げてきた。
彼は剣の柄を両手で下向きに構えた。すると彼の父は、向かい側で、上向きに構え、二人はゆっくりと互いに接近し合い、そして奏文は下向きの剣を振り上げ、父は上向きの剣を振り下ろし、刃は激しくかち合った。
量の増した降雪の中、父の剣がクルクルと回転しながら舞い、新雪に突き刺さった。奏文の手中には剣が残り、父の手中からはこぼれた。勝負は付いたようだった。息子の前に、父は膝からガクンと地面に崩れた。二人共、疲労と緊張とで、肩で息していた。
「母上は、ご息災ですか」、と奏文が、負けてちっぽけに見える父を哀しい気持ちで見下ろして尋ねる。
「息災だ。まだあの町にいる。会いに行ってあげなさい」
「父上は、どうなさるのですか」
「……斬ってくれ。わたしは敗北した」
「……!!」
奏文は眉間に皺をよせ、手にまだ持っている剣を見下ろすと、おもむろに振りかぶり、そして――
剣が空を裂いた。一度は振り上げられた剣は、敗者のそばを掠めて、虚しく空気だけ断ち切ると、地面に落ちた。
父は目を閉じてその場に倒れ、気を失った。
奏文はその姿をしばらく見ていたが、徐氏の危機が思い返され、急いでその場を走り去った。
父の部下の兵士たちの足跡を辿り、奏文は駆けていき、すると、彼の向かう先に、人影が見え、複数の人影は、倒れたり、立ったりしていた。
雪原の別のところで、岩良と兵士が戦闘していた。岩良が対するのは、彼に負けず劣らず体格の大きい兵士で、激しい攻撃の応酬が繰り広げられていた。
その少し離れたところでは、すでに絶命した兵士たちがいたが、その中に、許義と徐氏がまじっていた。許義は倒れており、徐氏がその容態を診ているという具合だった。
奏文はその場まで近付くと、息を潜めて岩良の敵の背後に忍び寄り、彼と示し合わせて、敵を挟撃して倒した。
相手が息絶えたと分かると、奏文と岩良は急いで許義のところに行き、徐庶のように、そのそばでしゃがんだ。
「おい、お前……」
そう言って、奏文は許義に呼びかけようと手でその肩に触れるのだが、すでに彼は冷たくなっており、奮闘の末、亡くなったようだった。
彼は徐氏の顔を窺うが、彼女はうっすらと眉をひそめ、すでに手遅れだと、暗に伝えるようだった。
「わたしが、兵士たちに追われていて、危ないところ」、と徐氏は言った。「この方々が、助けに来てくれたんです」
奏文は岩良の方を見た。じっと、許義の寝顔をやさしい眼差しで見つめている岩良は、やがて視線に気付き、奏文と目を合わせたが、彼は小さく頷いた。
「後悔は、ないはずだ」、と、許義について岩良が言った。「彼はすでに、癒えることのない深手を負っていた。薬草の効能は、確かにあったが、彼の場合、それでは足りなかった」
「己の最期を、許義は悟っていたのか?」
奏文が問うと、岩良はまだ頷いた。
奏文が、名状しがたい喪失感で茫然とする中、ハッとあることに気付いた。徐氏の頬を、涙が流れていた。徐氏と許義の間に深い接点はなかったが、彼女なりに、責任と悲哀を感じているに違いなかった。
許義の亡骸は、岩良におぶわれ、徐庶はロバに乗り、彼等は、村に戻ることにした。奏文は、先のところに戻り、父の様子を確認しに行ったが、そこには父がいた痕跡の雪のくぼみだけがあり、彼はいなかった。どこかに逃げたに違いなかった。迅影だけが、残っていた。
だが、奏文は、二度と、父に巡り合うことはないという気がした。父子は道を違え、その先で争うことになり、そして、息子が勝利し、父が敗北して、父は本来、命を失っていたのである。
迅影を連れて遅れて岩良たちのところに合流した奏文は、皆でトボトボと歩きながら、この先のことを考えた。
彼は、ふるさとに帰り、母と再会し、ふるさとに改めて根差して、そこで新しい日々を、新しい目的と共に始めるつもりだった。
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