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奏文の父が、世相の悪くなってきたことにも関わらず、依然として王朝への忠義を保っているのは、ひとえに彼が、彼の仕える将軍を媒介として、王朝と封建的関係を結んでいたからである。奏文の父は、忠誠をかたく守り通すことと引き換えに、生活を保障され、その恩義に報いるために、どれだけ王朝の立場が危うくなろうとも、あくまでその側に付いて離れないのだった。
奏文は十八歳で、一人の男性として未熟なところはあったものの、大人に近付きつつあった。衰微した先行きのよくない王朝への疑惑や、それに関連しての頑迷な父への不信感は、彼が自立してみようと思うためのきっかけとなったようで、母の助言もあり、ある日奏文は、父にじかに申し出た。
「旅に出たい、か」
父が、どこか達観した風に、息子の申し出をポツリと繰り返した。
彼等はまた、過日のように屋敷の部屋で正座の姿勢で対面していた。
「わたしはもっと世間を見て回り、見識を広めたいと思うのです」
奏文が凛とした声色でそう言った。
ハァ、と父はため息した。
「こういう話が出ることは、ある程度予想されていた」
「お許しをいただけるのでしょうか?」
「今の王朝の状況は、お前も知っているだろうが、厳しいものになっている。各地で反乱が群発し、その平定に我々官軍は四苦八苦しているのだ。従って、お前のような武勇に優れた若者を去らせるのは、惜しい」
「……」
奏文は膝の上の拳をギュッと握り締め、葛藤に悩んだ。確かに自分の思いでは、旅立ちたいのだが、かといって、世話になった父の頼みを無碍に断ることは、息子として憚られた。
「だが、わたしは無理強いはしない。お前はお前の望むようにすればいい」
「わたしの望むように……」
奏文は、旅立ちを一旦考え直してみたが、その意志は変わらないようだった。父のそばに留まり、もはや弱体化して行く末の危うくなった王朝のために不利な戦いを続けるより、どれだけの期間になるか分からないが、父のもとを去り、見知らぬ土地を巡り、見聞を深め、時代の流れを読み解く方が、彼には有意義に思われた。
数日後、奏文は少ない荷をまとめて故郷を発つことにした。父の計らいで、彼は簡易な馬具一式を装備した馬を一頭貰い受けた。
城壁に囲まれた堅牢な町の、城門のそばで、馬を引く奏文は、父母と対面し、そこで彼等は別れることになるのだった。
春先のある日の朝だった。空は青く晴れていて、朝日は明るく輝いていたが、まだ厳しい寒気が残っていた。
「奏文」、と過日のように青い着物を着た母が情感を込めて呼びかける。「くれぐれも道中気を付けるんですよ」
「はい、母上」
そう答える奏文は、胸いっぱいという様子で、希望や緊張など、様々な感情の渦を抱え、そわそわして、また悶々としているようだった。
「一通りの武術は教えてきた」、と父。「お前なら一人でも生きていける」
「父上から教わったこと、これからの生活にぜひ活かしていこうと思っています」
「困ったことがあったらいつでも帰ってきなさい、などという優しい言葉は、わたしはあえて言うつもりはない。お前がこれからする旅は、決して半端なところで頓挫させてはならないものだ。わたしたちは今時代の潮目にいる。そしてわたしとお前は、今日を境に袂を分かつのだ」
「……!」
奏文がドキッとする。
彼の母も同様に何か感じ取り、眉をひそめ、「あなた」、と制止するように呼び掛ける。
「勘違いするな。わたしは、親子の縁を切るというのではない。みずからの選択に責任と自信を持つこと、それを必ず、奏文、守り抜きなさい。たとえ近い将来、わたしたちが戦場で敵対することになっても、だ」
奏文は青褪め、絶句した。だが、父が肩に手を置き、奏文をくるりと転回させ、早く行くよう促すように、背中を強く推した。
奏文は勢い余ってこけそうになったが、踏ん張り、その場で俯いてギュッと目を瞑り、高まる心臓の鼓動を穏やかに治まるよう念じた。せわしない心臓の動きは、なかなか制御出来なかったが、呼吸を少し止めてみると、何となく鎮まっていく気配を見せた。
奏文は目を開け、少しだけ父母の方を振り返り、意味深長に互いに頷き合うと、馬を引き連れて城門を潜り、短い闇を、開豁な明るみに向かって、不安を勇気で捻じ伏せて、抜けたのだった。
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