【完結】私は八薙リリカ! キヴォトスナンバーワンの天才だ! 作:詠符音黎
やった。
やってやった。
夕暮れからいつしか月がこちらを見下ろす夜へと移り変わった空の下で、私は勝ち誇っていた。
私は、ネルに敗北することで自らの目的を果たした。
もはや
このマシンが過去に干渉し、この八薙リリカという存在をこのタイムラインから抹消する。
これでみんなの未来は、ハッピーエンドになったんだ。
「カカ、カ……残念だったね、みんな……これで、このキヴォトスは、私に破壊されるのだ……カッ、カッ、カッ……」
最期まで、私はこの役割を演じなければ。
みんなに恨まれ、嫌われ、罵倒されて退場する。
孤高の天才。悪のマッドサイエンティスト。このキヴォトスナンバーワンの天才に相応しいエンディングだ。
「……ざっけんな……」
ネルの怒りに満ちた声が聞こえてくる。
そうだ、私に怒れ。悪と罵れ。他の誰でもない君にそう言ってもらえるなら、私だって本望なんだから。
「……ざっけんなよ! この後に及んで、無理して、強がってんじゃねぇ……!」
――……え?
「ヤる前にも言っただろうが……! てめぇのいつもの三文芝居なんて、見飽きてんだよ……! 何があったんだよ……! なんでこんな事してんだよ……! 本当にこれで終わりだっつうんなら、最後ぐらい素直になれや……! 自分に酔ってカッコつけた言葉垂れても、キショいだけなんだよ!」
『……リリカ。私はあなたのそういうところが嫌いです。関係が壊れるのが怖くて、もし全部壊れてしまうならばと自分だけが貧乏くじを引こうとする。尊いようでその実、自分勝手で独善的な考え方。そんな自己犠牲など、不快なだけです』
『……私はあなたのそういうところを知らなかった。でも、あなたはあなたなりに合理的な判断を下そうと努力してきた事は分かる。私は逆に、あなたのそういったところを尊敬するわ』
『形は違えどロマンを目指していた者同士だからこそ言える。リリカ、君は素晴らしい人間だ。自分の夢にまっすぐで、その他の余計な我欲を捨てて道を歩んでいた者だ。私にはどうしても、そんな君が下手な自尊心でこのキヴォトスを破壊しようとしているとは思えない。だからどうか、本当の事を教えてはくれまいか』
バレていたのだ。
私が美しく終焉を迎えるために、潔くこの世から消え去るためにこの演目を整えていた事など、とっくにお見通しだったのだ。
……いや、本当は私も、それがバレている事なんて知っていたのだ。
ただそれでも私はその方が楽だからと気づかないフリをして、ただ己に酔っているつもりで悪の帝王にでもなった気分でいたのだ。
自分も含めて、誰も傷つかないで終わるなんてありえない幻想にすがりたかっただけという事なんだ。
つまりは、どうしようもないおためごかしに過ぎなかったという事。
「はは、は……」
ならば……そうならば……もう、ネタバラシして、いいかもしれないな。
「……1+1という、単純な式はいいよね」
「は……?」
私の要領を得ない言葉にネルが呆れ怒りの満ちた声を出す。
この期に及んでという事なのだろうが、私はそれでも続ける。
どうしても私は、己を着飾りたい心を未だ捨てられないから。
「単純な式だからこそ答えがはっきりとしている。短い数式だからこそ美しい。もしそこに他の数字や計算式を入れてしまったら、どうやってもその美しさは取り戻せないし、2という答えにはたどり着けない。ここで完成されている姿はどうやっても取り戻せない」
「てめぇ、何を言って――」
『――ま、さか……リリカ、まさか、そんな、そんな……』
と、そこでヒマリから今まで聞いたこともない程に動揺し震えた声が聞こえてきた。
同時にリオが息を呑み言葉すら出せていない息遣いも聞こえてくる。
さすが、私に並ぶ天才の二人だ。これだけで、答えにたどり着いたみたいだね。
「おい……! 何勝手にそっちで理解してんだよ……! どういうことだよヒマリ! リオ! こっちにも説明しやがれ……!」
『……ネル。つまり、彼女は見たのよ。この世界の未来を。そして、このキヴォトスはどうやっても滅び、その原因は彼女の存在そのもの、だという事を』
「…………は?」
『彼女の時間に関する論文、そしてこれまでの発明が出してきたその理論を裏付ける結果。それから考えれば、辻褄は合います。リリカ……あなたは、自らの存在をこのタイムラインから抹消する気なのですね……?』
「……私の口からはっきりと言わせないでくれるかな。私だって、ちゃんと目を向けたくないんだから」
彼女らがたどり着いた答えに、私は弱々しい声で応える。
思わずぎゅっと拳を握り、その過程で床を強く引っ掻く。
どうしようもない結末。今からでは覆しようのない結末。私だけが消え、みんなは私なんかとの記憶は元から存在しなくなる結末。
この天才、八薙リリカが自らが諦め歩んだ、そんな一人だけのバッドエンドだ。
『リリカ……あなたという、あなたという人は、本当に、本当に……そういう、ところ、なんですよっ……!』
あのヒマリが泣いているのが分かった。
いつも余裕たっぷりで人を食ったような言動ばかり取っていた彼女が。
実は誰よりも他人の心の機微に敏感で、思いやってくれていた彼女が。
『……私からは、何も言う事ができないわ。もし自分が同じ立場だったとしたら、やり方は大きく異なるでしょうが私だって自ら犠牲になる道を選んだと思うから』
まさか、リオまで声を震わせてくれるなんてね。
最期の最期に、珍しい体験ができたものだな。
『…………っ』
ウタハは、何も言えないようだった。
ロマンを突き進んだ結果がコレなのだから、それはそうだろう。
あの快活なアスナも、さっき初めて声を聞いたトキって子も、同じように黙っていた。
まあしょうがない。だってもう
何もできる事なんてないんだからね。
「私は、世界のお邪魔虫なのさ。だから、邪魔するのなら死ぬ。それで――」
「――……アアアアアアアッ! このっ、この大バカ野郎がっ……!」
だけど、ネルだけは違った。
彼女は一人だけ悲しみではなく、強い怒りを表に出して、私の方に這ってきたのだ。
私達の決闘、そして先程の衝撃波で私だってもう体を動かす事なんてできなくて、それはネルだってそんな変わらないはずなのにだ。
「ネ、ル……?」
「ふざけてんじゃねぇよ! なんでそれを! 言ってくれなかったんだよ! いつものようにあの公園で言ってくれればよかったじゃねぇか! ゲロっちまえば良かったじゃねぇか! なのに! 勝手に抱え込んでこんな茶番に巻き込みやがって! 本当にふざけんじゃねぇよ……!」
ゆっくりと、カメのような遅さだったがこちらに近づいてくるネル。
その間にも
「で、でも、私は……それで、みんなに辛い思いを、してほしくなくて……どうにもならないのに同情されて憐れまれたらもう、対等な友じゃ、なくなっちゃう気がして……」
あまりにも必死な彼女の姿に、私の口からはそんな本音が漏れてしまっていた。
かっこよく散ろうと隠し続けてきた、憐れでくだらない弱々しい小娘の本音を、出してしまった。
「だから!!! それがふざけんじゃねえって話なんだよっ!!!!」
でも、ネルはさらに怒鳴り飛ばして来た。
こっちへと這ってくる速度が上がり、やがて立ち上がって近づいて歩み始めた。
「あたし達を傷つけたくないだ!? そもそも過去が変わっててめぇがいなくなってあたし達の記憶もなくなるんなら、別にあたし達を傷つけたって一緒じゃねぇかよ! お前と一緒になくなっちまうのならよっ! だったら言っちまってもいいだろうが!」
「でも私は、ネル達が、みんなが傷つく姿なんてやっぱり見たくない――」
「――それはこっちもなんだよッ!!!!!」
今日一番の、いや、今まで付き合って来た中で聞いたことがない、喉が壊れてしまうんじゃないかってぐらいの怒声がこの屋上を突き抜け、夜空に響き渡った。
「お前がみんなのためだからって一人自殺を選んで苦しんでる姿を、私達だって見たくねぇんだこのバカッ!!!! 自己犠牲なんて一人勝手に気持ちよくなるだけのダッセェ姿見せて満足してんじゃねぇぞ!!!!」
ネルの声は本当に怒りに満ちていて、でも、それ以上に本当に辛そうで。
「何か方法が見つかったかもとまでは言わねぇよ……でも、例え駄目だったとしても、みんなで一緒に悲しむ事だけでも違ったろうが……! 一緒に覚悟決める事だってできただろうが……! それが、ダチってもんじゃ、ねぇのかよ……!」
あまりにも大きかったはずのネルの声はやがてか細くなっていて、その目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
ネルが涙を流す姿を見せるなんて、誰が想像できただろうか。
その姿を見て、私もいつしか立ち上がり、彼女に歩み寄っていた。
「ネル……ネル……! 私だって、私だって!! 本当は嫌だよっ!!!!」
もう、駄目だった。
私は私に、嘘をつけなくなってしまった。
「消えたくないよ! みんなと一緒にずっと、ずっといたいよ! みんなと最後まで、友達で、ずっと、遊んでたかったんだよ……!」
ああ、そうだ。
私はやっぱり、みんなとずっと友達のままでいたかったんだ。
結局こんな大掛かりな事をやったのだって、最後までみんなと関わり合いたかっただけなんだ。
例え途中でバレたって、一人こっそり姿を消す方法なんていくらでもあったのに。
それをしないで狂った悪役ごっこをしたのなんて、そうでしかなかったんだ。
――私はせめて、最後にみんなと遊びたかった。それだけなんだ。
「やだよぉ! 消えたくないよぉ! 私、みんなとずっと一緒にいたいよぉ! あああっ! ああああああっ! ネル! ヒマリ! リオ! ウタハ、アスナ、チーちゃん、コタマ……! やだああああ! 私、みんなに、覚えてて欲しいよぉ……! 死にたく、ないよぉ! やだやだやだああああっ!」
もう恥も外聞もない。ボロボロと涙をこぼし、八つ当たりのように銃を
「チクショウ、チクショウっ……! リリカ……リリカっ……!」
「ネル……ネルぅ……!」
ネルも私に手を伸ばしてくれている。
お互い、痛む体に鞭を打ち今一番出せる速度で歩み寄り、そして、伸ばした私達の指は、触れ合って――
――毒々しい程の群青の閃光が、激しく、痛々しく夜の闇を吹き飛ばし、壊した。
次回、最終回。