【完結】私は八薙リリカ! キヴォトスナンバーワンの天才だ!   作:詠符音黎

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14. 天才と狂人の彼岸にて

 あたしがアイツの事を思い出したのは、本当に偶然としか言いようがなかった。

 時期としてはだいたい、チビのアリスになんか突然姉妹が生えてきてヒマリのいる特異現象捜査部に籍を置いた頃だったと思う。

 その日、あたしはもうこれ意味あんのかって感じのC&Cの表の活動としてのメイド部の清掃活動をミレニアムにある少しデカめの公園でしていた。

 してたっつってもあたしはダルいからちょっとフケてアカネ達からは離れたベンチで寝っ転がってサボってたんだけど、そのときだった。

 なんか物音がしたなと思ってふと近くにあった公衆トイレの方を見てみると、そこには公園の蛇口の水を頭から被ってる見慣れない姿があった。

 まあこのミレニアムでもたまに見る学籍が存在してないヤツだろうなとは思った。

 このキヴォトスで学籍がないと本当に苦労する。

 だから金を節約するために体を洗うときに公園の蛇口を使うヤツなんかもいて、一部生徒からは煙たがられてたりもする。

 でもまあそういう奴らって大概タフで気にしてねぇよなぁって感じもあったし、あたしとしちゃ迷惑かけられなきゃどうでもいいからスルーしようとしたけれど……その姿を見たら、思い出しちまったんだよ。

 ボロボロでいつのもんだよっていうぐらいに色褪せた青色のジャージでその上にこれまた汚く色褪せしまくった黒のジャケットを羽織ってたし、あの派手なモノクルも銃もなくてもう頭からつま先まで手入れのカケラもないそりゃひどい姿だったが、間違いなかった。

 

 それが、八薙リリカだって。

 あたしは気づいたんだ。

 

 今このあたしが過ごしてきた時間には存在してないはずの女。

 キヴォトスナンバーワンを自称してた天才で、不器用過ぎて心の内を吐露できなくて、あたしが助けてやる事ができなかった、優しさを拗らせちまってたかけがえのない大事な友達。

 そんなやつがいた事を、そこで、初めて思い出したんだ。

 

「おっ、おい……リリカっ!」

 

 あたしは思わず名前を呼んで駆け寄っていた。

 何がどうなってるんだとか今までどうしてたのかとか、そういう事は全部後回しでとにかくリリカがそこにいるって事を確認したかった。

 嘘じゃないって、幻じゃないって事を確かめたかった。

 でも、あたしにそう声をかけられてそいつが返してきたのは――

 

 

 

 

 

 

「う、え? え、えっーと、お。わ、わたし、うん。リ、リリカ……なんです? あー、でも、そーの、だれ、でずが? あんだ」

 

 あんまりにノロマな素振りを見せて、まともに言葉も喋れてねぇ、そんなアイツの姿だった。

 

「あ……え……は? 嘘、だろ……え……? いや、リリカ、なん、だよ、な……?」

「お、あ。は、はい。わだーじ、うん、うん、そ、そういう、たぶん、なまえ。あれ、でもおめー、だれだ? わたじ、あたま、よわくて、よく、わかんね、で。ほかの、ひーと、で、でずから」

 

 うまく聞き取るのも難しい喋り方で、ボロボロの服からキツイ臭いを漂わせ汚れだらけの締まりのない顔でヘラヘラ言ってるその姿は、そうなんだと信じたくなかった。悪夢だと思いたかった。

 リリカじゃないって、否定してやりたかった。

 でもあたしは理解もしちまったんだ。

 アイツは、失敗したんだって。

 完全に自分を消せなかったんだよ。

『キヴォトスナンバーワンの天才八薙リリカ』は存在してなくて、いるのは学校にすら通う事ができないくらいのバカになっちまった、コイツなんだって。

 

「ああ……ああ……! ……ク、クソ、クソッ……! クソが……クソがあっ!!!」

 

 私はその場からつい逃げ出してしまった。

 他の奴らが声をかけてきたのにも無視して、部屋に逃げ込もって泣き喚いた。

 C&Cの連中は凄い心配てくれたけどこんな事言えるはずない。

 その後なんとか動けるようになったときに、どういう事になってんのか知るためにはぐらかした感じでリオやヒマリに聞いてみた。

 二人はそれとなくリリカの事を話してみても覚えてる様子なんてなく、ただあくまで例え話として聞いてみて二人が答えてくれた事をまとめるとこういう事らしかった。

 あの過去を改変する装置はただの装置じゃなくて、どうにもあたし達生徒の神秘と連結する事でそれを可能としたらしい。

 歴史から自分を抹消しようとするリリカはそれと自分を結んでた訳だが、そこでイレギュラーが発生した。

 

 あいつが、私の言葉に応えて、消えたくないって、あたしの名前を呼んで手を伸ばし合ってかすかに触れた事だ。

 

 それで連結していた神秘の力に影響が出て、結果リリカの存在そのものが消える事はなかった。

 でも天才だったアイツの存在を消すっていう目的と役割は変わらず、結果残ったのがあの公園暮らしをやってるリリカって訳だ。

 それで、あたしだけがアイツの事を思い出せたのはあのとき互いの指と指を触れ合わせたから……らしい。

 細かい理屈はまったく分からないし、あくまで二人も覚えてないからただの思考実験みたいな感じで軽く話してくれたが、それは本当に最悪の答え合わせだった。

 

「なんだよ、それ……あたしのせい、じゃねぇか……」

 

 あたしがアイツに叫んじまって、アイツの本音を引き出しちまったせいで、アイツはあんな姿になっちまった。

 覚悟を決めてたアイツの未練を復活させたせいでこうなっちまったんだ。

 昔のアイツとはまったく別人の、目を覆いたくなる姿に。

 でも、それでもアイツがリリカである事には変わりがない。

 だからこそあたしは、この今のリリカの面倒をできるだけ見ようって決めたんだ。

 

「ホラよ。今日からここに住めよ。あたしが世話してやっから」

「う、お、は、はいぃ。これまた、きんれーなおうちだぁ、ね。あんと、えんと、ありがと、ごぜぇあす。えーっと、うんと……」

「……ネルだ。別に、無理して覚える必要ねえぞ」

「うん、あ、はい。ありがと、です。ネル、さん。へへ」

 

 締まりのない顔で笑いながらお礼を言うリリカ。

 そんなアイツの姿を見るたびにあたしの心は締め付けられて、泣きそうになる。怒り叫びたくなる。でもそんな事を目の前でやったらこいつはビビって泣いちまう。

 というか、一回あたしはそれをやらかした。

 アイツが服も部屋もぐちゃぐちゃに汚しちまって、人としての尊厳のカケラもないその有様に昔との差異にしんどくなりすぎてつい「ふざけんなよ!」と怒鳴ったら、ビービーと鼻水とかいろんなもん垂らしながら泣き叫びやがった。

 本当に、死にたくなるぐらいに見てられない姿だった。

 あんな自分の才能を鼻にかけていて、自信満々なようで小心者で、カッコつけだったアイツの見る影は、どこにもなかった。

 

「おー、あ。これ、うめ、ですか?」

「は? いやそれはマガジンで別に食いもんなんかじゃ……」

「え、うー、……あーぁん……おえっ!」

「あっ、止めろ! だから食いもんじゃねぇって……!」

「い、うが……おえっ……! ず、まぜ……わるかーた、でず……」

「いいや、こんなとこに置いといたあたしが悪いからよ……勝手に何でもかんでも口に入れるんじゃねぇぞ? つっても、またやっちまうんだよな今のお前は……」

「ほあ? あー、うん、あい。きーつけ、ます、だな」

 

 かろうじて体が一緒なだけの生き物。

 そうとしか言えなかった。

 育児と介護を足して二で掛けたようないろんな面倒を見てやらないといけない苦労。

 むしろこれでよく公園で暮らせてたなって思うけれども、多分、『そういう事になった』ってヤツなんだろうなって、漠然と思う。

 多分ここらへんもあのとき私がアイツと指を触れ合わせたからこその気づきで、だからこそもはや別人と一緒って言ってもいいのに切り捨てることもできねぇんだ私は。

 

「ああもう……だから、そのっ……! ……ハァ……すまねぇ。ほら、ちゃんと手じゃなくてスプーン使えって言ったろ?」

 

 だからこそ、あたしはそんなリリカに苛立つ。なんで同じ人間のはずなのにここまでひどくなっちまってんだよって。

 

「落ち着けよ……今のアイツに癇癪起こしたって、どうにもならねぇだろうが……自分で拾ってきたくせに、あたしがあんなんにしちまったのと一緒だってのに、手出そうとするとか最低すぎんだろうが……」

 

 だからこそ、あたしは自分自身に苛立つ。そんな事思って、ふとした瞬間に面倒見てる事へのストレスを感じちまう情けなくて弱っちい心に。

 

 ただ。

 でも、それでも。

 完全な別人じゃなくて確かにアイツだって、私が知ってる八薙リリカだって分かるときがあるんだ。

 

「……え? 花を、育ててぇ……だ?」

「あっ、あい。わ、わだーし、おはな、すき、でんしゅ。お、おはな、わたし、とも、だち? れす。わ、わたし、あたま、よわい。で、でも、おはな、なら、わたしばか、でも、きずつけない、んで。だから、はな、わたし、ともだち。ともだち、ほじー、でず」

 

 

『ネル、私は、実は大人になったらお花屋さんになりたいって思ってたんだよ』

 

 

「あっ……あ、あっ……」

 

 そうだよ。アイツが花が好きだったのってそういう理由だったじゃねぇか。

 いつだか聞いたことあるんだよ。

 自分は頭いいからみんなバカにしか見えなくて、でもそこで実はやっぱり友達が欲しくて、だけど自分は相手を傷つけてしまって、それで友達ができない。だから、花を友達代わりにしてたのに気づいたんだって、そんな話を。

 そんときはバカだなぁなんて笑ってやったし、自分でもそう思うってアイツも笑ってた。

 でも目の前のコイツはまったくの正反対の境遇だってのに、ほぼ同じ理由で花を友達なんて言ってやがるんだ。

 友達が欲しい。

 相手を傷つけたくない。

 だから植物を友達に見立てる。

 そんな遠回りでバカだけど、心の底では人の事を思いやってる天才の姿が、確かにここにあるんだよ。

 

「……っ!」

 

 それを見たとき、私は思わず目の前のリリカを抱きしめていた。

 

「え、え、あ、はい? えーど、ねー、ら、さん? な、ないてる、だす? ど、どっか、いたいいたい? なでなで、するす」

 

 あたしの名前もまだまともに呼べないコイツ。

 そんななのに、あたしのこと心配してくれて、分からないまま笑って頭を撫でてくれるコイツ。

 誰よりも頭が良かったはずなのに、今では『1+1は』なんて当たり前の計算をするのに指を使ってもまともにできなくなった、誰よりも頭が悪くなっちまったコイツ。

 キヴォトスで一番の天才だったこいつが頑張った結果が、キヴォトスで一番のバカになるって、なんなんだよ、それ。

 

「すまねぇ、すまねぇ、すまねぇ……!」

 

 あのときアイツは『花屋になりたかった』って過去形で言ってたのは、もう死ぬ覚悟してたからんだよ。諦めちまったんだよ、そんなささやかな夢すらも。

 なんで私はそれに気づいてやれなかったんだよ。

 そしたらもっと違ったかもしれねぇじゃねぇか。

 少なくとも友達のために頑張ったヤツがこんな仕打ちを受ける事なんてなかったじゃねぇか。

 あたしが、気づいてやれれば、こんな、こんな釣り合ってねぇ結果に、ならなかったはずなんだよ。

 

「もう、あたしは、お前を離さねぇ。何があっても絶対にお前を守る。あたしの間合いにいるお前に手をだそうとするやつがいたら、絶対に許さねぇ」

 

 あたしができる事はもう、それしかない。

 自分勝手な贖罪でしかなかったとしても、あたしはコイツを守る。

 もしそれで世界のためにと誰かが、例えばリオやヒマリが敵になろうとも、ありえない事だと分かってはいるがもしも先生が敵になったとしても、キヴォトスのあらゆるすべてが敵になる事になったとしても、あたしはコイツを守る。

 あたしだけは何があってもコイツの味方だ。

 もう何があっても、コイツの手を離さない。

 

「リリカ……あたしは、もうお前を手放さない。お前を守るために必要なら、誰が敵になろうと知ったこっちゃねえ。必要なら、この世界丸ごと全部ぶっ壊してやるよ」

「は、う? せんか、い? あ、あたし、よわ、から、わからないけど、あんがーと、だな。 へへへ……」

 

 コイツが不幸になる運命ってんなら、あたしは徹底的に抗う。

 コイツ一人の幸せのためなら、誰であろうと不幸にしてやる。

 コイツがいなかった人生であたしが得てきたすべての価値あるモノを代償として捧げてやる。

 そう、だから――

 

 ――いなくなっちまったアイツだって、きっと取り戻せる……起きちまった悲劇だって、きっと、覆せる、はずなんだよ……!

 

 

   *****

 

 

 かつて『名もなき神々の女王』に使える従者、『鍵』であった私が天童ケイという名前と新たな肉体を得て特異現象捜査部に入ってからそれなりに経ちました。

 正直この部にいるよりアリスのいるゲーム開発部の部室にいる方が長いところはあるんですが、それはそれとして今日はちょっとしたミーティングがあってこの部室にいます。

 

「で、今日はなんですかヒマリ」

「ええ、まずはこれを見てください」

 

 そこでヒマリが見せてきたのはグラフだった。

 日付と連動してる線グラフに棒グラフ、他にもさまざまなグラフと数値が表示された画面で、それはどれもここ最近急激に変化している様子だった。

 

「部長、これは?」

 

 同じ特異現象捜査部のエイミが聞く。

 それにヒマリがいつになく真面目な面持ちで答え始める。

 

「はい。これは簡単に言うなら“時空のゆらぎ”のグラフと言いましょうか」

「時空の、ゆらぎ……?」

「はい。あのキヴォトスの空が赤く染まりアトラ・ハーシスの箱舟と対峙したあの一件を受けて開発した計器がありまして、それがいわゆる他の世界からの干渉、またはこのタイムラインへの不穏な影響を感知できるようにしていたのですが……それがここ最近、初めてその数値に異常を見せたのです」

「ふーん、これまた凄いSFチックな話だけど……それで、もしかしたらこの世界はまた侵略を受けているのかも、って事?」

「はい。ですがどこで何が起こっているのかは分からないので、詳しく調べ始めようかと思いまして……」

「……なるほど、そういう事ですか」

 

 私は今のヒマリの話を聞いて、一人納得しました。

 実を言うとこの現象に関して私は“鍵としての知識”がありまして、それでいて少し”感じる”部分もここ最近ありましたから。

 

「ケイ? 何か知っているのですか?」

「ええ。……“起きた事は、覆せない”」

「……それは、先生も言ってた……」

「はい。デカグラマトンと話した先生が口にしていた言葉。このキヴォトスの絶対原則の一つ。……この現象を一言で表すのなら、それでしょうね」

「どういう事なのですか? すみません、現状だとこのキヴォトス屈指の超天才であり輝かしい『全知』の二つ名を持ってしても表現しきれない賢人たるこの私でも話が見えなくて……」

「いえ、私も詳細を理解しているわけではありません。ですが、少なくともこれは外からの侵略ではないでしょう。……おそらく、誰かが“起きた事を覆そうとしてる”のかと。……このタイムラインで消されたはずの、ソレをね」

 

 誰かは分かりません。

 何いがあったのかも知りません。

 ですが……このゆらぎの数値は、きっとまた、私達や先生にはどうしようもできない、そんなとても不幸な出来事を目の当たりにする……そんな数値なんだと、そういう確信ができました。

 

「……それでも私は、最後まで生きるのを、無数に瞬く可能性を諦めないだけです」

 

 いくら苦しくても、いくら悲しくても。

 私達は生きているのだから、前に歩む事をやめてはいけない。

 アイン、ソフ、オウルのように歩む事が出来なかった子達にもそうでなければ顔向けができないですし、そうしようとみんな頑張っているんです。

 

 でも、それでも。

 

 できうる限りの事をするとは誓いながらも、いずれ来るであろうその『誰かにとってのバッドエンド』を思うと、私は割り切る事ができず、つい唇を強く噛んでしまわざるを得ないのでした。

 

 

 

 













最後までお付き合いいただきありがとうございました。
本編はこれで完結となります。

後ほど五日ほど間を開けてから「もしかしたらこういう世界もあったのかもね」みたいな感じの都合良くうまくいったIF番外編を投げる予定ですが、あくまで本編はここまでなのでステータスは完結としておきます。
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