【完結】私は八薙リリカ! キヴォトスナンバーワンの天才だ!   作:詠符音黎

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7. 解答

「ふぅんなるほど……そういうことか」

 

 ネルが私の隣に座って静かに言ってくれた。

 もちろんネルにも本当の事は言っておらず、ヒマリ達に説明したように『夢の実現がはっきりと近づいた事に対して怯えている』という事にして話している。

 

「ああ。実にくだらない話だろう?」

 

 そのためなんとか取り繕って澄ました顔で返してみるが、状況は先日同じ構図で話を聞いてもらったときよりもよっぽど深刻だ。

 ただその一方で、こうしてこの公園このベンチでネルに話を聞いてもらうのはわりとよくある事だったなとも思い返す。

 私達が今いる公園は人がいないわけではないがなかなかに広く、遠くで遊んだり散歩したりする人達を見ながら一人静かに過ごせるので落ち込んだときにはよく来ていた。

 そうしているといつの間にかネルとここでよく会うようになって、そのたびに彼女はこうして話を聞いてくれていた。

 まあさすがにこれはネルが落ち込んだ私の話を聞きに来てくれてる事ぐらいは理解している。

 本人は「偶然に決まってんだろーが」なんて釣れない態度を取ってくるが、そんな偶然が何回もあるわけない。

 とは言え理由としては私が落ち込んでいると面倒くさい、というのがメインなのも分かっているから変な感情なども抱いてはいないが。

 

「別に笑ってくれて構わんさ。いつも通り、らしくない臆病風に吹かれたとね」

 

 だからこそ私はポケットに両手を突っ込んで足を組み、あえて挑発的で不遜に、そして僅かな自虐を含む程度に抑えた様子で返した。

 ヒマリとリオにもしたように、私のせいで彼女を無駄に悲しませてしまいたくはなかったから。

 それならバカにされ、いっそのこと恨まれてしまった方がいいとさえ思っていたから。

 

「……いや、今回は笑わねーよ」

 

 だけれども、ネルから返ってきた答えは予想外のものだった。

 

「え……?」

「なんだよその顔。……いや、いつもだいたいオメーのケツを叩くような事言ってたからそれも仕方ねぇか」

 

 今度はネルが苦笑する。彼女も私みたいに両手をスカジャンのポケットに入れたその姿は私よりもずっとふてぶてしくありながらも、同時にとても様になっていて綺麗だった。

 

「まあでもよ、今回ばかりはそんな事言わねぇよ。だってお前がずっと頑張ってきた事がはっきりと形になろうとしてんだろ? そりゃ考え込みもするさ。ま、あたしは将来の夢とか全然だし偉そうな事は言えないんだけどな! ハハハッ!」

 

 明るく笑ってくれるネル。

 本当にただ足が竦んでいただけだったならどれだけ心強く感動した事だろうか。

 でも実際には違う。

 私の目標としていた夢が、今私の首を絞めているのだから。

 

「……まったく、ネルには敵わないな。……ああでも、一つだけ訂正しよう」

 

 だけれども、それでも私はネルと話そうと思った。

 例え嘘で塗り固めた私だとしてもネルはこう言ってくれたのだし、私だって少しでもネルと話していたかった。

 今後どうなるのかは分からない。だからこそ私は、()を見て()()から目を逸らしたかった。

 彼女とのこの時間を、少しでも大事にしたかった。

 

「私のタイムマシン開発は確かに夢だけど、将来の夢じゃないんだ」

「は? どういう事だそれ?」

「タイムマシン開発は成し遂げたい夢で、将来の夢……つまりはなりたい職業とは違うんだ」

「あーそういう事? それは知らなかったな……てか、その口ぶりだと今のまま科学者にある気はない、って事なのか?」

「ああ。……その、笑わないで聞いてくれるか?」

 

 私は少し俯いてから伺う。

 顔が少し火照っているのを感じた。

 

「内容によるな」

「まあ、そうだよね。……ネル、私は、実は大人になったらお花屋さんになりたいって思ってたんだよ」

「え!? 花屋!? お前が……って、そっか、なるほど……考えてみればわりとすっと落ちるわソレ。お前、花とか好きだもんな」

 

 最初驚愕していたがすぐに言葉通り落ち着いて優しい声で言ってくれる。

 それが嬉しかったし、同時にもはや叶わない夢であることを知っているためにとても悲しかった。

 

「ああ。タイムマシン研究は確かに実現したい夢だ。でも研究や発明は私にとっては当たり前の日常であり生活の一部だから憧れの職業とはちょっと別カテゴリでね。だから、その……大好きな花々に囲まれて仕事をできたら、なんて光景を思うと……胸が踊ってね」

 

 このミレニアムに入学するまで、私に人間の友人はいなかった。

 家族とも折り合いが悪くて、誰も話し相手はいなかったし私もバカと話すのは疲れるから嫌だとあの当時は思っていた。

 そんな私の友達代わりが小さな鉢植えで育てていた花だった。

 最初は一つだけだった鉢植えはいつしか数を増やしいろんな花を育てていたから特定の花を愛でていたというより、花そのもの、更には花をつけない観葉植物も揃えそれに囲まれるのが数少ない趣味だったのだ。

 だって、植物は何も言ってこなかったから。

 僻みも、悪口も、愚言も何も。ただ黙って私の話を聞いてくれて、側にいてくれた。

 ミレニアムでネル達と出会うまで、私は植物があればそれでいいと思っていた、寂しくつまらない女だったのだ。

 

「……へぇ~。可愛いとこあるじゃねぇかおめぇ」

「う、うるさいな……おだてても何もでないぞ」

「いやいや、本音だよ本音。……ならよ、だったらよっぽど今悩んでる発明、やっちまったほうがいいと思うぜ」

「え……?」

 

 突然の言葉に、私はまた現実に引き戻された。

 私がこのタイムラインにおける崩壊を引き起こすがん細胞なのだという、逃げていた現実に。

 

「だってよぉ、なりたい職業がある一方で別に目標としての夢があるならどっちつかずになっちまうだろ。だったら今できる事を全力でやるのがいいと思うんだよな私は。まあそれで何かに詰まったらリオやヒマリを頼れよ。あたしならともかくあの二人ならそっち方面でも助けてくれんだろ」

 

 ニカっと笑うネルの笑顔はとても優しく、そして格好良くて。

 本来なら百点と言えたその答えは今の私にとってはもはやそうはならくて。

 

「……そうだな。ありがとう、ネル」

 

 でもそんな残酷とも言えるこの状況でこそ、私はやはり思ったのだ。

 

 ――私は、こんな私の事を思ってくれるみんなの未来を守りたい。大好きなみんなの未来を。

 

 だって彼女らは、私の人生に彩りを与えてくれたから。

 色のない退屈で腹立たしい世界から私を助け出してくれたのがこのミレニアムサイエンススクールのみんななんだ。

 

「おかげで、気持ちは固まったよ」

 

 ――ネルも、ヒマリも、リオも。他にもたくさんの友人達にはハッピーエンドのその先にある何気ない日常を歩んで欲しい。

 

 彼女らに救ってもらった人生ならば、その人生をみんなに捧げるのも悪くはない。

 こんな素晴らしい友人達が迎える結末が破滅なんて認めたくない。

 バッドエンドになんかさせない。ハッピーエンドにしなければならない。

 

「そうか。ま! 頑張れよ! 楽しみにしてるぜ? 未来の花屋さんよ」

「カカッ、そっちかい? まあ見ていてくれ。見せてあげようじゃないか……私の夢の終着点をね」

 

 ――そのために、私はもっとも確実性が高く安定した方法を取ろう。いつもそうしてきたように。

 

 この壊れる事が決定付けられているタイムラインを修正する手段は二つ。

 一つは世界の構成要素すべてを改変し、以前のタイムラインでは破綻を引き起こす要因を含んでいても問題がないようにしてしまうこと。つまりは世界丸ごとの改変である。しかしてこれはそこから別の要因やタイムラインへと派生する可能性を秘めており、安定性が欠如している。

 そしてもう一つは、問題のある要因――つまり私という要因に大きな改変を加える事。最小単位の改変であり、世界丸ごとの改変と違いほぼリスクは存在しない。改変に伴い必要なエネルギーにも大きく差があり、あらゆる意味で低コストで済む。

 何もかもを壊すか。

 一つだけ壊すか。

 果たしてどちらを選ぶべきか? まるで自分が乗ったトロッコのレールをどう切り替えるかのような自問自答。

 先程誓った言葉の通り、たった今、その答えを私は出した。

 

「まったく、毎度の事だけど話し込みすぎちまったな。じゃあな、また明日」

「ああネル。また明日」

 

 ――私の大好きなみんなのために、私は、すべてを壊す狂った科学者となろうじゃないか。すべてを壊す事によってすべてを生かし、不必要なたった一つだけを抹消するそんな狂人に。

 

 太陽が傾き夕刻を迎えた中でまだ強い日差しの中で人並みに溶け込んでいくネルを私は笑顔で見送った。

 何としても彼女らに壊れた世界の土を踏んでほしくない。

 その躯をこの大好きな学び舎に晒してほしくない。

 私がこれまで培ってきた知識と技術すべてを用いて、過去を改変する事によって、私は私という最小単位の改変を行う。私の存在を、このタイムラインがら抹消するのだ。

 しかしいくらたった一人のチンケな存在の改変と言えど、このキヴォトスナンバーワンの頭脳以外は特別な力を持ち得ない私の目論見はいつかバレてしまう。ネル達が知ってしまう。

 ならば、発想を変えるのだ。

 始めから堂々とやって、私一人とこのミレニアムとで戦争をしてしまえばいいのだ。

 世界を壊そうとする天才科学者と、それに対抗する者達……ああ、なんと、なんとなんとなんとなんと――

 

「――なんと、面白そうなのだろうか」

 

 なんと、なんとなんとなんと! なんともワクワクするではないか!

 

「――なんとっ! なんと心踊るのだろうか! この私が! 名実共にキヴォトスで最高の頭脳を持つ存在なのだと、決定的に証明できる解答を最期に見せつけられる事ができるのだからッ! カッカッカッ……!」

 

 これなら誰にも同情される事もない! 悲しまれる事もない! ただそこにあるのは敵への憎悪! 怒り! 侮蔑に嫌悪にただの失望!

 それをすべて叩き潰す事によって、私は決して誰からも憐れみで見下される事なく終わる! この世界と共に!

 

「これ以上に崇高な孤高が他にあろうか!? いいやなぁい! まさにこれを成せるのは、この私だけ……なぜならばそう! 私は八薙リリカ! キヴォトスナンバーワンの天才! だからなのだ! だからこそ、私はたった一人でこのキヴォトスに勝つのだッ! カカカカカ……カッカッカッ……!」

 

 ――ああ、楽しみだなぁ。

 

 ネルが去っていった公園で一人、私はあまりにも嗤える自分の計画に静かに腹を捩れさせた。

 これでもう最期だと、自分の瞳から溢れ出てしまう情けない涙によって女々しい未練を捨て去りながら。

 

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