守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎 作:ギアっちょ
夜。
人気の消えた市街地。
ネオンだけが、やけに湿った路面を照らしている。
この街では、ここ一ヶ月で十一人が姿を消した。
遺体は出ない。目撃証言も曖昧。
ただ一つ共通しているのは――
消えた全員が、失踪直前に「誰かに呼ばれた」と証言していたことだけ。
その現場近くのビル屋上に、四人はいた。
キラ・ヤマトが、苦い表情で街を見下ろす。
「こんなの、放っておけないよ。誰かが苦しんでるんだ」
承太郎は帽子のつばを指で押さえ、短く息を吐く。
「やれやれだぜ……
で、犯人はどこにいる」
カイエンは壁にもたれ、片手で頭を掻いた。
「ぼかぁ厄介事は苦手なんだが……
逃げられない類の面倒くささみたいだな、こりゃあ」
ネウロは、にたり、と笑った。
人間のものではない、薄く鋭い笑みだ。
「ククク……
実に芳醇な匂いだ。この街には“謎”が充満している。
恐怖、隠蔽、誘導、依存、そして悪意。まことに美味だ」
承太郎が、横目でネウロを見る。
「テメー、さっきから食うだの匂いだの……
ちゃんと説明しろ」
「説明?」
ネウロは心底愉快そうに首を傾げた。
「吾輩は説明など好まん。理解できぬ人間が右往左往する様もまた、愉悦だからな」
「テメーは俺を怒らせた」
空気が一瞬で張り詰める。
キラが慌てて二人の間に入った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!
今は争ってる場合じゃないだろ!」
「ふむ」
ネウロは興味深そうにキラを見た。
「貴様はずいぶんと他者の衝突を嫌うのだな」
「嫌うよ。当たり前だろ」
キラはまっすぐ言い返す。
「争えば、守れるものまで壊れるかもしれない」
「甘いな」
カイエンがぼそりと言った。
キラが振り向く。
カイエンは街の一角を見つめたまま、続ける。
「守りたいもんがあるのは結構だ。
だが“守る”ってのはな、言うほど綺麗じゃない。
時には斬らなきゃならんし、
助けるために見捨てる順番を決めることもある」
キラの顔が曇る。
「そんなの……!」
「あるさ」
カイエンは淡々としていた。
「現実ってやつは大抵、性格が悪い」
ネウロが口元を吊り上げる。
「クク……よい。実に良い。
甘さを抱えた理想主義者、怒りで悪を裁く男、現実を知る剣、そして吾輩。
まるでバランスの悪い晩餐会だ」
承太郎が低い声で言う。
「で、結論はなんだ。
犯人をブチのめせばいいのか。話を聞けばいいのか。斬ればいいのか」
「全部違うな」
カイエンが言った。
「全部違う?」
キラが聞き返す。
「まず、“犯人”って前提が怪しい」
カイエンは目を細める。
「連続失踪にしては痕跡が薄すぎる。誘拐にしては要求がない。通り魔にしては雑音が少ない。
何より――
街全体が、妙に静かすぎる」
ネウロが指を一本立てた。
「そう。
この事件の本質は“消失”ではない。
“誰も深く追及しないこと”だ」
キラがはっとする。
「……隠されてる?」
「半分正解だ」
ネウロ。
「隠されているのではない。“納得させられている”のだよ。
目撃者も家族も警察も、皆どこかで『仕方ない』『そういうものだ』と飲み込まされている」
承太郎が眉をひそめる。
「洗脳か」
「あるいはそれに類する支配だな」
ネウロ。
「精神操作、認識阻害、あるいは共同幻想。
どれでもいい。重要なのは、
この街では“異常が異常として認識されない”」
キラは拳を握った。
「そんなの、許せるわけない……!」
承太郎が短く言う。
「同感だ」
カイエンは肩をすくめた。
「やれやれ、そこで意気投合するのかい」
キラが少しだけ食ってかかる。
「だって、人が消えてるんだよ!」
「知ってるさ」
カイエンは落ち着いて返す。
「だから焦るなって言ってる。
見えない敵に、正義感だけで突っ込むとだいたい碌なことにならん」
「だが、放置もできん」
承太郎。
「だから段取りだよ、不良くん」
カイエンはにやりともせず言った。
「まず情報を分ける。
おまえさんは現場で“力押しでしか分からんこと”を拾え。妙な気配、妙な間取り、人の嘘。
キラは被害者側を当たれ。話を聞ける顔をしてる」
「……それ、どういう意味ですか」
「善人って意味だ。褒めてる」
カイエンは即答した。
「ぼくは逃走経路と物理的な抜け道を見る。
で、そこの魔界の食通は――」
ネウロが不満げに目を細める。
「食通とは俗だな」
「謎の芯でも舐めてろ」
カイエン。
一拍。
承太郎が、ふっ、と鼻で笑った。
キラが目を丸くする。
「えっ、今ちょっと笑った?」
「笑ってねぇ」
ネウロは愉快そうに肩を震わせた。
「よかろう。では吾輩はこの街に漂う“違和感の中心”を炙り出そう。
どうせ黒幕は、自らを善意か秩序の側に置いている」
キラが嫌な予感に顔をしかめる。
「秩序の側……?」
「よくあることだ」
ネウロ。
「人を救うために人を捨てる。
世界を守るために個人を消す。
平和のために、不都合な者を“いなかったこと”にする。
実に人間らしい」
キラは黙り込んだ。
その横顔を見て、承太郎がぽつりと言う。
「気に食わねぇ話だな」
「そうだね」
キラは小さく頷く。
「でも……
だからこそ止めないと」
ネウロが笑う。
「貴様は本当に面白いな、キラ・ヤマト。
何度打ちのめされても、なお“守る”と言うか」
キラは視線を逸らさない。
「それでも守りたい世界があるんだ」
その言葉に、
一瞬だけ、三人の空気が変わった。
承太郎は帽子を少し上げる。
「……青臭ぇが、嫌いじゃあない」
カイエンは肩を竦める。
「ま、そういうのが最後に効くこともある」
ネウロは、まるで珍しい料理を前にしたような目をした。
「ククク……
理想を失わぬ人間は、時に最上の毒になる」
その時だった。
下の路地から、か細い悲鳴が聞こえた。
四人の視線が一斉に落ちる。
黒いコートの人物が、ふらふらと路地裏へ引き込まれていく。
まるで、何かに呼ばれるように。
キラが最初に駆け出した。
「待って!」
承太郎が続く。
「やれやれ、手間かけさせやがる」
カイエンは剣の柄に手をかける。
「ほら見ろ。厄介事のほうから来た」
ネウロは舌なめずりするように笑った。
「――この謎は、もう吾輩の舌の上だ」
そして四人は、夜の底へ飛び込んだ。