守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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岸辺露伴は潮騒を聞く その25

駅の売店は、小さいながらも妙な吸引力を持っていた。

 

旅館で精算を済ませた。

荷物もまとめた。

送迎車にも乗った。

駅にも着いた。

 

普通なら、あとは列車に乗って帰るだけである。

 

だが、弥子は売店の前で立ち止まっていた。

 

「……最後のお土産」

 

キラは会計ファイルを抱えたまま、静かに言った。

 

「弥子ちゃん、もう商店街で買ったよね?」

 

弥子は真剣な顔で振り返った。

 

「駅の売店は、駅の売店!」

 

カイエンが笑う。

 

「理屈としては雑だが、旅情としては分かるな」

 

泉が苦笑した。

 

「分かっちゃうんですか」

 

ソープが棚を眺めながら言う。

 

「駅売店は、旅人の最後の購買意欲を受け止める場所だね」

 

カイエンは即座に突っ込んだ。

 

「だから誰目線だよ」

 

「今回は本当に旅人目線だよ」

 

「本当か?」

 

「たぶん」

 

「たぶんなのか」

 

アウクソーは時計を確認した。

 

「列車出発まで、まだ時間はございます」

「ただし、購入は持ち運び可能かつ小額のものに限るべきです」

 

キラは深く頷いた。

 

「はい。最後の会計防衛ラインです」

 

弥子は拳を握った。

 

「小額! 持ち運び可能! 食べられる!」

 

キラが即座に言う。

 

「最後の条件が増えてる」

 

ネウロが笑った。

 

「ククク……土産という名の即時消費物か」

 

______________________________

 

売店の棚には、港町らしい土産が並んでいた。

 

海苔の佃煮。

塩キャラメル。

干物チップス。

貝殻クッキー。

灯台サブレ。

そして。

 

潮騒まんじゅう・防波堤限定風味

 

弥子が固まった。

 

「防波堤限定風味……?」

 

泉が嫌そうに棚を見る。

 

「なんですか、その最後まで不穏な商品名」

 

露伴は即座に手に取った。

 

「いいな」

 

泉が止める。

 

「先生、またですか」

 

「これは普通の饅頭だろう」

 

「名前が普通じゃないです」

 

キラは裏面表示を見る。

 

「原材料は普通ですね。白あん、塩、米粉……防波堤要素は、パッケージだけみたいです」

 

弥子はほっとした。

 

「じゃあ食べられる!」

 

ネウロが言う。

 

「防波堤の未練味ではないのか。つまらん」

 

「そんな味いらない!」

 

ラクスはパッケージの灯台と防波堤の絵を見つめ、静かに微笑んだ。

 

「今なら、この絵も穏やかに見えますわね」

 

キラはラクスを見る。

 

「うん」

 

その一言で、少しだけ空気が柔らかくなった。

 

防波堤はもう、怖い場所だけではなくなっていた。

 

露伴は潮騒まんじゅうを一箱、手に取った。

 

「これは買う」

 

泉は少し考え、ため息をついた。

 

「……今回は、いいです」

 

露伴は意外そうにした。

 

「珍しいな」

 

「防波堤が怖いだけの思い出で終わらないなら、それはいいかなって」

 

露伴は少しだけ口元を上げた。

 

「君も分かってきたな」

 

「先生に言われると少し腹が立ちます」

 

______________________________

 

ソープは別の棚で、塩大福を見ていた。

 

港町名物 海塩大福

 

隣には、貝殻型の焼き菓子。

 

キラが気づく。

 

「ソープさん、それも買うんですか?」

 

ソープは穏やかに頷いた。

 

「ログナーとイエッタの分」

 

カイエンが眉を上げる。

 

「……ログナー?」

 

「うん。請求書を見る時、甘いものがあった方がいいかなって」

 

キラは一瞬固まった。

 

「それ、つまり……後で見られる前提なんですね」

 

ソープはにこりと笑う。

 

「見られるだろうね」

 

カイエンは顔をしかめた。

 

「来なくていいと言ったはずだ」

 

「でも来るかもしれないよ」

 

「余計な予言をするな」

 

アウクソーは淡々と確認する。

 

「ソープ様、こちらは地球海浜文化調査費に含めますか」

 

キラが身構える。

 

ソープは首を横に振った。

 

「これは僕の個人分でいいよ」

 

キラは本気で安堵した。

 

「ありがとうございます……!」

 

カイエンが笑った。

 

「会計准将、今のは心からだったな」

 

キラは否定しなかった。

 

「はい」

 

ラクスは貝殻型の焼き菓子を見て、優しく言った。

 

「イエッタ様には、こちらがよろしいかもしれませんわね」

 

ソープは頷いた。

 

「そうだね」

 

弥子が塩大福を見る。

 

「ログナーさん、甘いもの好きなんですか?」

 

カイエンは少し考える。

 

「好きだな」

 

露伴が即座に反応する。

 

「詳しく」

 

カイエンは即答した。

 

「断る」

 

泉が露伴の袖を引いた。

 

「先生、列車に乗り遅れます」

 

「まだ時間はある」

 

「深掘りする時間はありません」

 

______________________________

 

 

弥子は最終的に、潮騒まんじゅうの小箱と、塩キャラメルを一袋買った。

 

キラが確認する。

 

「小額。持ち運び可能。予算内」

 

弥子は満面の笑み。

 

「勝った!」

 

「最後まで勝つんだね」

 

「もちろん!」

 

承太郎はコーヒーを一本買っただけだった。

 

露伴が見る。

 

「君は本当に土産を増やさないな」

 

承太郎は短く答えた。

 

「写真がある」

 

「昨日も言っていたな」

 

「十分だ」

 

露伴は少しだけ感心したように言った。

 

「悪くない」

 

承太郎が見る。

 

「おまえに評価される筋合いはない」

 

ネウロは売店の棚を見回し、何も買わなかった。

 

弥子が聞く。

 

「ネウロは何も買わないの?」

 

「吾輩はすでに謎を喰った」

 

「お土産の話してるんだけど」

 

「最上の土産だ」

 

弥子は少しだけ笑った。

 

「まあ、ネウロらしいか」

 

ラクスは、最後に小さな絵葉書を一枚選んだ。

 

灯台と、防波堤と、夕暮れの海が描かれている。

 

キラはそれを見て言う。

 

「いい絵だね」

 

ラクスは微笑んだ。

 

「はい。いつか、穏やかな思い出として見返せるように」

 

キラは静かに頷いた。

 

______________________________

 

列車が到着するアナウンスが流れた。

 

荷物を持ち、ホームへ向かう。

 

弥子は何度も振り返った。

 

「楽しかったなぁ」

 

泉も頷く。

 

「怖かったけどね」

 

「怖かったけど、楽しかった!」

 

カイエンは港の方を見た。

 

「釣りもできたしな」

 

アウクソーが静かに言う。

 

「次回は事前申請をお願いいたします」

 

「分かってるよ」

 

「本当に?」

 

「……善処する」

 

アウクソーは無言でカイエンを見た。

 

カイエンは目を逸らした。

 

ソープが笑う。

 

「その返事は禁止だったんじゃない?」

 

「うるさい」

 

露伴はホームの端から港町の方を見ていた。

 

「描き足りないな」

 

泉が隣に立つ。

 

「でも、帰りますよ」

 

「分かっている」

 

「本当に?」

 

「本当にだ」

 

泉は少しだけ笑った。

 

「なら、また描いてください。帰ってから」

 

露伴は彼女を見た。

 

「当然だ」

 

列車のドアが開く。

 

一行は乗り込んだ。

 

窓際の席に座ると、港町が少しずつ遠ざかっていく。

 

灯台が見えた。

防波堤が見えた。

旅館の屋根が見えた。

商店街の通りが、小さく見えた。

 

ラクスは窓に手を添えた。

 

「さようなら」

 

その声は、誰に向けたものでもあり、誰に向けたものでもなかった。

 

キラは隣で静かに言った。

 

「また来よう」

 

ラクスは微笑んだ。

 

「はい」

 

弥子は潮騒まんじゅうの袋を抱えていた。

 

「帰ったら食べよう」

 

キラがすぐに言う。

 

「帰ってからね」

 

「分かってる!」

 

ネウロが笑う。

 

「ククク……無事帰るまでが旅行。無事支払いを終えるまでが旅行の会計、だったか」

 

キラは会計ファイルを見た。

 

「はい。支払いは終わりました」

 

カイエンが言う。

 

「請求書の処理は?」

 

キラは黙った。

 

ソープがにこにこしている。

 

キラは深く息を吐いた。

 

「……そこまで含めると、まだ終わっていません」

 

弥子が笑った。

 

「会計准将、もうちょっと頑張れ!」

 

キラは苦笑した。

 

「帰るまでが旅行。請求書が片付くまでが会計……ですね」

 

承太郎は短く言った。

 

「やれやれだぜ」

 

______________________________

 

列車が港町を離れる。

 

潮騒は、もう聞こえない。

 

代わりに聞こえるのは、車輪の音。

弥子の小さな笑い声。

泉が露伴に「車内で覗き浮き玉を出さないでください」と注意する声。

カイエンとソープがログナー対策の塩大福について話す声。

キラが会計ファイルを閉じる音。

ラクスが貝殻チャームに触れる、かすかな音。

承太郎の静かな息。

ネウロの低い笑い。

 

露伴はメモ帳を開いた。

 

しばらく窓の外を見てから、こう書いた。

 

潮騒は、もう聞こえない。

だが、聞いたことは残る。

 

少し間を置いて、もう一行。

 

人は怖がり、泣き、食べ、笑い、土産を買って帰る。

だから旅は終わる。

そして、物語は残る。

 

泉がそれを覗き込んだ。

 

「先生」

 

「何だ」

 

「今回のは、すごくいいと思います」

 

露伴は少しだけ口元を上げる。

 

「当然だ」

 

弥子が前の席から振り返る。

 

「ちゃんとあたしたち可愛く描いてくださいね!」

 

露伴は答えた。

 

「善処する」

 

泉が即座に言う。

 

「その返事は禁止です」

 

車内に笑いが起きた。

 

ラクスは窓の外を見ていた。

 

防波堤はもう見えない。

 

けれど、あの歌が届いたことは、確かに残っている。

 

キラはその横で、静かに目を閉じた。

 

今度こそ、少し眠れそうだった。

 

弥子は潮騒まんじゅうの箱を抱えたまま、満足そうに座席へもたれる。

 

「今回の旅も、勝ちだったね」

 

ネウロが言う。

 

「勝敗で旅行を語るな」

 

弥子は笑った。

 

「語るよ。だって勝ったもん」

 

怖かった。

泣いた。

たくさん食べた。

歌が届いた。

魚も戻った。

みんなで帰る。

 

それなら、勝ちでいい。

 

列車は走る。

 

港町は遠ざかる。

 

潮騒はもう聞こえない。

 

けれど、その音は、誰かの記憶の中で、静かに鳴り続けていた。

 

______________________________

 

エピローグ

 

数日後。

 

どこか遠い場所で、一枚の請求書が机の上に置かれた。

 

地球海浜文化調査費

港町商店街観光価格調査

海浜文化資料協力費

塩スイーツ関連費

 

沈黙。

 

そして、低い声。

 

「……これは何だ」

 

その声に、近くに置かれた海塩大福の箱が、妙に場違いな存在感を放っていた。

 

港町編は終わった。

 

だが、請求書は、まだ終わっていなかった。

 

 

 

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