守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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特別大広間に押し込まれてから、しばらく。

座る位置で微妙に空気が固まり、
お茶菓子で小競り合いが起き、
風呂の話だけで疲れ始めた頃。

弥子が、ぱん、と手を打った。

「よし!」

キラが嫌な予感で顔を上げる。

「……なに」

「まだ夕食には早いんでしょ?」
弥子は立ち上がり、きらきらした目で言った。
「だったら館内探検しようよ!
売店! 景色! 卓球場! 自販機!
旅館ってそういうの見るのが楽しいんじゃん!」

ネウロが口元を吊り上げた。

「ほう。騒音娘にしては建設的だな」

「うるさいわね!
ていうかあんたも絶対、売店の変な土産とか見たら喜ぶでしょ!」

「否定はせんな」
ネウロ。

キラはすでに少し疲れていたが、
部屋の中に全員を閉じ込めておくよりはましだと判断した。

「……まあ、うん。
そのほうが平和かもしれない」

「そうですわね」
ラクスが穏やかに頷く。
「せっかくですもの。少し歩いてみましょうか」

アウクソーも静かに一礼する。

「皆さまがよろしければ」

カイエンは座卓に肘をついて、面倒くさそうに目を細めた。

「ぼかぁ厄介事は苦手なんだが……
部屋の中で菓子の取り分を巡って争われるよりはいいか」

「争ってない!」
弥子。
「いやちょっと争ったけど!」

承太郎は壁際から一言。

「好きにしろ」

「出た、いつもの」
キラ。

「でも来るんですよね?」
弥子がずばっと聞く。

承太郎は帽子のつばを少し下げた。

「来る」

「来るんだ」
キラ。

「ひとりで残っても面倒だろ」
承太郎。

たしかにそれはそうだった。


7人編 弥子先導、旅館の売店と館内散策

まずは売店

 

廊下をぞろぞろ歩く七人。

 

旅館の中庭が見える渡り廊下、

木の床、

静かな照明。

 

いかにも情緒がある。

 

……のだが、七人並ぶと情緒より圧が勝つ。

 

弥子が先頭を歩く。

 

「売店こっちだって!」

 

「ほんとに修学旅行だな……」

キラがぼそりと呟く。

 

ラクスがくすりと笑う。

 

「楽しそうで、よろしいではありませんか」

 

「弥子はね……」

キラ。

「僕は保護者側なんだけど……」

 

「キラはもう保護者でいいだろう」

ネウロ。

 

「勝手に役職つけないで!」

 

売店の暖簾をくぐる。

 

そこには、旅館土産の王道が揃っていた。

 

温泉まんじゅう。

地酒。

ご当地せんべい。

謎の木彫りの熊。

温泉の素。

卓球ラケット型キーホルダー。

なぜかあるミニ木刀。

ご当地キャラの靴下。

 

弥子の目が完全に輝いた。

 

「うわあああ!

最高!!」

 

一直線に菓子コーナーへ行く。

 

「試食ないかな!」

と真っ先に探すあたり、実に弥子だった。

 

キラがすぐ横につく。

 

「試食前提で動かないでよ」

 

「だってあれば食べるじゃん!」

 

「それはそうだけど!」

 

ネウロは土産棚の端にある、

妙に顔の怖い民芸人形を手に取った。

 

「ほう……」

 

キラが振り向く。

 

「何見てるの」

 

「この人形」

ネウロ。

「呪詛の媒体としては三流だが、素朴な不気味さは評価できる」

 

売店のおばちゃんが止まる。

 

キラが光速で割って入った。

 

「すみません! この人ちょっと言い方がおかしいだけで、別に悪気はないので!」

 

「悪気しかないように聞こえたけど!?」

弥子。

 

ネウロが人形を戻しながら笑う。

 

「ククク……

人間界の土産物も、もう少し悪意を練り込めばよいものを」

 

「旅館の売店に何求めてるのよ!」

 

___________________________________

 

酒と土産と圧力

 

一方、カイエンは自然と酒コーナーへ流れていた。

 

地酒の瓶を一本手に取り、

ラベルを静かに眺めている。

浴衣が似合う男が酒瓶を見るだけで、妙に絵になる。

ずるい。

 

近くの女性客が、またちらちら見ていた。

 

弥子がそれに気づいて小声でキラへ言う。

 

「見て。あの人また雰囲気で客寄せしてる」

 

「本人なにもしてないのが余計ずるいんだよな……」

キラ。

 

アウクソーは少し離れた位置から、

静かに瓶の説明書きを見ていた。

 

「マスター、お好みに近いとすればこちらかと」

 

別の銘柄を自然に示す。

 

カイエンは視線だけで受け取り、

小さく笑う。

 

「よく分かってるな」

 

「お供していれば、自然と」

アウクソー。

 

弥子がまた小声で言う。

 

「見た? 見た? あの距離感」

キラも小声で返す。

「完璧すぎる……」

 

ラクスはその二人を見て、穏やかに微笑んだ。

 

「よい関係ですわね」

 

「そうですね……」

キラが素直に答えかけて、はっとする。

 

ラクスは何気ない顔で、

小さな菓子箱を一つ手に取った。

 

「キラ。こちら、上品でよろしいのではなくて?」

 

「え、あ、うん、いいと思う」

 

「おみやげに」

ラクス。

 

キラが止まる。

 

「……僕が買う流れ?」

 

「いけませんか?」

ラクス。

 

「い、いけなくは……ないけど……」

 

弥子が横で吹き出しかける。

 

「うわ、静かな買わせ圧」

 

「聞こえてますわよ?」

ラクス。

 

「ひえっ」

弥子、素直に黙る。

 

___________________________________

 

承太郎、止まる

 

その頃、承太郎は売店の奥のほうにいた。

 

誰にも声をかけず、

誰ともつるまず、

ひとりで静かに棚を見て回っている。

 

キラが少しだけ近づいた。

 

「何か買うの?」

 

「別に」

と承太郎は言ったが、

その視線の先には温泉まんじゅうの箱があった。

 

キラが少し笑う。

 

「ホリィさんに?」

 

承太郎の眉がぴくりと動く。

 

「……うるせぇ」

 

「やっぱり」

キラ。

 

「好きそうだろ」

承太郎はぶっきらぼうに言う。

「こういうの」

 

「うん、すごく」

キラは素直に頷いた。

「いいと思うよ」

 

承太郎は何も言わず、まんじゅうの箱を手に取った。

 

少し離れたところで弥子が見て、

小声でネウロに言う。

 

「ねえ、あの人めっちゃ男前じゃない?」

 

「今さらか」

ネウロ。

 

「いやでも、口悪いのにちゃんとお土産買うの反則でしょ」

 

「不良とはそういうものだ」

ネウロ。

「無駄に点を稼ぐ」

 

「そこ“無駄”って言うな!」

 

___________________________________

 

景色のよい廊下

 

売店を出ると、

弥子は次に景色のいい渡り廊下へ向かった。

 

大きな窓の向こうに、

山並みと川、夕方前の光。

旅館らしい、落ち着いた風景だ。

 

「うわー……」

弥子がガラスに張りつきそうな勢いで言う。

「これはちょっとテンション上がる」

 

「おまえ、こういうのでもちゃんと上がるんだな」

ネウロ。

 

「失礼ね!

あたしだって食べ物だけでできてるわけじゃないわよ!」

 

「八割くらいはそう見えるが」

ネウロ。

 

「殴るわよ!」

 

キラは窓辺に立ち、少しだけ息をついた。

 

「……いい景色だね」

 

「ええ」

ラクスが隣に立つ。

「こうしていると、本当にのんびりした旅のようですわ」

 

キラが苦笑する。

 

「“ようですわ”ってところがね……」

 

「違いますの?」

ラクス。

 

「今のところは、半分くらい」

キラ。

 

その少し後ろでは、

カイエンが腕を組んで景色を眺めていた。

さっきまでの気だるさが少し和らいでいる。

 

アウクソーがすぐ後ろに立つ。

 

「お気に召しましたか」

 

「悪くない」

カイエン。

「こういう眺めは、余計なことを考えなくて済む」

 

「それは何よりでございます」

アウクソー。

 

承太郎は少し離れた柱にもたれている。

景色を見ているのか、全体を見ているのか分からない。

たぶん両方だ。

 

そしてネウロだけが、

その静けさの中でも別のものを見ていた。

 

「……ふむ」

 

キラがすぐ反応する。

 

「何?」

 

「いや」

ネウロは薄く笑う。

「この旅館、静かすぎると思ってな」

 

「また始まった……」

弥子。

 

「やめてよ、今日は景色を楽しむ回だから」

キラ。

 

「景色の裏にある歪みを見抜くのも一興だぞ」

ネウロ。

 

「いらないよその一興!」

 

___________________________________

 

卓球場を発見する弥子

 

そして廊下の先。

曲がり角の向こうに、小さな卓球場を見つけた弥子が叫んだ。

 

「あった!! 卓球場!!」

 

キラが青ざめる。

 

「見つけなくてよかったのに……」

 

「なんでよ!」

弥子。

「温泉旅館の卓球って王道じゃん!」

 

「その王道をこのメンツでやると王道じゃ済まないからだよ!」

 

ネウロがすでに笑っている。

 

「ククク……

よいではないか。遊戯とは人間の本性が最も露わになる」

 

「おまえは本性出しすぎるんだよ!」

 

カイエンが卓球場を見て、少しだけ口元を上げた。

 

「へえ……まだあるんだな、こういうのが」

 

弥子がずばっと指を差す。

 

「やろう!」

 

「やらない」

キラ即答。

 

「ええーっ!?」

 

「絶対いまじゃない!

いまやったら夕食前に全員疲れるか、旅館が壊れるかのどっちかだよ!」

 

承太郎が低く言う。

 

「半分はおまえらのせいだろ」

 

「それは否定できないけど、承太郎も十分候補だからね!?」

 

ラクスはにこやかに言う。

 

「夕食の後の楽しみにしておけばよろしいのではなくて?」

 

一同、少し止まる。

 

弥子が真っ先に反応した。

 

「それだ!」

 

ネウロも愉快そうに頷く。

 

「悪くない」

 

カイエンが小さくため息をつく。

 

「……逃げ道が先延ばしになっただけでは?」

 

キラは頭を抱えた。

 

「なんでみんなそんなに前向きなの……」

 

___________________________________

 

自販機前の小休止

 

最後に一行は、

自販機コーナーで足を止めた。

 

牛乳。

コーヒー牛乳。

フルーツ牛乳。

炭酸。

お茶。

缶コーヒー。

 

弥子は迷わずコーヒー牛乳を選んだ。

 

「温泉旅館でコーヒー牛乳は義務!」

 

「その理論はなんとなく分かる」

キラもつい笑う。

 

ラクスはお茶を。

アウクソーは水を。

カイエンはブラックコーヒーを。

承太郎も缶コーヒーを取った。

 

ネウロはしばらく自販機を見つめていたが、

結局オレンジジュースを押した。

 

キラが目を丸くする。

 

「オレンジジュースなんだ」

 

「何か問題か」

ネウロ。

 

「いや、なんかもっと禍々しいもの飲むかと思って」

 

「人間界の自販機にそこまで期待するな」

ネウロ。

 

弥子が笑う。

 

「なんかちょっとだけ普通じゃん」

 

「黙れ騒音娘」

 

自販機前のベンチに、七人がなんとなく散って座る。

 

少し沈黙。

 

それはようやく訪れた、

旅館らしい穏やかな時間だった。

 

キラが缶を持ったまま、ぽつりと言う。

 

「……なんか、こうしてると普通の旅行っぽいね」

 

「ぽい、な」

弥子。

 

「ええ」

ラクスも静かに頷く。

 

カイエンはコーヒーを一口飲み、

窓の外を見た。

 

「こういう時間だけなら、悪くない」

 

アウクソーはその言葉に、ほんのわずかに表情を和らげる。

 

承太郎は何も言わない。

だがその場を離れもしない。

 

ネウロが、にたりと笑った。

 

「ククク……

嵐の前の静けさ、というやつだな」

 

「台無し!!」

キラと弥子がまた綺麗にハモった。

 

弥子が吹き出す。

 

「やば、また揃った」

 

キラも苦笑する。

 

「ほんとだ……」

 

その様子を見て、

ラクスが小さく笑い、

カイエンが肩をすくめ、

承太郎がわずかに目を細め、

アウクソーは静かに見守った。

 

ネウロだけが、

やはり少し楽しそうだった。




部屋へ戻る前に

やがて、館内放送が流れる。

夕食の準備が整ったらしい。

弥子が立ち上がる。

「よし、戻ろう!
部屋出しごはん!!」

「そこへの食いつきはぶれないな……」
キラ。

「だって旅館の部屋ごはんだよ!?」
弥子。
「楽しみじゃないわけないじゃん!」

「たしかに」
キラもつい認める。

ネウロが舌なめずりするように笑う。

「食事、密室、七人。
よい夜になりそうだ」

「その言い方やめて!」
キラ。

カイエンは立ち上がりながら、ぼそりと言う。

「せめて静かに食わせてくれよ」

「それはみんな思ってるよ……」
キラ。

承太郎は缶を捨てて短く言った。

「行くぞ」

そして七人は、
少しだけ旅館を楽しんだ顔で、
それでもどこか不穏さを抱えたまま、
再び大部屋へ戻っていった。

待っているのは――
七人そろっての、部屋出し夕食である。

平和なわけがなかった。
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