守るべきもの、怒るべきもの、斬るべきもの、喰うべき謎   作:ギアっちょ

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怪盗Xiはファミレスで面接される

 怪盗Xiは、ファミレスのボックス席に座っていた。

 

 なぜ座っているのか。

 

 彼自身にも、まだ完全には分かっていない。

 

 いや、分かってはいる。

 

 ログナーに呼び出された。

 ソープが「せっかくだから話だけでも」と言った。

 弥子が「ファミレスなら安心だよ!」と言った。

 泉京香が「公共の場所なら変なことにはならないでしょう」と言った。

 カイエンが「まあ、面白そうだから行くか」と言った。

 

 そして、気づけばこうなっていた。

 

 ファミレスの四人掛けテーブル二つをつなげた席。

 

 中央にはメニュー。

 端にはドリンクバーのグラス。

 弥子の前には、すでにポテトと唐揚げ。

 ソープは楽しそうに店内を眺めている。

 カイエンは肘をついて笑いをこらえている。

 泉は資料を整理している。

 承太郎は無言で座り、場を見守っている。

 ログナーは、なぜか面接官のように正面に座っていた。

 

 そして、Xiの前には一枚の紙。

 

 そこには、整った文字でこう書かれている。

 

『怪盗Xi ミラージュ騎士団レフトメンバー採用面接 確認事項』

 

「帰っていい?」

 

 Xiが言った。

 

「まだ始まっていない」

 

 ログナーが答えた。

 

「始まる前に帰りたいんだよ」

 

「この道は通行止めだ」

 

「ファミレスのボックス席で言う台詞じゃないよ!」

 

 カイエンが肩を震わせた。

 

「似合ってるぞ、Xi。面接っぽい」

 

「カイエン、笑ってるよね?」

 

「笑ってない」

 

「声が笑ってる!」

 

 弥子はポテトをつまみながら言った。

 

「でもファミレスなら安心だよ! お寿司も珍味も出ないし!」

 

「それは安心」

 

 Xiは少しだけ真顔で頷いた。

 

「僕、ファミレスは信用してる。メニューに写真があるし、値段も書いてあるし、バラムツもない」

 

「そこまで確認するのか」

 

 承太郎が言った。

 

「するよ。僕は学習した怪盗だからね」

 

 ネウロが、弥子の背後にいつの間にか立っていた。

 

「クク……ファミレスを安全地帯とする怪物強盗か。ずいぶん生活感のある怪物だな」

 

「うるさいなあ。安全な食事は大事なんだよ」

 

 ソープがメニューを見ながら微笑んだ。

 

「ファミレスは、地球の大衆食文化として興味深いね」

 

 ログナーが即座に言う。

 

「陛下、文化調査費にはしません」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「言う前に止めています」

 

 弥子が目を輝かせる。

 

「でも、メニュー制覇したら文化調査っぽくないですか?」

 

「桂木弥子」

 

「はい!」

 

「面接中だ」

 

「はい……」

 

 泉が弥子の皿を見て言った。

 

「弥子ちゃん、面接が終わるまでは追加注文を控えましょうね」

 

「えっ、ポテトのおかわりも?」

 

「控えましょうね」

 

「はーい」

 

 ログナーは泉を見た。

 

「制御能力が高い」

 

「ありがとうございます……で、いいんでしょうか」

 

 露伴がいたら絶対に書いたであろう一言だった。

 

 幸い、今のところ露伴はいない。

 

 今のところは。

 

     *

 

 ログナーは、紙を一枚めくった。

 

「では始める」

 

「始めなくていいよ」

 

「氏名」

 

「怪盗Xi」

 

「本名は?」

 

「秘密」

 

「生年月日」

 

「秘密」

 

「住所」

 

「秘密」

 

「職業」

 

「怪盗」

 

 ログナーはペンを止めた。

 

「定職なし」

 

「書き方!」

 

「事実だ」

 

「便利に使うなよ、その言葉!」

 

 泉が、少し困ったように微笑んだ。

 

「でも、Xiくん」

 

「何?」

 

「定職に就くのは良いことだよ?」

 

 Xiは固まった。

 

 カイエンが吹き出した。

 

 弥子も笑いをこらえきれない。

 

 泉は真面目だった。

 

「収入が安定しますし、社会的信用も得られます。身分証明や住居契約にも有利ですし、健康診断もありますし」

 

「泉さん、急に会社員の正論で攻めてくるのやめて」

 

 Xiは少し身を引いた。

 

「僕、怪盗だよ? 定職って言葉、一番似合わないんだけど」

 

「だからこそです」

 

 泉はにこりとした。

 

「一度、安定というものを経験してみるのも良いと思います」

 

「安定……」

 

 Xiが少しだけ考え込む。

 

 カイエンが肘でつついた。

 

「おい、効いてるぞ」

 

「効いてない!」

 

 ログナーがメモする。

 

「会社員的正論に反応あり」

 

「メモしないで!」

 

 ソープが笑う。

 

「Xiが社員になるのかあ」

 

「ならないよ!」

 

「名刺とか作る?」

 

「作らない!」

 

 弥子が言った。

 

「怪盗Xi ミラージュ騎士団レフトメンバー」

 

「字面はちょっとかっこいい」

 

 Xiは思わず言ってしまった。

 

 全員が見た。

 

「今のなし!」

 

 ログナーが記録する。

 

「字面には好感触」

 

「なしって言った!」

 

 承太郎が短く言った。

 

「遅いな」

 

「承太郎まで!」

 

     *

 

 ログナーは淡々と質問を続けた。

 

「志望動機」

 

「志望してない」

 

「契約金」

 

「国家規模なら聞くだけ聞く」

 

「機密資料」

 

「限定アクセスなら、見るだけ見る」

 

「勤務意欲」

 

「ない」

 

「逃走能力」

 

「高い」

 

「変装能力」

 

「高い」

 

「不敬行為への自覚」

 

「……ちょっとある」

 

「買い食い衝動」

 

「時と場合による」

 

「生魚」

 

「不可」

 

「バラムツ」

 

「絶対不可」

 

「塩大福」

 

「可」

 

「普通の唐揚げ」

 

「可」

 

「カエルの唐揚げ」

 

「弥子ちゃんのおすすめなら警戒」

 

 弥子が不満そうに言った。

 

「美味しいのに」

 

「美味しいと安全は別なんだよ!」

 

 泉が頷く。

 

「今日は普通の唐揚げで我慢しましょう」

 

「はーい」

 

 ログナーはメモを見直した。

 

「技術面は評価できる。人格面は要監督。食事面は配慮が必要。契約面は、報酬と機密資料で交渉余地あり」

 

「やめて。僕がちょっと前向きみたいにまとめないで」

 

「前向きだろう」

 

「斜め向きくらいだよ!」

 

 ソープが微笑む。

 

「斜めでも、こっちを向いてるならいいんじゃないかな」

 

「ソープまで!」

 

 カイエンが笑った。

 

「諦めろ、Xi。お前、もう仮採用くらいまでは来てるぞ」

 

「来てない!」

 

 承太郎がドリンクバーのグラスを置いた。

 

「席を立たない時点で、話は聞いている」

 

「それはファミレスが安全だから!」

 

「オムライスもあるしな」

 

 カイエンが言う。

 

「それもある!」

 

「認めたな」

 

「しまった!」

 

     *

 

 その時、店員が料理を運んできた。

 

 Xiの前にオムライス。

 弥子の前に追加の唐揚げ。

 ソープの前に季節のパフェ。

 ログナーの前にはコーヒーだけ。

 

「おい、弥子。追加注文控えるんじゃなかったのか」

 

 カイエンが言う。

 

「これは面接が長引く可能性に備えた非常食です!」

 

 泉が静かに言った。

 

「弥子ちゃん」

 

「ごめんなさい」

 

 ログナーはレシートを見た。

 

「想定内だ」

 

 弥子が驚いた。

 

「えっ、想定されてた?」

 

「桂木弥子が同席する時点で、一定の追加注文は予測している」

 

「信頼されてるようで信頼されてない!」

 

 ネウロが笑う。

 

「クク……予算に組み込まれる食欲か。成長したな、弥子」

 

「褒めてないよね?!」

 

 Xiはオムライスを一口食べて、少しだけ表情を和らげた。

 

「うん。やっぱりオムライスは信用できる」

 

 ログナーが言う。

 

「安心材料として記録する」

 

「それはもういいよ」

 

「面接時の食事は、オムライス、普通の唐揚げ、甘いノンアル飲料が適切」

 

「なんで僕の採用条件がファミレスメニューに寄っていくの?」

 

 ソープがパフェを食べながら言った。

 

「でも、安心して話せるのは大事だよ」

 

「それはそうだけど」

 

 泉が優しく言う。

 

「Xiくん、今日はちゃんと席について話を聞いていますし、それだけでも前進だと思います」

 

「泉さん、なんか面接官みたい」

 

「会社では、似たような場面もありますから」

 

「社会人って怖いなあ」

 

「怖くありません。大事なことです」

 

「正論がじわじわ来る……」

 

 カイエンが笑う。

 

「ログナーより効いてるんじゃねぇか」

 

 ログナーは否定しなかった。

 

「泉京香は、交渉補助として有用だ」

 

「採用するな!」

 

 露伴の声がした。

 

 全員が一斉に振り向く。

 

 いつの間にか、隣の席に岸辺露伴が座っていた。

 

 ドリンクバーのコーヒーを片手に、手帳を開いている。

 

「いつからいた!」

 

 カイエンが叫ぶ。

 

「泉君が“定職に就くのは良いことだよ”と言ったあたりからだ」

 

「ほぼ最初!」

 

 Xiが叫ぶ。

 

 泉は目を細めた。

 

「露伴先生」

 

「いや、これは取材ではない。偶然だ」

 

「手帳が開いています」

 

「これは癖だ」

 

「ペンも動いています」

 

「反射だ」

 

「閉じてください」

 

「……少しだけ」

 

「閉じてください」

 

 露伴は渋々手帳を閉じた。

 

 ログナーが小さく頷く。

 

「やはり制御能力が高い」

 

「だから採用しないでください」

 

 泉が言った。

 

 露伴はXiを見る。

 

「しかし、面白いな。怪盗がファミレスで面接。ミラージュ騎士団レフトメンバー候補。定職への不安と国家機密への好奇心。これは描ける」

 

「描かないで!」

 

「君の人生を読めば、もっと描ける」

 

「ヘブンズ・ドアー禁止!」

 

 承太郎が低く言った。

 

「露伴」

 

「分かっている。今はやらない」

 

「今は?」

 

 Xiが警戒する。

 

「今は、だ」

 

「怖いよこの漫画家!」

 

     *

 

 面接は、さらに混沌としていった。

 

 ログナーは条件を詰めようとする。

 

 Xiは逃げ道を探す。

 

 泉は社会人として正論を差し込む。

 

 弥子は唐揚げを食べながら応援する。

 

 ソープは楽しそうにパフェを食べる。

 

 カイエンは横から茶化す。

 

 承太郎は時々「やめておけ」と言う。

 

 露伴は閉じた手帳を開く隙をうかがっている。

 

「勤務時間は?」

 

 ログナーが問う。

 

「自由」

 

 Xiが答える。

 

「任務ごとに拘束」

 

「短時間なら」

 

「報告書」

 

「嫌だ」

 

「必須だ」

 

「口頭でいい?」

 

「文書だ」

 

「泉さん、会社員って報告書いるの?」

 

 Xiが助けを求める。

 

 泉は真面目に答えた。

 

「必要です」

 

「そこは助けて!」

 

「報告・連絡・相談は大事です」

 

「ホウレンソウまで来た!」

 

 弥子が言った。

 

「ほうれん草ならバター炒めが美味しいよね」

 

「弥子ちゃん、今そういう話じゃないです」

 

「ごめんなさい」

 

 ネウロが笑った。

 

「クク……怪盗がホウレンソウに敗北するか」

 

「野菜に負けたみたいに言うな!」

 

 ログナーはさらに質問する。

 

「直属の上官は」

 

「いらない」

 

「私だ」

 

「もっといらない!」

 

「不服か」

 

「不服だよ!」

 

 ソープが言った。

 

「僕直属なら?」

 

 Xiは少し考えた。

 

「それは……危ない」

 

「危ない?」

 

「断りづらい」

 

 ログナーが記録する。

 

「陛下の依頼には弱い」

 

「書かないで!」

 

 カイエンが笑う。

 

「お前、かなり弱点見えてきたな」

 

「カイエンだって露伴先生に弱いくせに」

 

「弱くねぇ!」

 

 露伴が手帳を開きかける。

 

「今の詳しく」

 

 泉が見る。

 

 露伴が閉じる。

 

「……」

 

 承太郎が呟いた。

 

「忙しいな」

 

     *

 

 最終的に、ログナーは資料をまとめた。

 

「結論」

 

 全員が静かになる。

 

 Xiはオムライスの最後の一口を飲み込み、警戒した顔でログナーを見る。

 

「怪盗Xiは、現時点では正式採用に至らない」

 

「よし!」

 

 Xiが小さく拳を握る。

 

「ただし」

 

「ただし?」

 

「ミラージュ騎士団レフトメンバー候補として、予備登録する」

 

「予備登録?!」

 

「任務ごとの自由契約案を継続検討。報酬、機密資料への限定アクセス、食事条件については後日提示する」

 

「食事条件まで入ってる!」

 

「重要だろう」

 

「重要だけど!」

 

 泉が穏やかに言った。

 

「でもXiくん、いきなり定職ではなく、まずは業務委託のような形なら、少し考えやすいかもしれませんね」

 

「業務委託……」

 

 Xiがまた少し考える。

 

 カイエンが言った。

 

「また揺れてる」

 

「揺れてない!」

 

 ログナーが書く。

 

「業務委託という表現に反応あり」

 

「だから書かないで!」

 

 ソープがにこにこしている。

 

「よかったね、Xi」

 

「よくないよ! 僕、何も承諾してないからね!」

 

「でも、話は聞いた」

 

 承太郎が言った。

 

「それは……聞いたけど」

 

「逃げなかった」

 

 泉が言った。

 

「それは、オムライスがあったから」

 

「ファミレス面接は有効」

 

 ログナーがまとめる。

 

「まとめないで!」

 

 露伴がついに手帳を開き、素早く書いた。

 

『怪盗Xiはファミレスで面接される。

 正式採用は拒むが、自由契約・業務委託・国家機密・オムライスには反応あり。』

 

「露伴先生!」

 

 泉が声を上げる。

 

「これはもう書いた」

 

「消してください」

 

「断る」

 

 Xiが覗き込んで、頭を抱えた。

 

「ほぼ事実なのが嫌だ」

 

 ログナーが言う。

 

「事実なら問題ない」

 

「問題あるよ!」

 

 弥子が笑う。

 

「でも、今日はけっこう前進したよね!」

 

「弥子ちゃん、何をもって前進なの?」

 

「Xiが最後まで座ってた!」

 

「そこなんだ」

 

 Xiは少し悔しそうに言った。

 

「ファミレス、居心地よかったんだよ」

 

 ソープが嬉しそうに言う。

 

「また来ようか」

 

「それは来る」

 

「来るのかよ」

 

 カイエンが突っ込む。

 

 Xiは少しだけ笑った。

 

「面接抜きならね」

 

 ログナーが即座に言った。

 

「次回も面接だ」

 

「じゃあ来ない!」

 

「オムライスを用意する」

 

「……来ない」

 

「間があったな」

 

 承太郎が言った。

 

「間はあったね」

 

 泉も言った。

 

「ありました」

 

 弥子も言った。

 

「ありました!」

 

 Xiはテーブルに突っ伏した。

 

「この面接、僕に不利な人が多すぎる……」

 

 ログナーは資料を閉じた。

 

「次回までに条件案を作成する」

 

「作らなくていい!」

 

「泉京香」

 

「はい?」

 

「会社員としての意見を聞く場合がある」

 

「ええと……常識的な範囲でしたら」

 

「泉さん、協力しないで!」

 

 泉は少し笑った。

 

「でも、Xiくん。定職……ではなくても、何か形のある仕事を持つのは悪いことではありませんよ」

 

「また正論!」

 

 カイエンは腹を抱えて笑っている。

 

 ソープはパフェを食べ終え、満足そうだった。

 

「ファミレス面接、なかなか面白かったね」

 

 ログナーが言った。

 

「陛下、これは面接です。娯楽ではありません」

 

「そう?」

 

「そうです」

 

 弥子が明るく言う。

 

「次はデザートも面接項目に入れましょう!」

 

「入れない」

 

 ログナーが即答した。

 

 露伴がにやりと笑う。

 

「いや、入るかもしれないな。怪盗Xiの職業観と食の安全保障。なかなか興味深い」

 

「そういうタイトルにしないで!」

 

 Xiが叫ぶ。

 

 ファミレスの店員は、空いた皿を下げながら、何も聞いていない顔をしていた。

 

 この店もまた、今日ひとつ、技術を覚えた。

 

 何も見なかったことにする技術を。

 

 怪盗の採用面接。

 ミラージュ騎士団レフトメンバー候補。

 国家規模の契約金。

 オムライス。

 社会人の正論。

 

 ファミレスのボックス席には、平和な混沌が詰まっていた。

 

 Xiは最後に、ため息まじりに言った。

 

「僕、怪盗なんだけどなあ」

 

 泉が優しく返す。

 

「怪盗でも、将来設計は大事ですよ」

 

「泉さん、その正論が一番逃げにくいよ……」

 

 ログナーは静かに頷いた。

 

「次回も同席を依頼する」

 

「だから採用しないでください」

 

 泉は苦笑した。

 

 ソープは楽しそうに笑い、弥子はデザートメニューを見つめ、カイエンは腹を抱え、承太郎は静かにグラスを傾け、露伴は手帳を閉じるふりをした。

 

 怪盗Xiはファミレスで面接された。

 

 そして、採用はされなかった。

 

 ただし、逃げ切ったわけでもなかった。

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